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―回想・深夜―
[月明かりが、冷気を漂うかの如く頬を撫でる。其の日の月は、何故か鋼色に見えた。冷気をその身に纏わせる、抜き身の刃だった。雲を切り分け、夜の闇まで切り進み、侵すように染み渡る。その様相は、或いはその月明かりから生み出されているかのようにすら見えるのだった。]
……。
[身体の中にいる獣が月明かりに共鳴して、浮上するように目を覚ます。聴覚を満たす静寂は真っ逆様に地へ堕ちて、視界を駆ける暗闇は瞬く間に虚を描く。
自身を構成する全ては、他人からの借り物だ。 初めから枯渇しきっていた砂漠のような心には、理想を追い求めるような気概もなく、だからこそ他人の理想や期待、或いは望みを借りる必要があり、自分の理想がないからこそ、期待以上のものを作ることはできないのだった。]
あの日――。
[――自分が真に枯渇しきった日。あの日から、乾いた心は期待や願いだけでなく悪意まで吸い込むようになっていた。その成れの果てに、“彼女”と同じ存在になっていた。今はもういない、自身に「生き続けて欲しい」と呪いをかけた、あの人と。
自身にすら己の意思が介在しない。その行動は全て他人の意思で構成され、大凡人とは程遠い。
…は数刻の間目を瞑り、意識を自身へ埋没させる。次に目を開けた時、彼から生気が完全に失われ、その瞳はただひたすらに死を体現したかのような暗闇を指しているのだった。]
―朝・パン屋―
[朝目覚めると、そこは雪国だった。降った雪は瞬く間に、この村を外界から分断してしまったのだろうと悟る。肌寒さも覚えてはいたものの、改めて実感したのはペーターの吐く息の白いこと>>30を視界に捕らえてからのことだった。]
そうだね。雪はかなり積もっていると思う。
外出するなら気をつけて。降雪が酷くなった場合の判断は任せるけれども、危険を感じたら無理に戻ってこなくて構わないから。
[本当にペーターを心配するのであれば、引き止めるべきなのだろうか。そんなことを考えつつも決して口には出さず、彼が朝食を終えて出発するときにも、ただ見送るのだった。]
―出て行く前・パン屋―
熱心……。ん、そうだね。
[…はヤコブが寂しげに目を伏せたことに気が付きつつも、やはり変わらずに接する。願いも理想も何もない自分には、どうすることもできない。自身のことですら、自分の意思で変えることなどできないのだから。]
たとえ何が変わったとしても、君がヤコブであることは変わらない。変わりようがない。それさえ変わっていなければ、十分だよ。
[そんな言葉を、特に何を意図するでもなくヤコブへ向ける。聞こえたかどうかは定かではないが、敢えて確認することもなく、宿へ向かうその背中>>101を見送った]
―或る人の墓前―
[降り続ける雪は世界の色を塗りつぶすかのように。熱まで奪って他の季節を殺しつくす。静かで強大な、死神のような、冷徹。
この時期になると――正確にはこの村と外界が断たれた最初の日には――必ずある場所へと足が向かう。言うなれば、願いという名の、呪いに導かれて。]
……ん、久しぶり。この季節に出歩くのも楽なことじゃないっていうのに、我儘なお姫様が随分と厄介な呪いをかけてくれたものだよ。
[呟く言葉は目前の石に跳ね返り、行先もなく虚空に還る。もう、この言葉を向ける相手はいないのだと、現実が耳元で囁いている。]
毎年来て欲しいとは言われたけれど、来た後でどうしろとは言われてないから。
[…はしかし、感慨など一切ないと言わんばかりに言葉を紡いでは虚空へと還していく。]
呪いの効果は目論見通り、効果覿面だったというわけだ。この命は君に生かされている。
[…は最後に、「来年もまた来るよ」とだけ告げて、お供えの一つすらせずにその場を立ち去るのだった]
―宿へ向かう道中―
[宿へと向かう途中、煩わしいほどに刺してくる寒さによって、引きずり出されるかのように、らしくもなく、己の過去を回想した。
それは昔のこと――などと言ってしまえば、まるでこれから悲劇的な過去でも語られるかのような振り出しかたではあるのだが、自身の過去に悲劇らしい悲劇など一切ないことは自覚している。だからこれは、ありふれた話。よくある与太話のようなものだ。
それは両親がまだ存命で、感情の無さを気味悪がられていた頃のこと。別に気味悪がられていたことについては自身にとってどうでも良いことで、そのことにすら何の感情も抱いてはいなかったのであるが、或る冬に「できるだけ食事を我慢してほしい」と願われたことがある。
それは両親からしたらなんてことのない頼みごとだったのだろう。しかし、自身は“餓えて倒れるまで何も口にしなかった”のだ。それはともすれば親のために頑張り過ぎた子供のように捉えられる行為かもしれない。
