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―― ??――
[白く形のない世界にいる。
ここは――ああ、そうか、もうすぐ船が出るんだっけ? それとも軌道エレベーターの出発を待っているのだったか。
宇宙ステーションの、無重力を楽しめるアミューズメント・パーク。
あるいは、その惑星の滞在の最後、宙港に向かう途中、地上を行く驚くほどに時代がかった列車を待つ、無人の駅――…
見上げれば、透明な天蓋に、星がきらめている。
いずれにせよ、もうじき行かなければならないと知っている。
もし共鳴する誰かの囁きが聞こえることがあったなら、そのひとの目に映る景色がどのようなものかは分からないけれど、言葉を返せば伝わることもあったろうか。
少し…待ち時間がある。
踵を返し、ひとつのドアをくぐる。]
[無人の船内を歩く。
記憶が形作る、どこか作り物めいた、がらんどうの銀の羊。
角を曲がれば、ドロイドの姿すらない広い船内に、非対称な足音がかつん、かつんと響き。
誰の耳にも届くことなく、あるいは自身の耳にすら届くことなく、消える。
誰の姿もない、アミューズメント・エリア。
未だ爪痕の残るメイン・サロンを通り、天井を見上げる。
無人のNルームを一瞥すれば。
カプセルはしんと静まり返り、生きる者の気配も眠る者の姿もなく。
通り過ぎるごとに、背中に残した景色が白い闇に溶けて消えてゆく。
やがて、一つの扉が開く。
青年は、その光景に、目を見開いた。
ひとつ、ひとつ、光を湛えた繭が開けば。
身を起こし、再会を喜び合う彼らの姿は、青年の目には、陽炎のように揺らぎながら、見えては消え、消えてはこの目に映り…
その声たちは、さざ波のように打ち寄せて、時折残滓が微かに届くけれど。
手を伸ばせば届くほどの場所に見えるのに、語られることばを聞くには、この距離はあまりに遠すぎた]
[未だ開かれない銀の羊の一つ、その傍らに佇み、夢とも現ともつかないその景色を見る。
――もしこれが、自身の望みが見せている夢なのだとしたら。
間違いなく、望む夢ではあるのだけれど……、心臓に落ちるその業を、左胸ごと切り裂いて潰してしまいたくも、なる。
けれど、手を動かすことはなく、静かに――…見続ける。
抱き合いながら、涙を流して再会を喜び合うふたりの姿が目に入れば。>>92
その影にも、決して自身が触れることがないように、少しだけ後ろに下がって――…
自身の行く先を語る白猫の言葉も、耳には届かない。>>91
やがて、ベルティルデが、青年の傍らの銀の羊のそばに歩み寄り>>93、決して交わることのない視線と言葉が向けられれば。
『演奏』……『熱情』、『激しい、曲』
ペダルを踏みすぎたピアノの音のように、あるいは空気を震わせず直接届けられたことばのように、いくつかの響きが、漸く、聞こえた。
青年は、困ったような顔で、人差し指と中指の足りない自身の左手を見る。>>7:130
彼女が白猫と語らいながら、懐かしむようなあたたかなまなざしをどこかに向けようとするのを見やれば、そっと目を離した。]
[ガツン、といささか元気の良い響きが傍らから。>>130
小声で何やらぶつぶつと呟く、赤毛の女性に歩み寄る。
そういえば、お前の石頭すごかったな、なんて、もうずっと昔のことような出来事が思い出されて。
とても――
この手を伸ばすことを、ためらったけれど。
それでも、触れることはできないはずから……だから、触れようとすることを、許してもらおうと。
蓋に打ち付けたとおぼしきあたりを、そっとひと撫で。
髪をくしゃりとかき回すようにして。
透き通る手がその体をすり抜ければ、安心したように、彼女から離れる。
皆との再会を喜び合うその後姿を、見送った。]
[友人の亡骸を前に、悲しむことすら奪われるかのような記憶の空白を語ったその双眸に。
あの最後のとき、こちらへと銃を向けた、殺すことに慣れていただろう指先に。
奪う重みも、重みすら奪われるような空白も、もう、齎されることがなければよいと。
咄嗟に、強く、そう思った。
どこか相反する自分がいて。この罪を映した色をした瞳を持つ、この男に殺されるなら、と思いながら。
―― この男に『殺させる』わけにはいかないと。
勝ったのは、後者。
だから、少なくとも、シメオン・ウォークスという名の人狼に関しては。
こんな生き物になることに、選択の余地はなかったけれど、その中でも手前勝手に選んで歩いてきたのは自分なのだから。
謝られるいわれなんてねえんだよ、と――…
いつだったろう、記憶よりも追想よりも先に、一度だけ、どうしようもなく手を伸ばしそうになったときのことは。
ここに忘れて、置いていく。
どうか傍らに、その空白に寄り添い温める優し気な音や言葉や人の温もりが、多く、あるようにと。
ひらり、手を振り。]
[そうして、皆の集う一室を抜け出し、通路へと戻る。
もう、船の通路は一面の白に溶けかけて、輪郭を失った景色の中、ひとつのドアだけが誘うように目の前に佇んでいる。
約束は、もう、破った。
この耳には、今も――…
背中から届く、あまりにも優しく心を満たす音の響きに、足を止めそうになる。>>150
ひとつひとつの音を聞けば、記憶が蘇る。
素人だと言いながら、真っ先に名乗り出て銃を手にしたのが、最初に見たときだったか。
自分の身も顧みず人のことばかり案じて、青くなったり泣きそうになったり、痛いときは痛いと弱音を言ってほしいと――>>1:511
痛むことはなかったから、結局それは最後まで無理だったけれど。
なんだか、随分と、たくさんのものを貰ってばかりだったような気がする。
そうして、最後に呼ばれた、名前。>>7:146
“ギターの、音”>>5:10
そのすべてを、刻み付ければ。
届かない声を届けようとすることもなく、ただ、心から――あたたかそうに、笑った。]
[扉を開ければ。その先は果てしなく続く、一面の銀世界。
氷雪に覆われ、足を踏み入れれば即座に髪も肌も凍り付くような、吹きすさぶ吹雪。
右手には、楽器を。
奏でることができる指は足りないけれど、それでも弾ける曲は少しはあるだろう。
ネオ・カナン――…
彼らは、新たな約束の地へと、降り立つだろう。
もしあれが夢でないならば、奪わずに済んだのだろうかと、今更になって胸に落ちる深い安堵は、翻って苛む氷ともなる。
けれど――…
最後に、届くはずのない、ことばを。
これまで誰に対しても、口に出すことがなかった、ことば。>>0:309 ]
良い旅を――…
[深い眠りの中で、今も心臓に絡みつく鎖のような憎しみに促され、足を踏み出して、
あたたかな記憶を携え、ひとり、前へと進む。
終わることを知らない、旅へ]**
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