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く、ぁ
[軍靴のエッジが地面をなじる。倒れず踏みとどまる男の足元に溢れるのは血の赤ではなく半透明の粘液だった。
ヒトガタがしているのも、時間稼ぎ。ただこの王族をこの場から逃れさせないための。
そして逃れえぬ死に呑まれさせるための]
……
[流動鉱石が蠢き、異物を排出しながら右肩を修復する。
左手を下げれば、胸のあたりが破れた軍服、地面へもう一本の矢も落ちて粘つく音を立てた]
生憎、これはどうやら壊れてくれないらしくてな
消え失せさせたいなら 弓など無駄だ
[番えられた矢の光を見つめながら、左の指で風の魔術の印を描き短い詠唱を紡ぐ]
──!
[くぐもった呻きが漏れる。
聖なる光を纏った一矢が唸りをあげ、ヒトガタに接触した刹那、グシュ、と濁った音を立てて仰け反った。
衝撃で揺れた頭部からフードが外れ、
一方で理論魔法が吹かせた風は、隣の油天幕へと火の粉を吹き散らして新たな炎を呼ぶ]
が、ぁ ツ…
[苦痛を覚えるのは、記憶がそれを痛みだと認識するからだ。
型を構成する魔力を解かれて、矢傷を中心にほとんど半身に及ぶほどどろどろとヒトガタは溶けていく。
チリン、
体の中心付近に覗く"核"──金色の光を湛えた珠が澄んだ音を立てた]
─ 魔法兵器 ─
[魔法の光を纏う王の城砦は、沈黙の威容をもってただ聳えていたが。
やがて唸りのような軋む駆動音を立てて、塔から細く煙をたなびかせた。
『やはり、あの玩具は非力に過ぎる』
魔導の波は、上機嫌を崩さないまま愚痴のような言葉を紡ぐ。
『楽しんでいるよう、王
…
だが私が真に見たいのは、お前の美しい姿だけ』
焦れるタイミングも黒竜と似ているよう]*
… ロシェ
[半ば溶けかけたヒトガタは、右手で核を抱え込む。
炎から逃れ、駆け去ろうとする背を銀の瞳は映していた]
……
[狩手はもうすぐそこに来ている>>135。
5年前の再現たる銀の月と赤紅、
違うのは獲物の色か]
[野営地の炎と魔軍の波とに挟まれた人間の軍は、それでも動揺を抑え、迂回により撤退を続けようとする。
かかるのは時間。
そして追手を襲う森からの援護。
すなわち花咲く死は増えていく。
生ける魔軍が死せる魔軍に変わろうと戦力にさしたる違いはない──ますます、魔法兵器の満ちる時が近づいていく以外は]
あれが勝手に壊れるのだ
……仕置をするか?
[芸も披露しないうちに褒美を強請る獣のよう、期待を露わにした波動がゆるりと王の指の間を絡みぬけ]
[崩折れて動かぬまま、レオヴィルの皇子を見ていたヒトガタの顔が、ガク、と不自然な動きで天を仰いだ]
『見よ、私の王の姿を』
……
[喉が震え、声が響く。
そして、傍に降り立つ黒い翼を耳に聞き、
ヒトガタの顔がまたガク、と揺れて動く]
『魔のシメオン』
[玩具は遊ぶためにあるものだ。
何をしているかといえば、遊んでいた]
『お前がそれを獲るならば、死を横取りはせぬ
それで良かろう』
[譲るも良い、と思考した通り。
ツィーアはチリンと核を鳴らし、沈黙した。
崩れたヒトガタは再び天を仰ぎ、
飛翔する竜の姿を目で探している]**
[兵器は内部、魔道炉の唸りを強くした。
それを聞く者はいない。
留守居の玉座は、臥した獣の背のように、曙光色の肘掛けをなだらかに上下させる]
──
[ヒトガタの視力は人間程度しかないらしいが、ツィーアはそれでも気に入っていた。
この世界は美しい。
雑多な命を飲み込んで輝く破光は、
王の背中越しに見る太陽は、
地にあって高く仰ぎ見る極上の流星は]
─ 野営地 ─
[聖なる光に構成を解かれた魔法鉱石は、物理的な損壊とは比較にならないほど自己修復が遅れていた。
ヒトガタは喘ぎながら、残った指の腹で地面に印を描く。
溶け落ちた鉱石の一部を触媒に消費して、再生の魔法を。
首から上、視線は核が直接操っているから、ヒトガタの自律機能は耳と肌とで周囲を窺う]
…
[弱い再生魔法を刻んだ指は、そのままガリガリと土を掻いた]*
─ セミヨンを越えてモーザック砦へ ─
[ふと、佇む魔法兵器の唸りが小さくなった。
城砦に畳まれた触腕がズルと蠢いて、持ち上がる。
美味そうな"匂い"
小さき有象無象ではなく、年ふりた強い命の光が複数。
ツィーアの認知範囲に入ったその気配>>61は横切るように南東へ動いていく。
もたげられた触腕はそちらへとたなびいて揺れた]
[それは以前、の話。
一つなのか二つなのか曖昧な気配が、足元に遊んできたことがあった。
くるくると愛らしいそれに惹かれ、尾を持ち上げたツィーアはその気配のあたりへ振り下ろした。
黒竜ナールのような反応を期待したのでもあるし、そうでなければ文字通り取って食おうという、いわば好意的な意志で。
しかし、機敏に打擲を躱した気配は見る間に遠ざかり、それっきり、ぱたりと間合いに近づいて来なくなってしまった>>125
それから数日のあいだ、魔法兵器の光は沈み込んだ色のまま戻らず、魔王の声にすら反応しなかったほど。
以来、かの長耳双子と似た匂いの命を知覚するとそわそわするのだし、今も足元に寄ってきた命があればじゃれかかる癖は変わっていない]**
[小回りの利かない兵器のために、我が王が精緻な玩具を用意したのは5年前か。
当初の新鮮な感覚こそ多少は薄れても、人形と、人形を介して知覚する全ては悦びだったから、それが壊されるのも遊びの範疇。
とはいえ、出かけた先で簡単に壊れられると、ヒトガタに自律行動の能力がついている意味がないのではないか]
……、ぅ
[上空を舞う竜の影、王の流星を眼に探しながら、
刃と刃の触れ合う音と声を耳に聞きながら、
ヒトガタは溶けた半身を掻き寄せては自己修復の試みを繰り返していた]
この素体は弟より弱いのだと言うていた
[だから壊されたのだろう、と判断する]
皮を硬くするのか?
