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[知り合う人間に、国の柵が関係しにくいのが
アンディーヴの商船の良さだっただろう。
自国の自立を守りきった国にも、
国名を失くした国にも、
平等に訪れることができた。]
[どちらの国に訪れたときにも、
そこでは、人が生きていた。
或いは国を護りきった誇りを胸に、
或いは、勝者と敗者が交じり合いながら、
どちらでも、人は逞しく生きていた。
ウルケルの傭兵隊が派遣された国が、敗戦した──と、
そう伝えられたオルヴァルの地でも。]
[「くやしい」と、一言。──恋人が送ってきた手紙に書かれたその島を、当時訪れたときにはまだ復興は完全には成っておらず、ただ、それでも帝国は圧制を敷くでも奴隷として国の人間を連れ帰るでもなく、呑んだ国を我が身の一部として統治しているように見えた。]
…
[国をひとつ潰した帝国の足跡の中でも、オルヴァルの商人たちは逞しく、戦時下でも衰えることなく伸びたユルド社を筆頭に、アンディーヴにとっても、良き商談相手となってくれた。お互いに、抜け目なく切り取るパイの大きさに睨みを利かせながらのことであれ。]
[ただ、人の歩みは止められずも、アンディーヴの船が訪れたときには、まだ海岸沿いには攻防の爪あとが見られた。
以前はオルヴァルの拠点だったというその場所は、公園に生まれ変わらせるらしく、工事をしていた。その砦の名残を残す壁には、疵が彫られていた。]
……
[ざらりとなぞると、
まだ、文字が読めた。]
["不羈"。と、国の文字で。
ここに刻んだ人間は、
何を、思ったのだろう。]
…
[護れたのだろうか。と、ふと続けて考える。
この文字を刻んだ者が、守りたかったものは。]
[それとも、護れなかっただろうか。
この文字を刻んだ者の姿を直に見たわけではなく、
想いのうちまでは計りかねた。
無念、決意、意志。
そんなものを僅かに想像はすれども、
直に耳にできたわけでもない。]
[ただ──視線を遠くに投げれば、
街には復興を目指してか金槌の音が響く。
国は消えて、それでも、
人は この島で暮らしている。]
[異国の町を見ていれば、
そんな考えが浮かんだ。
国が消えようとも、変わらずに、
護っていくのかもしれない。
その国で生まれた心を抱えながら、
人が、生きている限りは。]
[また、帝国が拓いた港での方が、概ね自国の産業を守ろうとする小国の港よりも商売がしやすいから。というもとよりの商売人としての好意もあったのかもしれない。
褒めておいて損がある相手ではない。と目してもいたのだろう。]
[ただ、そんな大人の思惑に紛れさせるには年下の少年はあまりに純粋にも見えて、当時は大人らを遠ざけながら、話しかけるように努めていた。]
[年下の少年がぴん、と伸ばした背は、口には出さずも愛らしくもあり、少年が背負わんとする荷を退ける理由は、当時にはなかった。]
…… では私も、殿下に護られるに
足る身でなければなりませんね。
[騎士のように振舞う少年に、そう笑った。いつか否応なしに、広い土地の頂点に立つ彼が、"踏みにじることを好む人柄ではない。とそう思えたのは幸いだったと思う。どうか護ることを──護るべきものを眼差してくれる人であれば。と、願った。]
[恭しく受け取った貝殻は、
アンディーヴ家の
ファミルの私室におかれた小箱の中へ。
静かな街の片隅で、
ひっそりと護られてある。]
[或いは、そののち 護られる立場から、
──望んで辞した女の代わりに。]
[守られることは。
遠くで、ただ、行く末を見守ることは。
恋人が帰らぬことを知った日に、
私には、耐えられなくなってしまったのだろう。]
[静かな敬礼が、死者に送られる。
ウルケルの傭兵部隊の一員となった青年は、誇りを持って戦い、そして仲間を守り死んだ。と。
口にされるそれはきっと そのとおりの事実であり]
…、
[それを否定することは、彼の誇りも汚すことだとも、わかっていて──わかっていても、息が詰まった。]
[だが。と、低く、謝罪の言葉が落ちる。労りと、罪悪感のような、感情を深く沈めた声が。
名を知る男が死んで それで、その上官の男とて、悲しんでいないわけがないのだと。それを知らせる声音は。]
(貴方が。
……謝られることでも
ないでしょうに)
[敬礼よりも深く、酷く、胸に刺さった。]
[年長の男は、彼の居場所である海へ視線を投げ、自らについての言葉を重ねる。そう、言葉を零して手紙を受け取り、封を切られぬままのそれを見下ろす。]
──奥方の心情の全てが、
理解できるわけでもありませんが。
きっと、奥方は、
貴方のことがお好きだったのではと思う。
だから。
ただ、貴方の帰りを、祈るしかできぬ身が。
ただ、待つしかできぬ身が、
… 耐えられなかったのではないかとも
…思います。
[そう口にしたのは、真実を見通してというよりも、己を重ねてのことだったが。
歴戦の傷を肌にも──恐らくは記憶にも深く刻んできたのだろう戦斧の男と視線を合わせて、そっと眉を寄せた。]
こうしてお話をさせていただければ、
皆が口々に貴方を誉めそやす理由がわかる。
[軍人として誇りを持って生き様を選ぶその姿に、皮肉と呼ぶには、弱い苦味が表情に混ざりこむ。]
私には。
… 憎ませてさえ、くれないことばかりは
うらめしくも感じられますが。
( 彼は笑って、満足して 死んだだろうか )
[それとも。少しは後悔をしただろうか。
浮かんだ疑問は、聞かずに埋めた。
──答えがどちらでも、納得ができないような気がして。]
海に沈んだ彼が、…或いは誇りに、
職務に、信じる道に殉じたなら。
それを止めなかったなら。
…どこにも。
文句の つけようもない。
[自嘲の笑みを浮かべて、薄紫の瞳は断りを述べた男の顔を見上げる。肩につかぬ程で切りそろえられた髪がゆるく横に振れる首にあわせて揺れた。]
断られた。と父には伝えておきます。
ただ、
手紙と一緒にまた伺わせてください。
[同じ用件で。とは添えずに、手紙と、
引いた手の中にある金色のロケットを見下ろす。]
[親不孝な考えですが。と、そうとだけ添えて、海を眺める。]
まだ、私の整理がつききらない間は、
貴方に断り続けていていただける状況は
──ありがたいので。
[そう、感情を沈めた声音でいって、
閉じたロケットを元通りに首にかける。]
[そう話す娘に、結婚をするつもりはない、とそう口にした男はどんな顔をしていただろう。]
… ゲオルグ・ヒューベンター閣下
最後に、ひとつだけ。
[手紙を抱いて、思い出したように
顔を上げて首を傾げる。]
たとえ、…帰ってこなかったとしても。
待つことに耐えられなくても、
…いつか喪失の痛みを覚えるとしても。
それでも、
不幸だなんてことはない。
[軍人以外を、と口にした男へ
そのときにはたしかに顔を上げて]
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