― 回想:彼方の記憶 ―
[ふと。靴職人である彼が領主の間兼広間にいないことに勘付く。
一度だけ。オーダーメイドで靴を作ってもらったのはいつの頃だったか。
当時のフランツの会心の作であったことを、クレステッドは覚えている。
履き潰したその靴は、愛着を持っていたため未だに残していることは彼は知らないだろう。
腕が良く、真面目な気質の職人は領の宝だ。――クレステッドはそう想う。
そして。――運命は時に残酷だ。
彼のように気の良い男が、幼馴染みの伴侶を亡くした時のことを今も、覚えている。
――きちんと、まだ憶えている。
その折、領主としてではなく一個人として彼へと冥福の意を込めた花束を渡したことも。]
『きっと。きっとこれから前を向けだの、嫁さんが天国で心配するだの散々言われるだろうけど。
俺は――悲しめばいいと思うぜ、存分に。好きなだけ涙が枯れ果ててでも。置いていかれるのは、いつだって誰だって辛い。
大事な、大事な相手であればなおさらな。
引きづればいいんだ。』