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[罪人が誰かに会いたいと思う事など許されるのだろうか。
男は氷の上を裸足で歩くような思いで大広間に出る。
けれど今日、幼馴染に会っておきたかったのだ。
今晩が最期だから。*]
―大広間―
[その時、誰がいただろうか。
話し掛けてもまともに会話を出来る状態ではなく、探し人以外に今の男が反応する事はない。
――まるで幽鬼のように地上階を彷徨っていた。
男は入り口付近に執事の遺体があるのを見つけ目を見開く。]
…ッ…!
[夜の内にベルガマスコが移動させていた事を知らなかった男は、一瞬で恐慌状態に陥る。
男は口元を抑えて、その場から立ち去った。
>>62ベルガマスコの集合の号令は知らぬまま。]
[男は幼馴染を探していた事も忘れて何処かを歩き回っていた。
入口に置かれていた――を見ていたくなくて。
けれど視界に自分が―――た人達がちらつくような気がして。
――の声が聞こえるような気がして。
――――――と言いたくても、叫びたくても喉は張り付いてしまったようになっていた。
その間、何が聞こえても
探し人の姿が目に映っても男が認知する事はなく。]
―給仕室―
……。
…あれ?
[――そうして、気付けば部屋に戻り、椅子に座っていた。
コンスタンツェ達とは入れ違い。
エレオノーレがベルガマスコに連れ去られた後だっただろう。
何をしようとしていたのだったか。
手にはチョコレートを持っていた。
それを見て瞳の焦点が定まっていく。]
……あ、そうだ。
エレンにチョコレートを渡しに行くんだったっけ。
あれ、コンスタンツェは…?
チョコレートを配りに行ってくれたのかな。
[コンスタンツェは何時の間に行ってしまったのだろう。
男は不思議そうに首を傾げる。
彼女と話した後の記憶がごっそりと抜け落ちている事に男は気付かない。]
……でも、
[果たして会いに行っていいのだろうか。
出る前と同じ考えに襲われて立ち上がる事が出来ない。]
…あッ。
[男は机に乗っていたペンケースに肘をぶつけ、取り落とす。
>>152金属製のペンケースは微かな音を立てた。
咄嗟に拾う事が出来ず、男はチョコレートを手にしたまま呆然としていた。]
[>>153扉が開いて、誰かが声を掛けて来る。
男は咄嗟に表情を取り繕って、苦笑を浮かべた。]
……あ、シュテルン。
ペンケース落としちゃったみたいでさ。
[男は屈んで取ろうとして立ち上がり――足に力が入らずにすとんと床に座り込んだ。]
あ、あれ?
[男は不思議そうに首を捻る。
その姿は普段とは何処か違う事を感じさせるだろう。*]
[>>171差し出されかけた手。後ずさる足。
そうした挙動への反応は薄い。
立てない事に間抜けなところを見せてしまったと苦笑いし、机に捕まって何とか椅子に座り直す。]
あはは…。
ごめん、変なところ見せて。
シュテルン、チョコレートは貰った?
ちゃんと食べないと駄目だぞ。
[ 何故食べないと駄目だったんだっけ。 さむいからだ。
何故自分は此処にいるのだろう。 ゆきがふっているからだ。]
[ 何故そんな事を心配しないといけないのだろう。 ──わすれた。
そんな事を頭に浮かべつつ、明るいが何処か空虚な色合いの声で問い掛ける。
頭にはもやがかかって上手く考えが纏まらない。
それは男が壊れてしまわない為の、危うい逃避。]
[シュテルンは幼馴染みと仲がよい、少し気が小さいけど優しい子だと記憶していた。
男は壊れた玩具や腕時計を修理する度に、
大事に使わないと駄目だと話して聞かせたが、それでもいつも仕方ないなと朗らかに笑っていた。
ここ数年はいつもマスクを付けている印象があるのに、今は付いていない。
それ故に目の下にある痣が見えた。]
…それ、どうかした?
[彼女の家庭で受けていた暴力は上手く覆い隠されてしまっていた。
わけを知らない男が顔を曇らせた頃、
怒号と鞭の音、悲鳴のような声が聞こえ]
──…ッ。
[音の伝えて来る異常さにさっと顔色を変える。]
た、大変だ誰か泣いてる
どうしようシュテルン
[男は荒事には不慣れだ。
少女に聞きながら困ったように眉を下げる。
痛みに耐えるようなそれが幼馴染みの声だとはわからない。
だってかのじょはだいじにされるべきなのだから。]
…そうだ、何か身を護るもの…っ
[男はオレンジ色のリュックサックを机の上にひっくり返す。
乱雑な動作に救急セットが落ちてしまったが気にしない。
そのままがさがさと中身を漁り始める。]
…あった。
[探り当てたのはツールナイフ。畳まれたそれをシュテルンに差し出す。
少女に刃物を持たせる異常さに男は気付いていない。]
シュテルン、これを持っていて。
君は女の子なんだから、何か遭った時はこれで身を護るんだ。
…でも危ないから落ち着くまで暫く此処で身を隠しておくんだよ。
大丈夫。おれがまもるから。
[真剣な顔でそんな事を口にする。
そうだ。おれもだれかになぐられたんだった。
かのじょはおんなのこなんだから守ってあげないと。]
[彼女はそのまま留まるだろうか。
それとも異常さに耐え兼ねて出て行ってしまうだろうか。
出て行ってしまうなら強引に留める事はない。]
なんでこんなひどいことがおきているんだ おかしいだろう…
[心を病んだ男はぶつぶつとそんな事を呟きながら、周囲の様子を窺っていた。**]
[何か動きがあったようだ。
男は扉を薄く開けて、様子を見て――呆気にとられる。]
――エレン?
