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頑なままに、このような魅力を宿す──
その清い蕾に、少しばかり爛熟の香をあわせてみようか。
デグランティエ公も”視て”おられるだろう。
[壁に、天井に這い回る茨を示すと、ギィから託された艶やな血赤の薔薇を、ジークムントの唇に重ねて置く。]
声が抑えられないようならこれを噛むといい。
[そうなるようなことをする、と予告してジークムントの上へと上体を被せた。
銀の髪を掻きあげて耳裏の柔らかい部分に唇を落とし、睦言を囁くごとく耳朶の溝を舐める。
顔の輪郭に沿って形良い顎の稜線を越え、首筋を伝い落ち、鎖骨を甘噛みし、
腋下に鼻梁を擦り寄せて胸乳へと辿り、舌を閃かせては脾腹を啄み、
そのもっとも反応のよかったところへと皓い牙を突き立てた。]
──ああ、
[生血を啜ることを忌んでいたジークムントだから、その血は滋味のないものと思っていたが、予想に反して甘露を得た。
右肩の傷にも、熱いものが打ち寄せて再生の力が巡りはじめる。]
あなたの身体も血も──瑞々しくて素敵だ。
[啜るのは、ジークムントが軽く酩酊を覚える程度に。
形ばかりの吸血ではなく、かといって行動不能には陥らぬよう加減した。]
[縋るを躊躇う手、礼節を外れぬ挨拶。
透明な殻をまとう薔薇の子。
──それでいい。
その鍵が、ギィに対してだけ、開かれるならば。]
吸血鬼が同族に血を与えるのは、格別の好意を示すもの。
繰り返せば、私の身に何かあった時、あなたも無事ではいられないかもしれない。
それを承知してくださった上で、またお誘いいただければ、喜んで。
[社交辞令ではなく言い、揺れる翆玉を間近に覗き込む。]
場違い、とおっしゃいましたね。
そのままのあなたで、どうしていけないと?
私が来るまでの間に、何かあったのですか。
[押し倒す前にそれを聞かないところが、ある意味、魔物たる由縁。]
あなたがするようなことしかしていない、 ユベール。
それも、だいぶ序盤にするようなことだ。
誘われた時に、混ざれと呼べばよかったか。
[しゃあしゃあと応えたが、内心、まだしてなかったのか…と、昨今の彼には珍しい奥手っぷりに、ジークムントにかけられた情愛のほどを思う。]
唇は奪っていない。
[安心材料(?)をひとつ投げて、それから、一拍おいて続ける。]
彼の血は──これは天然のものなのか。
あなたの血が入っているので惑乱されているのかもしれないが、同族喰らいに近い味がした。
[公弟の身を案じ、自らのことは顧みないジークムントは多くを語らず。
ヴィンセントもまた無理強いすることはしない。
「己の牙で血を啜る事を覚えてしまった」については、倒した使徒の血を啜ったのだろうと推察した。
それにしては、ジークムントの血は同族喰らいに近い味がしたけれど。]
傷つけるのが怖いならば、眷属にしてしまえばいい。
どのみち──放っておけば100年もしないうちに皆、死んでしまう。
あなたはその孤独とどう戦う?
