情報 プロローグ 1日目 2日目 エピローグ 終了 / 最新
[もっとも、仮装の衣装という玩具がそこら中に在ったから、すぐに関心は他へと逸れる。
だから、彼が覗くたびに別の場所にいるのを発見しただろう。
蝶の羽を背負っていたのはたしか三度目くらい。
四度目はフルーツてんこ盛りの帽子をかぶっていた。
彼が着替え終えて出てきた時は元のゴスロリ姿で出迎える。
凛々しい立ち姿に、己の見立てが間違っていなかったと確信した。]
よく似合うよ。
おまえがそうしていると、空気が凛と澄むようだ。
[手放しに誉め、満足の面持ちで頷く。]
― パーティー会場 ―
[パーティーが始まってから時間が経っているようだったが、プールサイドはまだ多くの者たちで賑わっていた。
思い思いの仮装で過ごしている者たちを見ているだけでも楽しい。
通り過ぎる者たちの多くがこちらを振り返るのにも気づいていた。
確かに、なかなか目立つ二人組だっただろう。
黒一色で装ったずいぶんと背の高い女性(?)と、中世の物語から抜け出してきたような騎士のペアは人目を引く。]
[それにしても、ここはとても開放的だ。
ごくわずかな布しか身に着けていない若い女たちなど、我が騎士には刺激が強すぎただろうか。
無論彼は貞節の美徳に従って慎み深く直視を避けているのだろうが、リボンの端に掴まってついて来るさまはどこか可愛らしい。
愛しさと誇らしさと、己の騎士をもっと見せびらかしたい欲とを抱えて人々の中を縫うように歩いていたら、プールの上に面白いものを見つけた。]
あれは、何をしているのかな。
相手を水に落したら勝ちという遊戯だろうか。
[浮き舞台>>1:#2を囲んで騒ぐ者たちに興味を引かれて近づいていく。
彼らがなにをしているか把握したら、面白がって己の騎士を送り込み、再び濡れ鼠にさせていたかもしれない。
鎧を身に着けていなくて正解だった、という感想が聞けただろうか。]
[だが近づくより前に、行く手を遮るものがあった。]
「失礼。私はこういう者なのだが」
[妙に態度の大きい男は、目の前に立つなり名刺をひらりと出してきた。*]
[男の話は無駄が多くて長かったが、要約すれば「その騎士を売り出したい」だった。
曰く、自分は大手芸能事務所のプロデューサーで、幾人も人気俳優を世間に送り出してきた。彼ならばきっと売れっ子になれる。だからうちの事務所に来てくれ、と、そういうことらしい。
周囲の人間の反応からすると、男の話や名刺には一応の真実がありそうだ。
熱弁はいつまでも途切れることなく、放っておいたら永遠に話し続けそうな勢いだった。
さすがに飽きてきて、男の目の前でぱんと手を打ち鳴らす。
周囲の人間も含めてぎょっとしたように沈黙し、視線がこちらを向いた。]
私の騎士が他の者を魅了するのは当然のことだ。
それを見抜いた慧眼には感心する。
けれども、彼は私のものだよ。
彼を見世物にするつもりはないし、手放すつもりもない。
そこをどいてもらおう。
[居丈高な物言いに相手の男は鼻白んだ様子だった。
だがすぐに、翻意するよう言い募り、あまつさえ直接目当ての相手を口説こうとさえし始める。
冷ややかな眼差しでそれを眺めた後、後ろに視線を向けた。]
フィオン。
彼は少々酔っているようだね。
頭を冷やすよう手を貸してあげなさい。
[これも要約するならば、排除してよいという許可だった。**]
[我が愛しき騎士は粗暴とは無縁の技で男を沈黙させた。
今頃、男は夢の中で彼の理想の舞台を作り上げているだろうか。
頭の中は自由だ。そこまでとやかくは言うまい。
だが、もしも男が再び騎士に手を伸ばしてきたなら、世界には触れてはならぬ領域があると思い知るだろう。
興が削がれた忌々しさに、思考が苛烈になる。
それを和らげたのも、私の騎士だった。]
[跪く所作は端正にして清廉、それでいて柔らかな情愛に満ちている。
手を取る仕草ひとつで、蕩けてしまいそうだ。]
おまえを許さないということがあるだろうか。
[彼の手を引き寄せて唇を寄せ、さらに抱き寄せ膝裏を掬い上げる。
愛しさが溢れすぎてつい、な姫抱きだった。
決して体格の劣らぬ、体重ならば確実に上だろう騎士を抱き上げる姿に、周囲で変な色のどよめきが起こる。]
ここは人が多いね。
どこかもっと静かなところに行こうか。
しばらくは、このままで。
[顔が近くなった彼の耳元に囁いて、ヒールを鳴らしながら鳴らしながらプールから出ていく。
後にはざわつく人々と、安らかに眠るプロデューサーが残された。**]
[ 夜はまだ長い。別段、急ぐ気持ちはなかった。
シグルドが満足するまで身体を流させる。
バスローブを羽織って寝室へ赴くと、後から来たシグルドに尋ねた。 ]
おまえの食事は?
おれが忘れていても、ちゃんと食えよ?
[ 優秀な執事は、どこか一瞬の隙に食べているのかもしれないが、労働条件を過酷なものにするつもりはない。]
[ シグルドは、始めましょうと言って、何か光るものを差し出した。
ブランドの刻印がされたネクタイピン。特注なのか、名前も彫ってあった。]
上出来だ。 よくやった。
[ 家伝の"技"を発揮するには、対象となる相手の持ち物が必要なのだ、ということは知っている。
長く身につけていたり、思いのこもったものの方がいいというのも。
名は呪であるから、これで充分役に立つだろう。
入手手段は気にしないことにする。シグルドなら事後のことも考えていると信用できる。]
[ 次の段階は、何か瞑想めいたものを行うはずだ。
意識の奥深く、世界そのものとつながっている無意識の領域に入り込むための。
香を焚くか薬を飲むのかもしれないと予測していたから、シグルドが手にした香油の瓶に、やはりと思った。
けれど、うつ伏せが楽とか、顔を見ていたければ仰向けに、という部分は理解が及ばない。]
説明をしてくれ。
肝心のところは、伝授されていない。
[ 執事が知っていて、後継者が知らないという図は、歴史を顧みればいくらでも例がありそうな話。
それでも少々、負けているようで悔しい。
話を聞くのに顔は合わせておきたいから、寝台に仰臥した。*]
[腕の中に愛しい重みを抱いてプールを離れ、足の赴くままに歩く。
何処へという認識も無かったが、気が付けば船の舳先付近にきていた。]
ここは視界が広いね。
どこまでも海、だ。
[目の前にある頬に口付けてから、彼を甲板に下ろす。
そのまま船の先端に歩み寄った。]
ごらん。
こうすると周り全てが海になったようだ。
[舳先の手摺に体を預け、さらにぐっと体を乗り出した。
吹き付けて来る風が気持ちよくて、思わず笑いが零れる。*]
情報 プロローグ 1日目 2日目 エピローグ 終了 / 最新