情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 エピローグ 終了 / 最新
― 『神魔の領域』 ―
[ 風>>28を背後に、森を進む。
矢が届くことは、もはやなかった。
太古の森はあらゆるものを包み込んで深い。
その中に時折、何かの気配を感じる。
それは木漏れ日をとらえて翻る動きであったり、風に混じる香りであったり、木々の呼吸めいた音であったり──姿なき視線もまた幾度か首筋に触れてきた。
この森が『神魔の領域』 と呼ばれる所以でもあろう。
伝承を思い出す。
立ち入りを許されたものは、ある『試練』を勝ち抜く事で己が願いを叶える資格を得る、と。]
[ 自分自身は、寡聞にして伝承を話を裏付ける話を知らない。
あるいは、願いを成就させ、生還した者に会ったことがない。
ゆえに、『試練』のなんたるかもわからぬ身であるが、惜しむほどのこともなかった。]
来るがいい。
[ 馬を止め、呼びかけるように目を閉じた。]
[ 時間の感覚はとうに失い、日差しの暖かさも感じなかったが、目蓋に光を感じて目を開ける。
空から何か煌めくものが降りてきた。
落ちてきたのではなく──降臨という言葉が適切な様相である。
棘めいた形状の宝石で形成されたそれは、植物を象ったもののようだ。
ひときわ長い優雅な弧は花だと知れた。
美しいというよりは、妖しく心を惹きつける花だ。
その一方で、茎の末端は丸まっている。
根は見当たらないが、それで完形なのだということはわかった。
一度、異国の君主からの土産で王宮にもたらされたことがある。
置かれた場所で咲く
己が境遇を思えば、苦い。]
[ 受け取れといわんばかりのものを掌に納める。
すると、植物は姿を変えた──否、溶け出したのだ。]
──…っ!
[ 残ったのは、泡立つ網目模様の宝石で構成された部分のみ。
その特性には見覚えがある。己の天命石だ。]
[ 息が苦しい。鼓動がうるさい。
欠陥品となった残骸よりも、見えなくなった部分の方に胸を掻き乱されていた。
感じたのは、不吉さではない。
切ないほどの焦燥。
菫青色の声が告げる。
「……想い遂げたくば同じ花を携えし者と相まみえよ。」]
── 会える、と
[ 何を約束されたわけでもないけれど、掌で溶ける宝石など、ただひとつしか知らない。]
― かつての話 ―
[ リュゲナー王国の王子の遊び相手として城へ上がったのは、生母が王子の乳母であった功績を買われてであった。
ヴィンセントからすれば、王子は母との親密な時間を奪った張本人であるが、
彼に対して憎いという感情を抱いたことは一度もない。
それこそ子犬のように共に転げ回って、勉学や鍛錬に切磋琢磨し、時には悪戯もして、
露見した際の叱責はさすがに差があったけれど、それに甘えず毅然として責任をとる王子は、
幼い時分からずっと眩い存在だった。]
[ 生涯を彼に捧げることに何の迷いもありはしなかった。
それなのに、10年前、国を覆す簒奪劇が二人の道を違えたのだった。>>38
王子の武具を身につけ、敵を引きつけ、彼の身代わりに討たれるべく働いて──
死に損ねた。
敵の首魁が王弟では、どのみち欺き通すことは不可能だったろう。
たかが影武者、バレれば処刑されて当然だったが、なまじ王子の乳兄弟として王室に近いところで暮らしていたゆえに、目をつけられた。
種々の情報を明かすよう求められ、代わりに国王の亡骸を丁重に弔う取引を持ちかけ、
多分、それが過ちの発端だったのだろうけど、
敵である相手に飼われることを受け入れて、侵略者がリュゲナーを統治するのに力を貸してしまった。
いつか王子が帰る日のために、国土と民を守らねばならない。そんな覚悟で耐え忍んできたのだけれど、]
[ 王子の消息は途絶えたまま時は流れ──
繰り返される悪夢に、もはや、身も心も擦り切れた。
滅びを願うほどに。]
[ 喉の渇きを覚えたらしき馬は森の中の泉へと騎手を運ぶ。
自身も鞍からおりて片肌を脱いだ。
清めの言葉を呟きながら左腕の傷を洗う。*]
[ 声が聞こえた。>>117
若い男のようだ。
明瞭な発声と抑揚は品格を、すなわち育ちの良さを感じさせる。
こんな鄙の森の奥深くには似つかわしくない。]
……、
[ 指先を触れさせていた水面が乱れた。