[囁く声は眠りに間に合ったかどうか。]
[ジークムントの前髪をそっと払って立ち上がる。
ここに寝かせたままにしておくわけにもいくまいが、影を呼ぶまでもなかろう。
ギィがすぐそこまで来ている。]
― 書庫 ―
[部屋を出たヴィンセントは書庫へ赴き、自らの指先を突いた血を使って文をしたためた。
『聖女殿
この
公弟ヴィンセント』
人の耳には捕えられない領域の音を発して小さなコウモリを呼ぶと、丸めた便箋をその足に掴ませる。
誰に届けるべきか告げ、駄賃に、自分の指先の血を与えた。]
誘われても彼女に触れてはいけないよ。
帰ってこられなくなる。
[“弟”であるゆえに、ギィへの血の服従には縛られていないヴィンセントは、独立して動くことに別段の支障も躊躇も見出さない。
声なき声で呼んだ影が届けた夜光盃を煽り、
― 書庫 ―
[書庫の扉は開けてある。
影たちは遠ざけてあった。
聖女に近づいて蒸発してしまったものがいると知って。
普段、書庫に火器は厳禁だが、今ばかりはティーポット用の湯を湧かしていた。
コポコポと泡のあがる音を聞きながら、ヴィンセントは本を読んでいる。]
[ノックの音と名乗りを聞いてヴィンセントは立ち上がり、書庫にユーリエを招じ入れて、彼女のために閲覧用の椅子をひく。]
こちらに。
来ていただけたことに感謝する。
[ユーリエが単身であることに意外そうな顔をするも、後続者のいない扉を閉めただけで、別段の警戒は示さない。
彼女の膨らみの目立たない胸と、そこに丸まるコウモリについても不問に付した。]
よければ、ハーブティをいかが。
[ユーリエの双眸がこちらを見上げている。
玻璃のようだと思った。
ハーブティを淹れながら、ユーリエの問いに応える声は、ことさらに作ったものではなく。]
我々は茶もワインも飲める。
聖別されたものでなければね。
──ちなみに、城の地下水と、アレクシスが森で採取してきたハーブだ。
[説明して、湯気をたてるカップをユーリエの前へ。
吸血鬼の淹れた茶を飲むのだろうかと、眺める。]
アレクシス殿は城主の客人の薬師だ。
[アレクシスの名を知らない様子に、簡潔な紹介をする。
ユーリエが慎重にハーブティを口にするのを見届けて、わずかに肩の力を抜いた。]
おいしいと言っていただけて光栄だ。
飲みながらで結構、本題に入るとしよう──
これ以上は無意味だということを、理解してもらうために君を呼んだ。
私は、君がこの侵攻作戦の切り札なのだと思っている。
だが、奇襲殲滅戦であるべき作戦は、すでに時間をかけすぎた。
聖なる力は、その威力を失っている。
それでも、強化兵らの身体能力はおそるべきものだけれど、君に関しては無害だ。
ゆえに戦場から隔離すべきだと思った。
女子供が抗争に巻き込まれるのは本位ではない。
ここなら安全だし、退屈もしないだろう。
君に、読書の習慣があれば、だが。
[聖女欠格を指摘されても動じないユーリエを見やる。
疲れ切ってしまったわけではあるまい。
この城で、彼女なりに感じたものがあるのだろう。
虚実を操る公弟は、彼女の問いに、真摯に応える。]
魔物が「悔い改める」と言ったとき、教会の反応は、
「魔物のいうことは信用ならない」か、「殉教して証拠を示せ」に大別される。
神──教会は、制し、罰することを根幹において、世に幸せを導かんとする組織ゆえに、一度でも罪を犯した者に対しては厳しい。
情状酌量などしていたら、示しがつかない。峻厳なる法治の理だ。
私もかつて司法の側にあり、だが、出会った吸血鬼を断罪できなかったゆえに吸血鬼になった。
吸血鬼であることは止められるものではないから吸血鬼のままでいる。
そして、私は、愛する者と共に人生を謳歌しているから、滅ぼすと言われても拒絶するよ。
[細かい事情は省いたから、よく伝わらないかもしれないが。薬の切れる時間も迫っていた。]
君は、異端だ。
[ユーリエに向ける声は弾劾ではなく、むしろ賞賛のそれ。]
還る場所があるなら、安心だな。
[少女の両手に指を絡め、華奢な首筋に冷たい唇を押し当てる。]
今、けっこう、危険なことをしている自覚がある。
[服薬しているからといって、聖血の効果を消せる補償はない。
だが、ギィのところへユーリエを行かせるわけにはいかなかった。
行かせれば、ギィはなんの細工もなしに聖女の血を吸いたがるに決まっているから。]
あなたを、喜ばせることができればいいんだが──叱られるかもしれない。
聖は魔を浄める。
魔は聖を穢す。
どちらの色に染まるかは、色の濃さ次第──にならないのは色彩学をかじった者なら知っていること。
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