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― 二階廊下 ―
[魔獣は疾駆する。
呼ぶ声、それは、餓えの起源だった。
円柱に支えられたアーチの額縁に見出した姿は、アレクシスの捧命の愛によって再臨した戦装束の城主。
その威風堂々。
身を縛る影の茨が啾々と哭く。]
[もっとも強く欲する者へと過たず放たれる衝動。
ギィの復活と彼の”遺産”によって、絶望の縁から引き返した魂は、狂える肉体をコントロール下に取り戻さんと意識を集中する。]
わたしも、 あるべき場所へ戻れ。
[凍気を操る力を、我が身へ向けた。]
[呼び込まれ、茨の網に絡めとられた魔獣は、瞬間、白い欠片を散らして動かなくなる。
身体を覆う瘴気が薄れて霧散すれば、後に残されたのは憔悴した青年の姿だった。]
…もう、 会えないかと。
[異形と暴走の呪から解き放たれたヴィンセントは、残された左手をギィの顔へと伸ばした。]
おまえをこれほど苦しめるのなら、
死んだりしなければよかった。
ヴァンス。私の半身。
おまえが嘆くところなど、もう見たくないよ。
愛しいヴァンス。
愛している。愛しているよ。
おまえの声は聞こえていた。
全部、聞こえていた。
今、こうしておまえに言葉が届くのが、
これほどに嬉しい。
[身体から消えた茨の紋様が実体化するごとく、周囲に茨の密度が増した。
ギィの加護に包まれているのを感じる。途切れたことなどないように。]
──どうやって、戻って来た。
[喪失の絶望に狂った自分は──ギィを呼び返そうとはしなかったのだ。
ならば、誰が。]
[素直に非を認めつつ、「死んだりしなければ」という口調の中に、好奇心自体は削れていないことが伝わってくるギィの謝罪。
変わっていない…と思った。
安堵に心が緩む。]
ああ、
あなたを失って壊れたことは、間違いでも何でもない。
二度と 御免だ。
ユベール…、
こんな歓びは──金輪際にしたい。
[ギィの肩に顔を伏せて、その確かさに涙する。]
復活祝祭日にもしないぞ。 あなたを失った辛さとセットで思い出すなら。
[ギィほどには従来どおりではないヴィンセントの肉体を見やる傷ましい視線に、事情を報告しておく。]
ソマリという男が「クレステッド」と呼ぶ剣士にやられた。
その時、私の意識は
さもなくば、異形化していた
[精神と肉体が合致した今、疼痛は火で炙られるごとく。だが、顔に出すことはしない。]
右腕は、このまま凍結させて固定しておく。
時間はかかるが、癒えるはずだ。
[そう告げたが、ギィは自らの血を分かち与え、力を流し込んでくれた。]
[そういえば、異形化した際に、衣服を破損してそのままだ。
ギィの前で裸になることに抵抗はない、が。]
その身体で蕩かして欲しい…、
と、言いたいところだけれど、他の場所でもあなたは必要とされていよう。
後でいい。
…その代わり、 後で、
後で、だ。
[言いよどみ、狼狽える様を誤摩化すように、首を振って繰り返した。]
後で、だね。
たっぷりと―――。
期待、している 。
[首筋を啄み、ほんのりと赤い痕を残して微笑んだ**]
― 二階の部屋 ―
[茨を従者のごとく連れ歩き移動するギィ。
どんな運ばれ方をしようと、まだ無理の利かない身体に抗う余力はなく、その気もさしてなく──
身支度のために選ばれた部屋で、影が用意した湯を使う。
その間、ギィは静謐の中にいた。
だが、遠くにいるバルタザールへと語りかけているのが、ギィとほとんど同じ血をもつ自分にはわかる。]
私が踏みとどまっていられたのは、あなたの代わりに意識を繋いでくれた
そうでなくば、狂ったまま滅亡への路をひた走っていたことだろう。
[そして、ギィを奈落から連れ戻したのはアレクシスだという。
そう告げた時のギィの眼差しから、それは、アレクシスの命と引き換えの技だったのだろうと察していた。
「私の終わりは、もう決まっている」と、この戦いに臨んで彼が告げた言葉を思い出す。]
… 一途な方だ。
──その血は分たれることなし。
[ギィの胸に、そっと掌を押しつけ、
アレクシスに対して、自分は家族としての義務を負うとの誓いをたてた。]
[包帯はギィ自身の手で施されるを願う。
「縛る」と囁いて肌を滑る手指は、「後」の期待をいやがおうにも連想させた。]
…ああ、
[首筋に牙が触れた時、洩らした声は承諾というよりは喘ぎに近いもの。]
[やがて、影たちが運んで来た装束を身につけたヴィンセントは、実際のところ、まだ無理は利かないままに、傍目には快癒しているように見せるべく振る舞う。
シャルワニの黒い立襟服は法務官服にも似て、ギィに比べれば軽装であり、言うなれば軍吏に近い。
鉄灰色の胸甲に刻印された紋章は、野茨と天秤を組み合わせた個人紋章。
ベルトに差した武器は青鋼の炎のごときクリスナイフ。]
どこへ。
[ギィの意を問うた。]
[ギィの方針を聞き、短い頷きをひとつ。
ジークムントのところへ向かうというギィには同道はしない、と、同じく視線にこめて返す。]
私は、"遺産"のところへ。
[痛みが──伝わる。]
[渡された血赤の薔薇は、ギィの命の結晶のよう。
呪が遅れた、と告げるギィの声には、事を急いてジークムントを壊したくなかった彼の想いが現れているように思えた。]
サロンだな。
では、頼む──
[委細受命しながら、ギィに告げるは託す言葉。]
― サロン ―
[ギィの背を見送ることはしない。
ヴィンセントはジークムントの姿を求めて、サロンへと向かう。
思えば、アプサラスとシメオンにジークムントを引き合わせたのはそのサロンで、あれから一昼夜とたっていないのだ。
接近を伝えるべく、手にした薔薇の香りを夜気に乗せる。]
──…ここにおいでだと。
[扉をあけて、ジークムントへ声をかけた。]
[再会の挨拶は、無事を言祝ぐ言葉だった。
その純真さは、いささかも穢されていない。
ギィが愛するその資質が、眩しくさえある。]
長時間、様子を確認しに戻りもせず、失礼しました。
[彼が無事かどうかは自らの目で見極めることにして、ジークムントへと歩み寄る。]
あなたの血親から、これを──
[血の赤を誇る薔薇を差し出し、ジークムントの腰を抱き寄せんとする。
ギィなら、これを渡すときにそうしそうな気がして。]
[自分は役に立っていないと、ジークムントが気落ちしている様が伝わってくる。
抱き寄せた腕の中、目を伏せる様は聖女のごとく。
無理に顔をあげさせることはせず、身体を傾けて、その耳朶にふれんばかりに唇を寄せた。]
私の血の精髄だ。
…私の死と共に咲いた。
[ギィの声を真似て、ジークムントの耳元に囁く。]
まだ血を厭うているのだろうけれども、
今はそれでは自身の身も守れないだろう。
── せめて、これを。
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