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[ 窓際へ走る動きを止めんと男が動く気配があった。
それでいい。彼の人に手出しをされるくらいならば、この身を差し出す。
脇腹と肩を貫く痛みは、灰皿の砕ける音と重なった。
そして、部屋の空気が変わった。
船倉よりもっと深い場所の闇が不意に湧き出すかのよう。
そして、短い悲鳴の後に訪れた沈黙もまた深海と似ていた。]
[ 誘拐犯は、速やかに断罪され、永劫に姿を消していた。
天使がその魂を迎えにくることもない。
静寂を破って時を動かしたのは、感謝を伝える柔らかな声だった。
なによりの喜びに、膝を曲げてその手をとり、軽く唇を触れさせた。 ]
いつまでも。
[ お側にあると短く応え、崩れかかった身体を迎えるようにして抱え上げる。
こちらの身を気遣う言葉は微笑みで封じた。
投げナイフの傷は、いずれ手当が必要だが、今はいい。
一瞥したところ、ベッドは清潔なようだったので、そこへ主を運ぶ。*]
[体の下から抜かれる腕を引き止め、引き寄せる。
首元へ投げかけるように腕を伸ばし、さらに顔を引き下ろした。]
愛しい子──…
[啄むように唇を盗み、それから肩の傷の上に舌を伸ばした。
流れる血を舐めるうち、下肢の痺れも消え、彼の傷も塞がっていく。
脇腹の傷にも同じように唇と舌で触れ、吸い付いて血を舐め取り傷を癒す。]
[ ようやく取り戻せた平穏を確かめようとするかのように、腕が回された。
唇を重ねる文字通りの接吻けの感触に、面映さと喜びとを同時に感じる。
乙女が恥じらうように目を瞬かせ、指の背で紅の髪にそっと触れた。
傷口へと移った舌に、わずかに身を硬くするも、したいようにさせておく。
癒しであると理解していた。 ]
もっと、
[ 足りなければ血を供するとのつもりで告げたが、それは欲する言葉にも通じる。 ]
[ 船が出航すると指摘されて、窓の方へと顔を向けた。
潜入に使ったゴムボートが安全圏に離れる時間はあったと思う。
このまま船旅を楽しむ、という声に視線を戻して、屈託無い笑みを認めた。
救出作戦をたてた"兄弟"が、解放した後のことは考えなくていいから、と言っていたのは、自由になった主がどうにかする、ということだったのだろう。 ]
お供いたします。
[ 自分の役目に変わりはない。
主の望みを叶えんと、実直に答えた。 ]
[溢れる血潮はこの世のどんな銘酒よりも甘く滋味深く、口に含めば舌が歓喜に溶けるかのよう。
喉を下る流れに沿って身体が熱を帯び、指先にまで伝播していく。
我らにとって血は甘露そのもの。
愛する者の一部であればなおのこと。]
おまえの血が私を蘇らせるよ。私の愛しい子。
こうしておまえとの時間を過ごせるのだから、攫われるのも悪くない。
[だからやめられないのだ、とまでは言わないけれど。
寂しさが募れば出る悪癖だと、彼の"兄弟"は知っていることだろう。
でなければ、魔物専門の人身売買組織の調査に、直接乗り込んだりするものか。]
[もっと、と告げられた言葉が耳の奥に滑り落ちる。
禁欲を課す子が自ら求めることなど無い、と理解していながら、その唇が紡いだ音は官能の熱を呼び覚ました。]
もっと ──?
