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10人目、 フィオン が参加しました。
フィオンは、村人 を希望しました(他の人には見えません)。
― 海上 ―
[ 豪華客船の脇に、黒いゴムボートが接舷していた。
船があまりに大きいので、流れ寄った木の葉のように目立たない。
はるか上、船のどこかからボートへと垂れているロープもまた、よくよく気をつけなければ視認できないだろう。 ]
行ってまいります。
[ ゴムボートの最後尾で静音エンジンを操る男に告げたのは、枯葉色の地味なマントに身を包んだ若者だ。
フードを引き下ろしてロープを掴むと、船底を蹴る。 ]
[ タラップを使わずに乗船を試みたのは、むろん、外壁修理が目的なわけではなかった。
チケットも持っていない。
状況的には密航者なのであったが、その毅然とした眼差しには狡猾さは微塵もなかった。
ロープを掴み、手繰って登ってゆく腕の筋肉は、日々の鍛錬を物語る。]
[ ほどなく潜入を果たし、ロープを投げ落とすと、両腕に金属製の籠手を装着し、剣の位置を直す。
ちきんと伸びた背筋は威風堂々としていた。
あからさまに耳目を集めそうな出で立ちなのだが、今は他の人間とすれ違っても振り返らせることはない──そこは、施された術のなせるわざであった。
よほど鋭敏な知覚力を持つ者なら気がつくかもしれないが、当人は拘泥することなく、ただ、目的に向かって脇目もふらずに進んでゆく。
1秒でも早く、己が使命を全うせんと。 ]
― 客室 ―
[たぷたぷと、重い水音がしていた。
バスタブの中で、ふたつの人影が重なっている。
圧し掛かるようにして腰を振っているのは金髪の大柄な男だった。
その下で嫋やかな白い体が揺さぶられている。
金髪の男が動くたにび短い声が上がり、赤い髪が乱れて跳ねた。
室内とバスタブを隔てるのは透明な壁だった。
区切られた空間の中で、濡れた声がくぐもり反響する。]
「おい。高い商品なんだぞ。ほどほどにしておけ」
[部屋の中から声を掛けたのは、黒髪の痩せた男だ。
油断ならない目つきは鋭いが、今は同僚に呆れた色をしている。]
「いいじゃねえか。どうせ痕も残らねえんだ。」
[答えた金髪男が組み敷いた体にナイフの刃を滑らせる。
その瞬間はうめき声が上がったが、血はさほど流れず、すぐに止まった。]
「そういう問題じゃねえよ。ったく、飽きもせずによくやるよ」
「こんだけの上玉、手ぇださねえほうがおかしいだろ?」
[背中で交わされる言葉を意識から遠ざけて、囚われの"商品"は小さな息を吐く。
体が重い。あの甘い香りがどこからか漂っている。
足に絡みつく粘ついた"水"も、手錠も、銀の首輪も、全てが厭わしい。
けれども微かに心の琴線に触れるものがあった。
予感だ。魂響き合わせる者が近づいているという。
その瞬間を思えばこそ、苦痛も屈辱も甘美へと変わる。
背筋の震えを勘違いした男が、嬉々としてまた腰を振り始めた。*]
[ 不可知の術に守られて、客室の並ぶ階層へ進む。
通路は車椅子でも充分に通れる幅に作られていたが、長剣を振り回すことを想定されてはいない。
長居は無用だった。
ドアに記された番号を確認し、立ち止まる。
"兄弟"の調査によれば、そこが目的地だ。
そっと魂に触れてくる響めきも、そうと告げている。
律儀な潜入者は、ドアをノックした。
不意打ちや騙し討ちは信念に反するゆえ。 ]
[ それは、中の者の注意をひくのに充分な合図だろう。
拉致された当人にとっても、また。 ]
入ります。
[ 宣言とともに、ドアを開く。
ロックを解除するカードは、潜入作戦をお膳立てした"兄弟"が手配してくれた。
長身をわずかにかがめて室内に踏み込む。
この先は、臨機応変だ。 ]
[聞こえた。
愛しい子の声が胸の奥に触れていく。
それだけで世界の色が変わった。]
ああ───ここだよ。
[溢れる情感のままに声が艶めく。
早く、来て―――…]
[意識に伝わる声が部屋の狼藉者たちに届くことはない。
"商品"を相手に獣欲を発散していた男は体を離し、シャワーを浴びていた。
蹂躙されていた方はといえば、両手を手錠で繋がれシャワーフックに鎖を引っかけて吊られている。
体は弄ばれたそのままだったから、そのシャワーの湯をこちらにも掛けて欲しい、と思う。だがそう頼むのも癪だったので黙っていた。
腰から下はバスタブの中で、浅くぬるい水に浸かっている。
粘つき蠢く"生きた水"だ。
軽い麻痺の作用でもあるのか、力が抜けて立てなかった。]
[金髪がシャワールームから出た頃、部屋のドアがノックされた。
「誰だ」とか「ルームサービスは頼んでないぞ」などと男たちは騒いだが、自分にはドアの向こうに誰がいるのかわかっていた。
微笑んで身じろぎ、その瞬間を待ち受ける。]
[ 彼の人を背後に庇う位置へと滑らかに移動し、誘拐犯たちに向き直る。 ]
悔い改めの刻を与えます。
[ 男たちが、投げかけられた言葉の意味を理解するのに一瞬の間があった。
が、返事は言葉ではなく、武器でなされた。
黒髪の男の手元から刃物が飛び出す。圧縮空気の音はかすかだ。
おそらくブレードには特殊加工が施されている。だが、躊躇なく籠手で受けた。
衝撃はあるが、貫通するには至らない。射出ナイフが床に落ちる。 ]
[ 同時に、金髪の方の男も攻撃を繰り出す。
息のあった連携だ。
こちらはワイヤーだった。とっさに剣を抜き、受ける。
先端にフックのついたワイヤーは剣に絡みつき、次の瞬間、青白い電光が弾けた。 ]
──っ!
[ 剣を手離したのは悪くない判断だったと思う。
だが、痺れは残り、蹌踉めかされた。* ]
[困惑がもたらした室内の静寂は、争いの激しさに書き換わる。
混乱の間に打ち倒せば制圧も容易だっただろう。
だが救出に来た彼がそれを良しとしないことは熟知していた。
未だに、三度攻撃を受けるまで、を守っている男だ。
金属音が幾度か交錯し、青白い火花が爆ぜた。
長剣が落ち、守る背が揺らぐ。
眉を上げたが、不安は無かった。]
窓際の灰皿が見えるかい?
あれを壊しておくれ。
[彼の背が触れたシャワーブースの壁越し、彼だけに聞こえる声で囁く。
捕えられている間、無為に過ごしてはいなかった。
己を縛る術の要はそこだと推測している。
香を使った呪術でも、一角を崩せば破れるだろう。*]
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