[身体のあちこちに傷が出来た半裸の幼馴染が飛び出してきたのを見て、男は瞠目する。
頭のもやがゆっくりと晴れていくような気がした。
それは残酷な現実を思い出させるのと同義だったが。
男に気付いた彼女は涙に濡れた顔を背けてその場に蹲る。
暴力に晒され、恥辱を味合わせられたその身体は小さく震えていた。]
…エレン、ちょっと待って。
[男は上着を脱いで彼女の細い肩に掛ける。]
[彼女は驚いたように目を見開き、早く上着を着ろという。
男は黙って首を振ってジッパーを閉じる。
そうして彼女の手を引いて給仕室へと連れて行った。
クロイツが中に踏み込んだのは目にした。
こんな事をするような輩は許しておけない。
けれど今は幼馴染の安全の確保の方が大事だった。*]
―給仕室―
…何でエレンがこんな目に…。
ごめん。
俺がしっかりしていなかった所為で…。
[彼女の役目があるからと、自由にさせていた所為だ。
追い詰められた人間は何をしでかすか分からない。
――自分の罪がどうの考える前に目を離すべきではなかったのに。
男は自分の浅はかさに唇を噛みしめる。]
…手当をして、いいかな。
[彼女は逡巡の後に頷いた。
男はそれを見て救急セットを取り出す。
自分はどうしようもない阿呆だったけれど、彼女に最後に何かしてあげる事が出来て良かったと思った。]
[クロイツが中に入った部屋はどうなっていただろうか。
部屋の扉はしっかりと閉じて、容易く侵入を出来ないように机で塞ぐ。
その前に滑り込もうとする人がいたなら、か弱い女性であれば受け入れただろう。
扉に鍵はなかった。
それ程重量のない机だ。
外から衝撃を受ければ、突破出来てしまう弱いバリケード。
それは施した中からも同様。
エレオノーレの白い背中に出来た傷に眉を寄せる。
そうして黙って手当を始めた。*]
―誰そ彼時―
…エレン。
[壁に身体を預けていた男は幼馴染の姿を見とめ、男は小さく笑う。
上着を羽織っていない身体は冷気で弱っていた。
紫色になった口からは白い息が零れたか。
別室の騒動はどうなったのだろう。
侵入しようとする人はあっただろうか。
拒む事は――出来たろうか。
この一時は男の願望の生み出した幻か、それとも現かは分からない。
目の前に彼女がいる、と。
男はそう認識する。]
[薬は、と問う彼女の声は震えていた。]
…うん、もうない。
[今度はあっけらかんと笑う。
そう、明日に命を繋ぐ薬はこの手には存在しない。
目の前のエレオノーレの顔はとても哀しげに見えた。]
エレン、俺に生きる権利はないんだよ。
だって俺は近所の人を見捨ててきてしまったんだから…。
[これは告解なのだろうか。
死ぬ間際に彼女に許しを乞おうというのだろうか。
――あぁ、浅ましい。
男の笑みは自嘲に変わる。]
バルツァーのとこのじーさんを。
フェヒナーさんも、ミュンターさんも。
家の扉を叩いて声を張り上げたけど、寒いからあまり待たないで…そのまま避難所に来てしまった。
[もしかしたら、薬が足りなくてどの道助けられなかったかもしれないけれど。
醜い争いに巻き込んでしまったかもしれないけれど。
でも、見捨ててしまったという罪悪感は消えない。]
[意識が段々と遠のいていく。
終わりが近い。]
…こんな幼馴染でごめんな。
幻滅しただろ。
[彼女はまだそこにいるだろうか。
男は瞳を凝らして見ようとする。]
…お願いだ。
この先どんなにつらくても――エレンは生きて。
[そう望む事はひどく残酷な事かもしれない。
分かっていて男は口にする。]
生きて、幸せを掴んで欲しいんだ。
――お前は大事な幼馴染だから。
[それが絶望の淵にいる死に瀕した男の、最後の願い。]
[彼女はどう返事をしただろうか。
感覚は麻痺しており、上手く聞こえないけれど男はくしゃりと顔を歪めた。
瞳から涙が零れる。]
…ごめんな さ い。
[見捨てて。
護れなくて。
先に死んで。]
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