[なぞった音の語尾を柔らかく上げる。
してもいい?と、して欲しい?と、両方の意味を絡み合わせ、殆ど引き倒すほどに彼の背を抱き寄せた。]
── 欲しい
[言葉の意味を帰着させ、彼の首筋に顔を伏せる。
髪の根本に舌を遊ばせ、耳朶を唇で食み、耳の下の窪みに口付けて、血の澪に牙を刺し込んだ。]
(64下に挿入おねがいします)
[ 白磁の牙が首筋を穿つ。
命を与える行為は、いつだって歓喜に満ちたものであった。
修道院時代に行っていた、束ねた縄で背を打つ行為にも似て、温かな法悦に身を任せる。
腕の中の主が満足して傷口を舐め、甘く濡れた唇で、攫われるのも悪くないなどと囁くのを聞けば、そっと腕に力を込めた。 ]
この身を役に立ててくださることをありがたく存じます。
けれど、御身が心配です。
[ 叱責でもなく懇願でもなく、ただ衷心から述べる。
容易に滅びることのない肉体であっても、痛めつけられた姿を見るたびに憐憫の情を覚えると。
それは最初に出会った時から変わりない反応であった。 ]
[ 予定外の船旅を楽しむことに決めた主は、すっかり寛いだ様子だった。
湯を使いたいという要望する声は玲瓏だ。 ]
少しお待ちください。 温めてまいります。
[ 中座して主の体をバスローブで包み、透明な障壁の向こうを確かめる。
スチームが働いているのか、空気は温かだった。
何やらネトリとしているバスタブだけ洗えばよい。
剣士であり、かつ奉仕者でもあった経験から、武装を外すと手際よく湯浴みの支度を整え、主を軽々と横抱きにして運び込む。
つま先に湯を流し、湯加減を問うた。 ]
おまえを心配させるのは心苦しいな。
気を付けよう。
[案じる言葉は胸に刺さる。
その言葉が、心からの信愛の情から発せられていると知っているから、なおさらだ。
これからは少し手控えようと思う。たぶん。少しだけ。]
おまえの手で清めておくれ。
全身、くまなく。中も。
[世話を焼く手を求めて体を擦り付け、腰を上げて揺らす。
狼藉を受けた体は、奥にまだ違和感が残っていて気持ち悪い。
なにより、触って欲しくて疼いていた。*]
[ 主は湯浴みを心から楽しんでいる様子。
屈託無く弾ける笑い声に癒される思いだった。]
酔芙蓉のごとしです。
[ほのかに肌を色づかせた主に微笑む。
近頃の風呂は、熱湯を継ぎ足しせずとも冷めないらしいから、長湯も安心だ。
引き込まんとする動きに、驚きはしたが逆らいはせず、白の浄衣のままでご相伴した。
濡れた薄い布は筋肉を透かし、塑像めく。 ]
[ バスタブは二人が入っても広かったが、身を寄り添わせた。
いつでも手を差し伸べられるよう。
さらなる奉仕を要求されて、主の腰を太腿に乗せる。
中も、という意味を汲みかねて戸惑ったが、主は手に手を重ねて導いてくれた。
綻びた蕾。
主を捕らえていた男たちが、見慣れぬ武器を駆使したことを思えば、合点がいく。
自身は手にしたこともなかったが、そこを責める拷問器具があるという話は知っていた。あるいは拘束具だったか。
力を削ぐために薬を挿れられたのかもしれない。牙を恐れるならば、口よりも確実だと。
おいたわしい、と眉を寄せる。 ]
[ 特殊な武器や薬でない限り、傷自体はほどなく癒えるはずだ。
だが、つらいのは肉体ばかりではないことを、臨床奉仕に尽くしてきた経験から知っている。
あなたを、そしてこの身体を大切に思っています──
そのメッセージをこめて、優しい手つきで触診するように指を這わせた。 ]
[中も、との要求に、愛し子はなにか物騒なことを思い浮かべたようだ。
眉を寄せたその表情でなにを思ったのか察したが、訂正はしなかった。
それに、さほど間違いでもない。
自分を攫った者たちは心を折るための手段として犯したのだろうし、貫かれている間は逃げる計画に思考を集中させることなどできないだろうから。]
[後ろから触れる指先はどこまでも優しい。
だからこそ心地好くて、蕩けてしまいそうで、自然と腰が動いた。]
そこ―――、いい …もっと ……
[彼の指を奥へと誘い、気持ちいいところを声で伝えた。
腰が砕けてしまいそうになって、彼の腕に縋る。]
[揺れ動く身体を抑え込むことなく、こちらが合わせるようにして触れる。
こんなに反応するようであれば、ちゃんと医師に診察してもらった方がいいのかもしれないとは頭を過ぎったが、対応できる医者が船内にいるとも思えない。
それに、今のところ、辛そうな声ではなかった。
癒してほしい場所を教えながら、むしろ、むず痒そうに笑っている。
多分に、戯れてもいそうだ。]
存分に──
[ 飽くことなく奉仕すると、濡れた髪のかかる耳元に告げる。 ]
[ 湯の中で微睡みかける主を、抱え込むようにして支えていた。
厳しい鍛錬で身体を動かすのも好きだったが、こんな時間もいいと思う。
やがて、目を開いた主は、すぐさま次のお楽しみを見出したようだった。