あるいは魔力を注いで含ませてやれば良いか
[創造主である王の叡智に任せておけば良い、と。こちらの検討は抽象的なもの。
そもそも射撃に対して回避行動をとらさせれば良かっただけ、とは思いもよらぬこと]
[上空を向いていた顔が下がり、
視線も天から、より近い位置へ焦点を結ぶ。
舞い降りた黒竜、
ヒトガタの瞳が映すのは黄金の乗り手だけ]
……
[不完全に生えかけた脚を動かし、指で地を掻いて身を起こそうとした。
脆い泥人形はそれにも耐えず半身の輪郭を崩し、べちゃり、粘つく音]
まだ …ころされてない
[嬉しいか、と魔王に問われて零したのは弱い息]
[ チリン
繋がる視覚が消失し、我が王の姿が見えなくなってツィーアの核が音を立てた。
一拍ほどの間を置いて聴覚も消える。
探していた音──魔と対峙し闘う弟の声──も届かなくなった]*
あ
[頭が砕ける新奇なる感触に、魔力の波動は悦をほころばせ]
……今、お前の顔を見ていたというに……
[次いで、憮然としたような響きをおびた]
記憶を継ぎ足すのか
ならば好戦的なものが好い
[戦えと命じればそう動くが、人形の自律に任せておくと殆ど自らは剣を振るわない。
強弱だけではなく、そも剣技を護身の法として記憶から参照している節があったから、そこへ戦い方を書き加えるという策は魅力的に響く。
王がこの身の世界を広げていく、全ての過程を楽しんでいるのが嬉しかった]
またよろこびが増える
お前が私の為に手をかける人形は、私の誇りだ
何故だ
仕置は楽しいものだろう
[むぅ、と唸る声はちょうど、城が封印された魔導炉を動かそうとしている際の振動数と同じ]
なんでも良いが、またシメオンか
横取りせぬとは言うたが、奴は王族を落とすのに手間取りすぎではないのか
この素体を獲った者…どうだったか。強いのなら欲しいが、手間取りすぎではないのか
[二度言った]
[ 然して立て ]>>223
……っ!!
[痙攣するように跳ねた体は、再生と同時に戦いの空気に晒される。
起き上がると同じ動きで左手で治癒の印を描いた。
参照──どうにかして皆を、弟を生きて還さなければ──]
ロシェ、逃げろ !
[声が出る。体が冷たい、いや熱い、
ここはどこだ?
この背を敵の鎌が貫いたはず──瞼を開けば記憶を参照して、クレステッドの薄蒼、銀の瞳が瞬いた。何故炎が?護衛官達は、]
っ 、
[記憶と現実の断絶に息を呑む。
起動時の僅かな混乱、傍の強大な存在を認知するまでの間は短い]*
あ…ああ、あ
[ チリン
場違いに澄んだ音色がいて、ヒトガタの指の間で発動しかけていた魔法が消える。
見開いた瞳に映る抱擁>>281
チリン
一度瞼を閉じ、開き、その後はもうレオヴィルの王族の方も魔将シメオンの方も見ることはなく]
……はい
[同じ記憶を素体としても、再生するたび少しずつ異なる人格を呈するヒトガタは、
今は激憤でも絶望でもなく、何かを固く押し込めたような表情を面にのせて、
苦悶の叫びに背を向けると魔王に従い滑らかに歩き出した]
あれで、奴は何かを為しているのか?
[屍術を理解できないツィーアには、シメオンが何をしようとしたのかも、その結果も、曖昧として掴めないもの]
普通に死なせて喰らえば美味そうであったのに
[それも、人形が脆いせいだから是非もないこと。
楽しいことになる、と王の告げた"改良"に、意識は向いた]
ああ…高みに座すが当然のお前が、下賤と同じ地べたなど歩いているのも面白い
よく覚えておくとしよう
[眼が戻ってきたことで上機嫌、我が王の美しい背を見つめて喉を鳴らすように波動を揺らした]
太る… …太る?
[なんだそれは、という響き]
では地べたになど降りずとも歩けるように、私の中に道を作ろうか
[歩けど歩けど永遠にループする廊下ならツィーア自身の工夫だけですぐに実現できそうだ、などと]
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