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―ある日の領主―
クレステッドと名を変える以前から、ウィルフレッドはその不老の呪いゆえに、主国には余り一般市民に顔を出さないように厳命されていた。
神妙な顔で領主は請け負ったものだが、街の様子を知らずして何が領主だ。心の中で舌を出した。
週におよそ3回は、街の様子を見るのが領主の趣味であった。
だからこそ旧友にして親友のタクマに執拗に迫られた、というのもあるが。――それはそれ。
屋敷の中で閉じ籠もっていては、何もわからない。
いつか。人の感性を失ってしまうのが恐ろしかった領主は、幼い旧友の犬の散歩に付いて行ったり、商店街を歩いたりするのが、楽しかった。
領主ではない自分として、同じ目線で、立つことで、人間性を保とうとしていた。
そんな折のことだったか。
「にーちゃん。 これ買ってもらったんだ!一緒にあそぼう」
幼い友人が嬉しそうに、真新しい犬の玩具を見せてくる。
「へー、どうしたんだ?」
「昨日、僕、誕生日だったから!」
にっこー。自分を領主としってなお、普通に接してくれる友人の笑顔につられて微笑んで。
ウィルフレッドは、固まった。
……誕生日? という言葉に雷が打たれるような衝撃を受けた
「あれ。おまえ。昨日、誕生日?」
「そうだけど? ああ」
何かに勘付いた、タクマ少年は慌てて。
「にーちゃんはいそがしいから、いいよ! あそんでくれるだけで、僕うれしいから。……って聞いてる? にーちゃん」
「あ。うん、ちょっとボーッとしてた悪い。じゃ、遊ぶか」
ぱあっと笑顔になった。その後は気にせずに、ロロッとじゃれて遊んだものだ。
*
「俺、今日から少し夜出歩くわ」
その頃の腹心であった、執事に一言告げて窓から脱走した。
ウィルフレッドさまああああああああ!という絶叫が背後から聞こえたが気にしない。
さてはて領主成り立てのウィルフレッドが夜毎にどこへ行ったかというと。
酒場でアルバイトを始めた。
昼は領主の仕事。夜は酒場でアルバイト。そんな日々が1ヶ月ほど。
夜の酒場というのは、昼とはまた違う領の姿が見えた。
就任して数年並。まだ自由領は、荒れていた。新しい領主の噂もたくさん耳に入る。
就任して数年並。まだ自由領は、荒れていた。新しい領主の噂もたくさん耳に入る。
曰く。この領は大丈夫なのだろうか。
曰く。どうせまた死ぬのでは。
人々の不安は統治者が安定しないところがやはり大きかった。
更に。自分の耳には入らない、領内での出来事も耳に入る。
旅の行商人が、やれ街道で盗賊が出て死ぬ目に遭った、とか。
山奥の集落では、謎の奇病が蔓延しているが。
雲の上の人達は何もしちゃくれない、といった。人々の不満や吐け口の場があった。
「なあ。それ、詳しく教えてくれない?」
夜のバイトは良い情報収拾の場にもなった。
どうせいつかは死ぬのだろう、と高を括ってなめられていたらしい。各地の名代である議員への信頼はその頃なく、酒場で聞いた噂が真実かどうか確かめた後にしかるべき処理を迅速に行った。
その頃のウィルフレッドは――亡き養父がやりたかったであろうことを模倣していたに過ぎなかった。
1ヶ月後。酒場の女将が給料とともに笑顔で告げた。
「はい、一ヶ月の給金だよ。色んな噂を聞いたけど、余り口外しないのが酒場で働く鉄則だってのに、アンタは少しも守っちゃくれなかったね」
「俺は他に話してないよー。女将」
ウィルフレッドはあくまでもすっとぼけたが、熟年の女将はふふんと笑った。
「やるならもっと上手くやりなよ、領主様。」
完全にバレていたようだ。女将はそそっと一歩下がり頭を下げる。
「……正直ご就任の時は若すぎて私もはじめは心配でしたけど、あなただったらこの領を変えてくれる気がします。どうか、お大事に」
