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―地上・森―
地べたの石は剥き出しの素足を傷つけない
鋭い枝も優しく撓って路を開いた
けれど
帰らなければと思うのに 帰り方を識っていない
心の赴くまま、漂うように
森を彷徨う
御使いの気配を畏れたのか
鳥の囀りや獣の気配は 息潜めるように遠のいていた
『……、… 』
浅く息をつく
時を刻まぬはずの身に、今は疲労が纏わりついた
降臨するために生まれてはいない
清浄な気に住まい
神の栄光を糧にしてきた脆い天使には
地上に充ちる精気は濃過ぎ 穢れが強過ぎる
『 、 ──』
二本の脚で歩くに疲れ
やがて大木の根元へ身を預けると瞼を閉じた
静まり返った森に 剣呑な気配と響く冒涜的な言葉
そこは狩人であり盗人である者の棲む森
暴虐の賊がまさに 導かれるようにこの木を目指し来ていた*
―森の大木―
そこに残っているのは、たくさんの足跡と人間の匂いと
森の北の方からやって来た足跡は、
大木のあたりで止まり
そこで暫くたむろして留まった後
また北の方へと帰っていた
そこに残っているのは、人間の痕跡、
それと淡く薄い天使の気配
草の根に紛れるように、小さなアクアマリンの粒が幾つか
―盗賊の小屋―
[俺は、椅子を軋ませて体を揺すりながら、石積みの小屋の隅を見ていた。
人の姿をした化け物が蹲っている。
ぴくりとも動かないソレ、仲間達は街へ出たばかりで戻るまではまだまだかかる。
酒が欲しいのに瓶は空だった。
舌打ちをしてもう1人の見張りを見遣る。
いつ、こいつに襲われるかもわからん]
[森で俺達が捕まえた化け物は金の卵を生む鶏だった。
キラキラ光る青い石──一番年寄りの爺がいうには、間違いなく"まじりっけないほんもの"の宝石らしい──を袋に詰めて、仲間はそれを売りに行った。
うまくすれば一生遊んで暮らせる。
怖いのは抜け駆けして石を独り占めしようって奴だ。そんなのは皆承知だし、皆が企んでる。
だから互いを見張ることになっていて、
勿論、宝石を生む化け物が逃げないようにも見張っているのだけど、この細っこい奴は一度も抵抗する素振りすらなかった]
……おい、喉乾いてねぇか
[ずっと待っているうち、あんまり全然動かないんで死んだんじゃないかと心配になってくる。仲間を横目で見ながらそいつに声をかけた。
返事はない]
[森にいた時から、こいつは何を言ってもしてもウンともスンともなくだんまりを決め込んでいた。
最初はこっちの言ってることもわからないのかと思った。口をきかないのは不気味だったし、腹も立った。でっかい目で全員を見回すだけで。
金目のものを持ってないとわかって、服だけ剥いで捨てるか、人買いに売りつければ少しは金になるか、相談が始まった時、そいつは変な顔をして涙を零した。
そしたら見ろ、宝石がころん、だ。
大騒ぎになる。もう一度見せろと小突き回す。
皆は興奮していたが、俺はだんだん怖くなった]
おい、起きろ!
[肩を掴んで引っ張れば化け物は少しだけ目を開く。
やけに真っ青な目。
石の像みたいな顔をした、まだガキだ。男なのか女なのか、俺は他の連中みたいに確かめたいとも思わない。
こいつにじっと見られていると、ひどくそわそわした。宝石の涙を流す目なんて気味が悪いし、変な気持ちになってくる。心の中まで覗かれてるみたいで]
水だ…おら、
[器に入った泥水をそいつの顔の目の前の床に置いた。
手足は縛っていない。何度きつく結び直してもいつの間にか、縄がほどけていて──まるで縄の方が縛るのを嫌がってるみたいでそれもおかしな気分にさせた。
顔を上げて、ちょっとだけ水の匂いを嗅いだそいつはまた床に転がる。
いらないなら勝手にしろ、と吐き捨てて、俺はその目から視線を逸らした**]
嗚呼、近付いてくる
御使いの気配に目を開く
すぐ傍に澱んだ水があった
強く眩い光の主
天使が、近くにいる
気配が近付くにつれ、周囲の空気に漂うエーテルの濃度は濃くなり
糧を失って弱っていた体に 力が戻る
指先を丸めるようにして胸の前へ引き寄せた
祈る形に
開いた扉
天使達の頂点たる天使長の姿を認めて
ゆると瞬いた
『……… 』
音のない吐息を零す
身を起こそうと試みながら、視線をめぐらせた
ここは澱んでいて
人の子達の魂は信仰という光を得られぬまま
闇の惑いの内
―山賊の小屋―
だれだ!
[突然開いた扉に、俺は椅子から腰を浮かせる。
いつでも掴める位置にあった蛮刀を握り、仲間と共に誰何の声をあげた]
…おんな?
[背中が寒くなるような威圧感。どう見てもまだ若い小娘なのに、膝が震えた。
強そう、というより、ガキの頃おふくろに一度だけ連れて行かれた教会で感じたわけのわからない恐怖のような。
その娘の視線が、青い石の化け物の方へ向く。
俺は震えて声もでないのに、仲間の見張りは嘲るようにがなった。
『てめぇ何しに来た、お宝は渡さねぇぞ』 ]
…お、い
こいつ、 こいつら なんか なんかおかし、いぞ
平気なのかよ
だ…だめだ
[口が渇く。
刃を握る手から力が抜ける]
渡さねぇ。 逃がしたら俺が、殺されちまう
[武器の一つも持たず、まるで絵の中みたいに綺麗に笑う女が怖かった。
ガタガタ震えながら、必死に顔を上げる。
もう一人の見張りはまるでこの威圧感を微風ほども感じていないように、
下卑た嗤い声をあげてその女に掴み掛かろうとしていた。
気紛れで女を捕えて弄ぶ、いつもの調子で]
───おい、待
…!
