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[傭兵たちの振る舞いに、さらに苛立ちを募らせている後輩とふたたび歩きはじめたところに、少年が飛び出してくる。
魔軍から逃が出した子供たちのひとりだ。]
おまえたちも来い、ここは戦場になる。
[誘えば、少年はまだ声変わり前の高い音で、「もう皆と出立するところだ」と言う。
伝令を受けた軍属が差配してくれているのだろう。
そこを離れて何をしに来たのかと思えば、「あんたの馬、返す」とぶっきらぼうに言われた。]
あいつも連れて来てくれたか。 感謝する。
[破顔すれば、少年は頬を染めてプイと踵を返し、馬の繋がれているところまでディークを案内した。
鬣の焼けた馬と再会し、ディークはその首を擦ってやる。
馬は、鼻面を擦り寄せた。]
[「怒ってない?」 少年が上目遣いに訊いた。
放火を阻止した件だとわかった。]
おまえが正しいと思ってしたことなら、俺が叱る筋合いはないぞ。
利害なんてのは、相対的なものだ。
おまえたちも馬も無事だったしな。
それに、うまくしてやられるのはいっそ爽快だ。
これからもその意気でいろ。
[カラリと笑って、子供を仲間の元へ合流させると、焦りはじめている後輩騎士の背を叩き、再会した馬の背に乗って、南へと疾駆した。
ヨハンらが稼いでくれている時間を、反撃の刃へと変えるために。*]
[不意に聞こえたロー・シェンの声。
それは、届けようとしたメッセージではなく、心の苦鳴にも似た吐露だと感じられた。]
[馬上で一瞬、振り返った。
後にしてきた陣地では、炎と魔法の光が揺らめく。
「戻りますか」と後輩が訊いた。]
いや、 信じる。
[同道を命じられた後輩は、いろいろと納得していないようだった。
「ユーリエ姫を攫って、あまつさえ亡き者にしたと名指しで手配されているあなたが、どうして弁明のひとつもなく、我が軍に加わっているのか、理解できません」]
兵力は欲しいだろ?
「その程度で、償いとは認めません!」
面倒くさいな、
別に、償う気はない。
[歯噛みする後輩に、ひとつだけ言っておく。]
結果から見るから、惑わされる。
“一夜城”って、知ってるか。
[話は飛んだようでいて、その実、つながっている。]
──砦での迎撃の支度を急ぐぞ。**
― モーザック砦 ―
[星明かりの下を疾駆して、南へ下った。
砦につくしばらく前から、砦側の斥候と行き会う。
北の空が赤く燃えているのは、砦からも見えたらしい。
援軍を出そうと準備が進んでいた。]
この砦が再終結の場になる。
味方の回収が仕事だ。
[敵を倒すことにこだわらず、味方と合流したら力をあわせて戻るよう伝えて、兵らを送り出した。]
[殿軍を務めると言ったヨセフから、状況報告を求めるコエが届く。
よかった、まだ生きている。
だが、魔将シメオンがいる限り、どうあがいても敵の数は削り切れまい。
キリのない戦いだ。]
撤退支援の援軍が砦を出た。
敵を押しとどめるのも充分だろう、そろそろ退却を。
負傷者の受け入れ態勢も整えておく。
とはいえ、薬がもったいないから、できるだけ無事に戻れ。
[どうしてもそんな言い方をしてしまうけど、ロー・シェンのことともども、気にかけているのはだだ漏れか。]
[だから急ぐワケじゃないけど、と誰に言い訳するでもなく嘯いて、砦に乗り込む。
総員招集だ。
事情説明は後輩に任せ、ディークは木炭で壁に図を描いた。]
屍鬼対策に、馬防柵を使う。
ピンボールゲームのように柵を並べて誘導し、その先で炎の壁をもって封殺する。
ネクロマンサーが近くにいなければ、なんとかなるだろう。
[有象無象の屍鬼に愛着するシメオンではなかろうが、なにしろ炎は目立つから、気を引いてしまうおそれはあった。
まあ、その時は術者当人を狙うとして──ちと手強い護衛が怖いけど、と言葉には出さず算段する。]
オーガやゴーレム対策には、ポータルを使う。
この先に転移門を設け、それを偽装するために一夜城を築くぞ。
[ポータルは、多勢を瞬間移動させる魔法装置だ。
通常は、二カ所をつなぐのに使う。
だが、今回は強制送還機能として入り口だけを開くつもりだ。
そこをくぐった者は、自身に馴染みの深い場所──魔物であれば魔界へ飛ばされると目論んだ。
一夜城=出丸の生成は、植物精霊魔法と幻術に頼ることになろう。]
空を飛んで来る魔物対策に、砦の上のバリスタをいつでも使えるようにしておいてくれ。
ありったけのクロスボウも城壁に運んでおくんだ。
[何故、ディークが差配をしているのか、兵らに疑問を差し挟ませない勢いで指示を飛ばしてゆく。
そこの呼吸は、ほとんどプロの詐欺師にも近いものがあった。]
[ 「竜だ! 黒竜が──!」
櫓から降ってきた見張りの声に、迎撃準備に駆け回っていた者たちが動きを止める。
身を竦ませ、皆が空の一点を見つめた。
黄金の、だがどこか昏い魔光をまとう騎手によって浮かび上がる漆黒のシルエット。>>212
その口が炎を吐けば、砦は火の海になるだろう。
何事も受け流すのが常のディークですら、キュ…と心臓のあたりが締めつけられるような痛みを覚えた。]
手出しはするな…!