ウィルフレッドが慌てたのは言うまでもない。
「女将。何か勘違いしてるみたいだけど、俺はウィルだよ。……まあ、そのここではせめてただのウィルってことにしてくれない、かな?」
当時、まだ若かったウィルフレッドは口籠もりながら頼んだものだ。
「あと。また客として飲みに来るから。その『誤解』勘弁してくれよ」
今度は女将が逆に目を剥いた。
「わかりました。……いや、わかったよ。アンタは私が思ってた以上に大人物なんだね!」
その時の女将の言葉と、笑顔は忘れないだろう。
もう既に、この世にはいない。まだ荒んだ頃ではあったのに気っ風のいい女将だった。
こんな街の人達を、守るためならいくらでも労力を惜しもう――。
養父の志ではなく、自分の志となったのはこの時であったかもしれない。
「タークマー! 今日はいいもの持ってきたぞ」
一ヶ月遅れであったが、誕生日プレゼントに有名スポーツブランドの靴と、ロロットの新しい首輪を買った。
「…………」
誕生日プレゼントを渡す。少年が包装も開けずに固まっていた。
「ん? どうした?」
喜んで貰えるだろうと思ったら、反応が微妙だった。
微妙どころではなく、目に涙を溜めて泣き出したものだから、ウィルフレッドは仰天した。
「にーちゃんのバカあああああ!!」
「え?!何が気に入らなかったんだ?!」
「ずっと会えないから、僕、さびしかったんだからなああ!」
「いや、お前。ロロットもいるし、他に友達も……」
「ばかーーー!!」
更に悪化させたようだ。
「にーちゃんの代わりなんていないんだからなああ!!」
わあ、わあ! 号泣する幼い友にウィルフレッドはおろおろする。ちなみに当然街中であり、人目も目立っていた。
「悪かった。タクマ、悪かったよ」
観念したように溜め息をついて、ぐしゃぐしゃっとその黒髪を撫でる。恨みがましそうな目つきで睨みあげられた。
「俺はね。……まあ、なんだ。その、友達に誕生日プレゼントとかあげたかったんだ。でも、ひとりよがりの自己満足だよな、うん」
「…………」
袖で思いっきり目尻を拭った少年タクマが、ぐずつきながらもプレゼントをぎょっと抱きかかえる。
「にーちゃん……いそがしいのわかってるし。プレゼントはうれしい」
「そっか良かった」
ほっと、ウィルフレッドは一安心した。
俺もまだまだ、なってないなー。なんて苦笑しつつ、一緒にロロットに新しい首輪をつけてやったりしながら。
「でも、にーちゃん。……領主がこういうのでお金使って、そのいいのか?」
「あ。これは俺がバイトで稼いだ金だから、いいんだよ」
「はあ?」
「いや。だって……ほら、公費とかじゃ意味ないもんだろ、こういうのは」
「はあ? まって、詳しく教えろよ」
幼い少年が事の経緯を聞いて、更に怒って、次いで呆れ返ったのは言うまでもなかった。
ウィルフレッドは、ひょっこりと顔をだす酒場の常連となったのはまた別のお話。
[長い宴が終わりを告げようとしている。
領主は――否、青年は窓辺に寄り掛かり濃密な藍の夜を見上げた。
星々が、降り落ちるほどにきらびやかだった。
物心つくまえに、領主となるためにここに来て――。
生まれた時から領主のようなものでもある。
彼には領主を続ける理由が無くなり、辞めざるを得なくなった時。
安定した自由なる自治区を、見渡した。
この領が愛しくて。この領に住む人々が好きで。離れたくなかった。
今でもその気持ちは変わらないが、希望はある。
いつの日かきっと――帰って来るのだと。
信じていれば、きっと。老うことが出来ない身でも人の感性を失わずに済むだろう。
そう。強く願う。
招待した領主候補は、自分の目は間違っていなかったと思う。]
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