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[かつては剣を握っていた手に鞭があるのは、10年間の結果だ。
自身の術をより活用するための選択だった。
だが両手に剣は幼い頃からのものだ。
右手に剣、左手に短剣のスタイルをしきりに練習していた。
一般的な剣と盾の扱いを学ばなかったのは、一度、二刀流の剣士の演舞を見て以来、それに憧れたからに他ならない。
あまり人に話したことは無いけれど。]
[二本の鞭を縦横に操って触手を打ち払い、彼を目指す。
その視界が不意に霞んだ。
白く漂う霧が周囲を覆う。
のみならず、霧に紛れるようにして幾人もの兵らしき影が現れた
召喚したのか。作成したのか。
これほどの数を操るとは、と感嘆する。
先ほどの水のうねりといい、彼もまた10年の間に技を磨いてきたのだろう。]
[二人を隔てた年月の長さに思いを馳せたが、状況は追憶を許さなかった。
現れた兵が囲むように接近し、武器を振り上げてくる。
最初の一人の剣を受けるべく左の鞭を翳し、右の鞭で胴を打った時、思わぬ軽さに目を瞠った。]
……幻影か。
[鞭はそれこそ霧を払うような手応えのなさで兵の体を通り抜け、その一振りで兵が消えていく。
他の兵もすべて幻影ならば、構うことなく術者を探せばよいのでは。
そんな考えもよぎるが、幻影の中に実体が混ざっている可能性と、幻影であろうと斬られれば痛手を負う可能性を考えれば、うかつなことはできない。]
[故に、別の手を取った。]
凍れ。
[左の天命石を再び液化させて振り飛ばす。
飛散した滴は周辺の気温を低下させていく。
霧の中に実体を持つものがいるならば、霧が体の上で薄い氷に変わるのを感じるだろう。]
[そうしておいて、我が乳兄弟を呼んだ。]
ヴィニー!
勝負だ!
[それは幼き日々に、友を遊びに誘う常套句でもあったし、勝負を決める最後の一撃を繰り出す宣言でもあった。
なおも斬りかかってくる幻影を打ち払いながら、周囲の気配に意識を研ぎ澄ませる。**]
[応えがあった。
かつてと変わらないリズム。
いつだって求めればそこにいた。
10年の歳月が、溶けて消える。
相手もそうだろうと、疑いもせぬままに。]
[冷気を受けた霧は微細な氷となり、霞んでいた視界が少しずつ煌めきを宿していく。
あの美しい日を思わせる光景の中を、声を導に駆けた。
白い風景の向こうに彼がいる。
腰の剣に手を添え、待ち構えている。
弾む心のままに足取りはなお軽く、飛ぶように彼の前へ到達して得物を振るった。
抜き打ちの剣を左で払い、右で胴を打つ。
もくろみは、最初の段階で躓いた。
彼が、抜かなかったのだ。]
[次の異変は、手の中で起きた。
戸惑いつつも打ち据えるべく振るった鞭が水気を纏い、見る間に氷の刃を生成していく。
相手の意図など推し量る暇はなかった。
このまま振り抜けば彼に深手を与えてしまう。
咄嗟にできたのは、今まさに彼を切り裂かんとしている右の得物に、左の得物をぶつけることだった。
耳に痛いほどの音と共にふたつの銅鞭が衝突し、衝撃で氷の刃が砕け散る。
なお勢いを殺しきれずに右の鞭は相手の胴に届いただろうが、威力はずっと弱まったはずだ。
手元に近い場所でぶつけたせいで手が痺れ、武器を取り落とした。]
[武器が無くとも、手首を痛めていようとも、なさねばならないことがある。
軽く手を振って痺れを弱め、拳を握る。]
愚か者!
私に何をさせようとした!
[純粋な怒りを込め、彼の顔めがけて拳を振るう。
ただただ、腹を立てていた。*]
[膝をついた兄弟と視線が合う。
諭すような言葉は、怒りに薪をくべた。]
試練などという言葉で括るな。
そなたは―――! ……。
[言いつのる途中で相手の視線が落ち、次いで体が傾いた。]
[濡れた地面に伏す相手を慌てて抱き起こす。
脈と息を確かめてから、複雑な色の吐息をもらした。
怒りはまだ収まらないが、意識の無い相手には届かない。
手当も必要だろう。
泉は元の姿を取り戻しているとはいえ地面は水浸しだ。
どこかに休める場所を探さねばならない。
兄弟の体を肩に担ぎ、得物を腰に戻し、散らした天命石を呼び戻して歩き出した。]
[少し歩けば森を抜ける道が見えた。
木々の向こうは広大な草原になっているようだ。
だが身を隠すには森のほうが都合がいい。
木々と草が入り交じる辺縁で、丈の高い枯れ草が密生している場所に踏み込み、草を踏み倒して小さな空間を確保した。
倒した草の上に外套を引き延べ、兄弟を横たえる。
服を引き剥ぎ、氷の刃を受けた傷を確かめ、消毒代わりに酒を掛けて拭った。
痛めた自分の手首には、濡らした布を巻いて冷やしている。*]
[兄弟が眠っている間、彼に背を向けて手を動かしていた。
吐息を耳にして、上半身をひねって振り向く。
突き放すように言う彼の顔を、睨んだ。]
そなたを斬ることをか?