意識を集中させて像を結ぼうとしていたところであったのだが、
少なくとも発見しようとしていたものの一部は、向こうから来てくれたというわけだ。]
[ 問いかけに直接答えることはせず、立ち上がって振り向く。
青の重なる森が、そこだけ人の形に歪んでいた。
知覚できない、ナニモノかがいる。
ただの通りすがりでもあるまい。
空から届けられた宝石の花が脈打っていた。]
── ティランジア・イオナンタ
[ 確認するように口にする。
あるいは、名乗りと思われたかもしれないが。]
[ 静かに袖を元に戻し、服装を整える。
傷の有無に関わらず、肌を晒すのは、好ましいことではなかった。
そのまま、剣のつかに手を添える。
かつて、王子の影武者を努めた際に渡された剣だ。
抜かなければわからないだろうが、その刀身は半ばで折れている。]
── 試練なのだろう
[ 熱の篭らない声を投げた。*]
/*
ミーネは顔合わせするつもりがあったようで、先に行ってしまって、すまんかった。>>57
ほぼ一日遅れっていうか、まだペアバトルも始めてなくてあわあわする()
更新まで@23時間な
[ 声をかけてきた男もまた、同じ花を授けられたのだと言う。>>155
王子と己の天命石によって象られた、あの花を。
目眩がした。
堂々と踏み出し、待て、と制する響きは、人に命令しなれた風情だ。
高貴な身分の若者が、どうして供も連れずにいるのか。
伏勢の気配は、今のところないが、]
──…っ!
[ ヴィンセント、と10年封じてきた名を呼ばれて、ますます混乱する。
向こうはこちらを知っているらしい。
呼びかける声は知らないものだったが──亡き国王陛下の御声に似てはいまいか。
あの方と別れたのは、声変わり前のこと。
己を鼓舞すべく剣に添えた指がわななく。]
確かに、私の名です。
[ 色のない視界に見据えたその人の姿は、ハレーションを起こして眩い。
彼が成長したクレステッド王子であるならば、もう自分は神魔に願うことがない。
あとは、彼の手で成敗してもらうだけだ。
本物ではなく、記憶を読み取るかどうかして化けた者であるならば、押し通ろう。
いずれにせよ、交わすべきは視線や言葉ではない。]
[ 水の術を発動させる詠唱を口に乗せる。
背後で泉がさざめいた。
海の潮が満ちる様にも似て、水面が二人の足元の方まで広がってくる。*]
[ ただ一人のみが使う相性で呼ばれて、体の芯が揺さぶられる。>>178
語られた古いエピソードは、言われるまで久しく心の引き出しに仕舞われていた。
そんな記憶まで探るのは魔物でも難しかろう。
何より、高貴にして寛大なその挙止には馴染みがある。
年月が流れても変わらぬ、彼は生まれついての王子だ。
本物だ、と確信する。]
…忘れたわけではありません。
( あぁ、我が君── )
[ 下問に答えながら、唇を噛みしめる。
今やこの体に刻まれた傷は、彼のそれと違って、親しげに由来を語ることなどできぬものばかりだ。]
ご立派に成長されたお姿を拝見し、祝着この上なく存じます。
ここまで、決して、安逸な暮らしではなかったはず。
かの日、殿下を逃し奉ったことは、私の生涯の手柄でありましょう。
[ 剣から離した手を胸に当て、敬意を示す。
ああ、この剣もお返しせねば。
この10年、私の傍にあった御護──]
[ 一度、目を閉じてから、光の方を見つめて告げる。]
けれど、我らの道は隔てられてしまいました。
私は、陛下を弑した者に飼われ、その非道に加担した身。
再び交わることは──望みません。
[ 彼の未来に翳りを与えるようなことは、あってはならないのだ。]
[ 王子が得物に手を伸ばす様子に、小さく頷く。]
殿下は、天地に誓って成就させたき願いがあって、ここに至られたはず。
私は、殿下が進むにあたり、乗り越えねばならない試練のひとつと思し召されよ。
──いざ、
[ 足元に打ち寄せた水が、術によってうねりを強め、粘性をもった触手に変じて王子に絡みつこうと伸び上がる。
この10年の間に使えるようになった術だから、王子は初見であろう。
術すらも、この身に相応しく禍々しい。
自分自身は、一歩も動くつもりはなかった。*]
情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 エピローグ 終了 / 最新