意気がったところで、届きはしない。
[あちらから攻撃してくる気配もなかった。]
あれを斥候というのは、火山を松明だというようなものだけどな。
…物見遊山なんだろうさ。
[歯牙にもかけられていない。だが、それを僥倖と思わねばならなかった。]
[と、厩舎の方で、ピイイ!と高い鳴き声があがる。
見えないままに、竜の気配を感じとったのだろう。]
…グリフォンがいるな?
[ディークの目が光を取り戻し、喜々として足を向ける。
「王家専用騎です!」 当番兵が止めるのも構わず、厩舎の戸を潜った。]
その、”王家”の戦陣をきってる皇太子殿下を迎えに行くんだよ。
俺は、案内人だ。
ということで、早く鞍を。
[口八丁で騎手を丸め込み、グリフォンを表に出させる。]
グリフォン借りるぞ。
こいつの名前、なんていうんだ?
[ロー・シェンに送る声は唐突なものだったが、
すぐに行く、死ぬんじゃないぞ、と素直に言えない男なりの鼓舞だった。]
[グリフォンライダーとタンデムで、空路、北へ向う。
風を孕んだ翼が肌をかすめた。]
ん…
[この感覚は、どこかで知っている、と感じたけれど、今はそれ以上は辿れぬまま。]
[砦へ退避してくる者たちを見つけて励ましの声をかけて進む。
北へ向うほどに、歩いてくる者たちの姿はくたびれ、怪我をしている者が多くなった。
長く前線に踏みとどまって戦った者たちだ。
グリフォンライダーが敬礼代わりに鉤槍を掲げ、ディークは肯首して意を重ね、通り過ぎる。]
──…、 あちらへ。
[何処にロー・シェンがいるか、コエに導かれずとも状況は示していた。
魔王が砦に見向きもしなかったのは、陣営でもっと”楽しいこと”が起きているからに違いあるまい。
それは、王国軍の敢闘と苦境を同時に意味した。]
アウロラか、承知した。
[応えのあったことに、ほっとしている自分がいる。
ロー・シェンに力を送り続けようとするごとく、続けた。]
先程の宿題だが──
一度でも、”城”の中に入った者を見つけることができれば、一緒に魔法で"飛ぶ"ことが可能かもしれないぞ。
残念だが、俺は行ったことがない。
おまえ、捕まってみる?
[作った軽妙さは、そこで、ふと途切れた。]
[闇を焦がして燃える火の傍らを、前屈みに歩く群れがいる。
怪我人よりも重い足取りのそれは──死者の軍だ。]
…っ !
[その中に、鈍く光る禿頭を見出して、ディークは目をみはり、逸らし、もう一度見て、唇を噛んだ。]
[「大丈夫ですか」と、グリフォンライダーに心配されて、顔から手を離した。]
ああ、道案内しないといけなかったな。
[首を巡らせると、眼下に、ヨセフがアイリと対峙するのが見て取れた。
女と斬り合いするんだ?とは思ったものの、アイリがいろいろと規格外なのは承知している。]
知ってるかもだけど、彼は王族だ。
何かあったら、乗せてけ。
この際、爪でひっつかんでも無礼にはあたるまい。
皇太子と両方でも、いけるだろ。アウロラはできる子だ。
[「何故、その名を」と驚く騎手に一礼して、グリフォンから飛び降りる。]
さすがに、俺までは重量オーバーだろう。
ここまで乗せてもらって、感謝する。
ドラゴンに気をつけろよ。
[グリフォンに人の言葉がわかるかな、と思いつつ見送り、地上から合流せんと動く。]
俺の勘に従うとさ、
──… 見るのも怖いくらいなんだが、
[ロー・シェンが、黄金の希望が、死霊魔術師の前に頽れる。
間に合わなかった自分を悔やみ切れない。
それでも──、]
おまえには、渡さん。
[とっさにカードを投げた。
ディークの意のままに、蜻蛉のごとく飛翔するアーティファクトが闇を舞う。
一枚は、シメオンの手を弾くため、もう一枚は、その背後の傷を抉るために。]
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