[燭や松明とは明らかに違う、眩しい光。
俺は今度こそ武器を取り落として、その場に尻餅をついた。
おかしい、おかしい。こんな光、小屋の中が真っ昼間みたいに]
あ、うぁ
[娘に掴み掛かった仲間が悲鳴を上げてのた打ち回るのが見えた。
全部が幻みたいにゆっくりとした光景の中、床からゆらりと立ち上がる青い目の化け物──ばけもの?]
…あんたら、ちがう、
[呻いてのたうつ仲間を見下ろして、そいつは哀しそうに涙を零した。
青い綺麗な石が床に落ちて、高い音が]
化け物じゃ、ねえ 何者だよ…!
[ ───。
奇蹟みたいに綺麗だった。
光だけじゃなくて、空気そのものが明るくなったみたいで、
ずっと抱えていた変な気分が強くなる。
そいつが不気味で、怖かった…違う、恐れてるんじゃなくて俺は、
本当は畏怖していた**]
弾かれて苦しむ人の子を見下ろす
涙が零れた
この人は澱みに目を塞がれ、自分が何をしていたかわからないだけ
低い嗚咽が聞こえる
もうひとり 水をくれた親切な人の子が泣いていた
神よ、と 呟く声
ゆるり 瞬いて、歩き出した
天使の長のもとへ
近付いて、覗き込む
送る思念は弱く途絶えがちではあったけれど
はっきりしたヴィジョンを届ける
天界の景色
そこに立つ、小さな翼をもった若い天使
シルキーが名もなき一天使だった頃
ひらりと漂う薄緑色の光 淡い翅を揺らして
彼女へ祝福を送ったのは何時のことだったか
思念は請うように余韻を置く
──帰らなければ
[天使から送られてくる思念は今にも途絶えてしまいそうなくらい弱いものだった。
けれど、その映像は鮮明ではっきりと。
視えるのは天界の景色。
そしてそこに立つのは、天使長になるよりもずっと前。
まだ小さく弱い翼しか持ち得なかった頃の自分。]
……あなた、は、
[いつだったか。
薄緑色の光を漂わせ、淡く薄い翅を揺らし自分に祝福を送ってくれた者がいた。
映像として流れ込んでくるその存在は、目の前の天使によく似ていて。]
[そして余韻を置き、請うような言葉を聞く。
それに頷くことで応えるけれど。]
(……私の翼が回復しない限りは――)
[何もできない自分が情けなくて、憂うように溜息を一つ零した。]
大丈夫、と問われて曖昧に瞬いた
脆いエーテル体の天使は天界でしか生きられない
人に良く似た肉体を備えても、この身もやはり弱いもの
衰弱して動けなくなっていた
けれど強き天使の波動の近くあれば、おそらくは大丈夫
謝意を表すように微笑んだ
ほろほろと零れる涙は 哀しみ
迷い、恐れ、苦しみ、怒りと憎悪に嘆く者達を前にしても
救いをさしのべる奇蹟はこの身にはない
罰し滅ぼす奇蹟もない
それらは他の者の役目
御霊の器として生まれたこの身は、ただ意志なく漂い
祈りを捧げるだけ
出よう、というように
天使長の袖をそっと引いた
残るのは、目の当たりにした奇蹟に打ちのめされた男達
彼ら あまねく神の愛を受け入れ
光射す道を歩まんことを*
神の代弁者でありながら口を開かぬ 無為の天使
役目を果たさぬその存在は、いつしか忘れ去られたもの
この天使の旧い記憶の内に自らの存在を見つけ
少しばかり嬉しそうにしたのは、
淡い感情の発露
不安そうな顔へ小さく首を傾げた
痛みを、感じ取って蒼い目を細める
『…』
背へ片方の腕を伸ばし、掌を柔らかく押し当てた
癒しの力はないけれど
瞼を閉じて、胸の前で指を組む
ふ と背後に薄い緑色の光が灯り
透けた蜉蝣のような翅が
陽炎のように刹那 現れて消えた
『………、』
眉尻を下げて、緩く首を振る
──飛べない
笑顔になる天使長へ、映すように口元を綻ばせる
名を尋ねられたと理解はする
指先を宙へ向け、そのまま空を滑らせた
牧人の杖───シェイベット、と文字を描く
頭を撫でられてひくり、首を竦め
一瞬間を置いてから楽しげに笑んだ
このように誰かに触れられたのは 初めて
謝罪の意を示す言葉に瞬いて
彼女も飛べない、という事実に
そっと手を伸ばし彼女の頭を撫でた
小屋を離れ歩き出すのは、森の中
あてがあるのかないのか 漂うように
天使の傍から、必要以上に離れることはしない
まとう清らかな波動で消耗がおさえられ、疲労せずに歩くことが出来た
ゆらり
足運びも慣れて来れば、滑らかに
いつしか森のはずれが見えて来て
途切れた樹の向こうの、くすんだ色彩に唇を開いた
『…… 』
少しでも、天に近付けるだろうか
神の御許へ
導き手である御使いが揃って、迷子とは
しかし気にも止めぬよう
ゆらりふらり
褪せた花の色を嗅ぎ
痩せた蟲が飛ぶを眺め
真っ直ぐ進む天使長と距離があけば
小走りになってその後を追った
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