それが試練だというのならば、神魔など頼らぬ。
討ち果たすためにまみえさせたというのなら、
私は神魔をこそ討つ。
[強い口調がふと沈む。
視線がわずかに下がった。]
それとも、そなたの体のことか。
[服を剥いだ時に目にしたものは、衝撃的だった。
体に残る傷跡は異様なものばかりで、鍛錬や戦いで受けたとは思いがたい。]
父を弑した者共の元にあったというのならば、
決して安逸な日々などでは無かっただろう。
そなたの受けた辛苦を思えば、言葉もない。
知りもしなかった我が身の不徳を恥じるばかりだ。
けれども、私は、
ただ、そなたが生きていてくれたことが嬉しいのだ。
二度と会えないと思っていた。
そなたに再び出会えた。
それを再び手放せというのならば、
たとえそなたであっても許さない。
[立ち上がって歩み寄り、彼の傍らに膝を置く。
喉元へと伸ばした指に、万感を込めた。*]
[乳兄弟の頬を流れ落ちる滴に胸を打たれて押し黙る。>>19
どれほどの労苦を彼は耐え忍んできたのだろう。
守られた森の中で安逸と暮らしてきた自分を恥じ、それでもなお、彼が生きていてくれたことと再び巡り会えたことに、押さえがたい喜びを覚える。
討ち果たしてほしいと願うほどに、彼は疲弊してしまったのだろう。
それを責めることなどできない。]
ヴィニー…。
[抱きしめてやりたいが、それもできなかった。
無理を通せば、また傷つけてしまいそうで。]
[掲げられた剣へと手を伸ばす。
かつて、二人が道を違えたときに預けた剣だ。
彼の苦難の始まりとも思えば忸怩たるものがある。
だが、彼がそれを持ち続けていたことは、どことなく嬉しかった。
受け取った剣を抜き放つ。
鞘から抜かれた剣は、途中で折れていた。
落城の折にも、これを振るって父を守ろうとしてくれたのだろう。
熱いものがこみ上げてきて、瞼を固く閉ざす。]
……そなたは既に、その身に相応の罰を受けている。
私はこれ以上、そなたを断罪することは望まぬ。
しかし、なお罰が必要であるというならば、
そなたは私にその身を捧げよ。
私のため、その力を余すところなく発揮せよ。
[折れた剣を彼の肩に差し向け、首元に擬する。]
今このときより死が訪れる刻まで、
そなたは私のものだ。
[揺るぎなく命じる声は、同時にすべてを引き受けるという決意表明でもあった。*]
[彼の涙が鋼に触れ、透明な刃となって伸びる。>>143
嘆きと喜びが鍛えた刃だ。
それは何にもまして鋭く強靱なものとなろう。]
この剣は、このままそなたに預け置く。
私の半身たる証だ。
[手渡しかけたが、ふと思いついた顔で引き戻した。
再び差し出した時には、柄頭に何かが結わえられている。
草の茎を束ねて作られた、狼らしきものだった。]
御守り代わりだ。
なかなかうまいものだろう?
[乳兄弟が目覚めるまでの、手遊びの成果だった。]
待たせたな。
消息も知らせずにいたこと、すまなかった。
[雲間に陽が差したような乳兄弟の顔を見て、頷いた。
あるべきところに帰ってきたと実感する。]
城から脱出した後、迷いの森の主に匿われていたのだ。
このほど、ようやく森の外に出る許可を得て、ここにいる。
神魔の力を借りれば、国を取り戻すことも叶おう。
[これまでの経緯をごくごく短く語って聞かせた。*]
南極石の王子 クレステッドは、黒尖晶石の傭兵 ヴェルナー を投票先に選びました。
[初めての配下となった彼が何を思ったか知れば、英雄などと大仰なと笑っただろう。>>150
自分はただの”元王子”で、自らの肉体と気概以外持ち合わせていない。
神魔の伝承などに頼る以外、方策のひとつも見いだしていない。
けれども自分を王子と認めてくれるものがいるのならば、名に伴う責を果たすべきだろう。
ならばゆこうか、と動きかけたところで、手当を受けるようにと請われた。]
そうだな。頼む。
[たいした怪我では無い、と答えてもよかった。
けれども彼の気遣いを嬉しく感じて、受け入れることにする。
枯れ草を踏んでやってきた芦毛の馬は、賢そうな目をしていた。
手を伸ばし、首筋を撫でてやる。]
用意のいいことだ。
[様々な日用のものを持ち込んだと聞いて、感心していた。*]
馬か。懐かしいな。
そなたと遠乗りしたのを思い出す。
[騎乗を勧められて、昔を見る目をする。>>168
ふたりでこっそり馬を引き出して、遠くまで駆けたものだ。]
最近は狼ばかりに乗っていたからな。
あれもまた、馬とも違って楽しいものだ。
そなたも機会があれば試すといい。
[森に住む狼たちは森の主と親しかったから、その被保護者である自分のこともよく構ってくれていた。
いつか、乳兄弟と共に森も訪れたいと思う。
森を出された自分が、再びあの場所に受け入れられるかはわからないけれど。]
[看護の手に身を委ねるのは、どこかくすぐったく心地よい。
軟膏を塗られ、きっちりと包帯を巻かれた手首は、痛みも動かしづらさもずいぶんと軽減されていた。
改めて探索を続けようかというところへ、声が届く。>>5
まみえよ、と告げたあの声だ。]
――― 力を…。
[力を示せとはどういうことか、と考える。
他より抜きん出し、ということは、他、がいるということなのだろう。
いったいどれほどの人数がここに集まっているのか。]
[考えていると、隣で兄弟が花を取り出していた。
白と青と透明な結晶で形作られた、ティランジアの花。
自身のものも取り出して並べれば、鏡写しのように似ている。
彼の持つ花の半分が溶けていたとは知らないから、最初から同じものを見ていたのだろうと素直に喜んだ。]
こうしてそなたと邂逅できただけで、
私の願いは半分叶ったようなものだ。
共に最後まで行くとしよう。
[どんな試練であれ、立ち向かうと決めたならば行くだけだ。
芦毛の馬にまたがり、風の吹くままに歩き出す。*]
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