体調が良さそうなのはいいが、身支度が二の次だ。]
お待ちいただけますか。
そのパーティは何処にて開催されるのでしょう。
[ 追いついて、バスタオルを着せかけながら確認する。
潜入の際にかかっていた不可知の術はもう効果が切れている。
帯剣で歩き回る許可がとれるか怪しかった。
それを主に認識させることで、ふさわしい格好というものに思考を向けてもらいたい。
虚飾の罪とならない範疇で。*]
[淫靡なこととは無縁でいながら、どうしてこの子はこんなにも胸疼かせるようなことを言うのだろう。
耳をくすぐる吐息に身をくねらせて笑う。
全てを委ねて悦びに溶けてしまいたいほどだ。
医者に、などと言われていたら、それこそ笑って彼を湯の中に押し倒していたかもしれない。自分に不調など無いと証立てするために。
彼との刺激的な時間を持てたことに、何だったら誘拐犯たちに感謝しても良い。]
[ 主がクローゼットを堪能している間に、濡れた服を絞っておいた。
そもそも滞在する気で乗船したわけではないので替えはない。
喜捨されたわけでもない誘拐犯の持ち物に手を触れるつもりはなかった。
割れた灰皿で主が怪我をしないよう、片付けておく。]
[ そうしているうちに、ゴシックドレスをまとった主が戻ってくる。
着替えの介助を頼まれても自分の手には余るようなデザインだった。 ]
[ 自分の知識の中では、それが一番近い気がする。
露出を避けて貞淑であることを顕示するゆえに、かえって香り立つ誘引力。
主の生来の妖艶さと相待って、まさにレースの巣に隠れた致命的な毒をもつ蜘蛛のようだ。
テーブルにあった生け花のオリエンタルリリーを手折り、その胸元に添える。 ]
[ 剣を持っていってもよかろうとのことだったので、自分はいつもの出で立ちでと思っている。
主の黒いドレスの影となって引き立てるような服でないのは申し訳ないが、その分、純粋な肉体のみをもってお仕えせんと。 ]
邪な者は近づけさせません。
[ そっと指先を掬いあげるようにして保持した。* ]
[ 誘拐犯らを悼んでやろうというのは、慈悲ではなく興なのだろうけれど、主の言葉に従って慎ましく黙祷した。
その直後に、彼らのチケットにある名を借りるとは不思議な感じがする。
ただ、祈ったことで見知らぬ名も清められた気がした。 ]
ギィ様
[ 了承した証に、声に出してみる。
慣れない響きだが、口に甘い。 ]
他の名で呼ぼうと、薔薇は薔薇とはよく言ったものです。
[ 主をエスコートして廊下へ。
行き交う人たちの煌びやかさに、あまり感心の色は見せない。
と、店舗の前で足を止めた主は、ショーウィンドゥの西洋鎧を見ていた。 ]
あれは、自分ひとりでは着ることができません。
武装の強化をお望みであれば、盾を探してみましょう。
[ パーティの余興に猛獣でも出るのかと思案する。
見渡した仮装衣装の中に、天使の羽があるのを見て、わずかに息を呑んだ。* ]
わたしの服など、お気遣いなさらぬよう。
[ 一応、言いはしたが、主が見立てを楽しんでいるようなので繰り返しはしない。
出されたサーコート風の布に綴られた紋章は知らないものだ。
目のさめるような色使いを見て、馬上試合用なのだろうと思った。
この船には馬場もあるのだろうか、と考えはしたが、口には出さない。
金に糸目をつけない主に、この上、馬まで贖ってもらうことになってはいけないと思ったからだ。]
[ 天使の羽を模したとおぼしき飾りを見ていたのを主に気づかれて、やはり、入手しようかなどどいう話になる。]
恐れ多い…
罪に問われてしまいます。
[ わりと真顔で言った。
どうか主がつつがなくパーティ会場に進む気になってくださいますように。*]
[ そこで着替えろということのようだったが、主が(悪癖を発揮して)どこかへ消えてしまわないかと案じて、しばしば顔を出して、主がそこにいるか確かめつつ新しい衣装を身につけた。]
整いました。
ありがとうございます。
[ 乾いた衣類はやはり心地がいい。いささか強度に不安はあるが、動きも楽である。
心からの感謝の笑みを主に向けた。]
― パーティ会場 ―
[ 甲板へ出て、音楽に近づくほどに、さまざまな扮装をした人が増えてきた。
海賊やら囚人やらといった反社会的な格好をしている者もあるが、雰囲気は総じて和やかである。
自分もあまり気張らないようにしようと思ったが、目立つのは避けられないようだった。
会場にはプールもあった。
海の上にプールを設けるのは無駄というか錯誤ではないのかと、清貧とを尊ぶ身は思う。
とりあえず、全身鎧を着用してこなくてよかった。さすがに沈んだら終わる。
水着ではしゃぐ娘らから慎ましく視線を外し、主のたっぷりしたフリルリボンの端を、そっと指に巻きつけた。*]
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