だが、そんな人間らしい“それ”とは明らかに性質が異なっている。自身はあくまで“餓死する寸前ですら何かを食べたいと思わなかった”だけなのだ。
自身の中からは願いや望みを含め、徹底的にあらゆるものが排除されていた。自分が自身のことを空っぽだと表現するのは自嘲などではなく、揺るぎない事実なのである。どんな期待にも応えると言えば聞こえは良いが、なんてことはない。自身に意思がないからこそ、他人の理想を借りなければなにもできないのだ。
そんな自分が今に至るまで生きていることは、或いは奇跡に近いのかもしれない。今、自分が生きているのは、“彼女”にかけられた願いという名の呪いによるものだというのは明らかで、そのことに対して何か思うような感情も持ち合わせてなどいないが、少なくともその呪いは己の中で全ての事象に優先される。]
―回想・約十年前の冬@―
[それはまだ、自分の中に感情が在った頃――などと、これが小説であればそう語り出すべきなのかもしれないが、生憎と感情が無いのは生まれつきである。
言うなれば、元から殆ど枯渇しきっていた心が、完全に砂漠に帰したときの話である。勿論、悲劇的な昔話が語られるわけでもない。
これは、元から感情のない自分の、未だかつて誰にも話したことのない、何てことのない過去の話。]
[その年の冬は、例年よりも早く訪れたなんてことはなく、おおよそ例年通りに訪れた。
村と外界をつなぐ道が封鎖された最初の日、その日は吹き荒ぶ風が悲鳴を上げるかのように跳ね回り、木々へと襲いかかっているかのようだった。空間そのものが、酷く暴力的なもののように感じたのを、今でも脳裏に焼き付いているかのように、鮮明に覚えている。]
ん、やっぱり完全に塞がってる。
[それは誰に頼まれてか封鎖された道を確認しに行ったときのこと。その時にはすでに両親を亡くしており、村の人に助けられつつ、周りから自身に向けられる望みも上手く絡み合いながら、奇跡的にも生き延びていた。
異変に気が付いたのは確認事項を確認し終えて店へ戻ろうとした、まさにその時だった。]
……人?
[自分と同じくらいの年齢だろうか。女性が一人倒れていたのだ。]
これ、血……。
[よく見るまでもなく、その女性は血に塗れていた。空気に触れてからどれだけの時間が経っているのか、血は既に固まっており、まるでその女性の身体の一部であるかのようだった。
血がこの上なく似合っていた。血を流しているのではなく、まるで血から女性を求めて張り付いているかのようにすら思えたのだった。雪に染み込んだ血の赤は、女性を中心に根を伸ばし、雪からすら生命力を奪っているかのような、どこか禁忌めいた神聖さを主張する。]
生きてる?
[近づいて、空気の温度と同じような声質で問いかける。最初、助けるという考えはなかった。誰からも望まれていなかったから。
しかし、女性は生きてるかという問いかけに「死にそう。助けて。」と“淀みなく”返してきたため、店へと連れ帰って介抱することにしたのだった。今度は、そう望まれたから。]
[――今考えても、この出会いが偶然だったのか、或いは必然だったのかは分からない。ただ、この出会いは定言的な、当為的な出会いであったことは間違いないと、今なら言える。気取った言い方をするのなら、紛れもない運命だった。
とはいっても、この後に恋愛感情のようなものを抱くことはただの一度もなかったし、それは恐らく相手も同じだっただろう。一つだけ言えるのは、この出会いの時点で既に呪いは始まっていたのだろうということ。ただそれだけだ。]
―回想・約十年前の冬@ 終了―
―宿―
[回想に浸った余韻も無く、ただただ冬の冷気を纏わせて、目的地の宿へと辿り着いた]
ん、着いたか。
[…は付いた雪を冷気ごと払うかのように叩くと、宿へ入っていくのだった。中に入る人が出迎えてきたら軽く挨拶をするだろう。**]
/*回想ってこんな感じで良いのだろうか。
うむ。分からん。
そしてこの先の展開考えてねーのですよ。どうしましょ。
[噂一つが人々の心を乱す。被った面は悉くはぎ取られ、やがては真の姿を曝け出す。]
なるほど。これが彼女の見ていた景色の、一端か。
[宿に足を踏み入れた瞬間に、多くの感情が流れ込んできたのだった。其れに対して、多少の感慨めいたものはあるものの、基本は何も感じない。己の生き方は変わらない]
僕に何かが望まれるのであれば、応える。ただ、それだけ。
生きるために何かを為す必要があるのであれば、躊躇はしない。空っぽの自分には躊躇することすらできない。
―宿―
[宿へ来てから多かれ少なかれ、時間が経過した。
宿に足を踏み入れた途端には、多様な感情、願いが自身へと流れ込んでくるのを感じるのだった。しかしそれは只のきっかけに過ぎず、宿内に限らない、村そのものが、どこか騒がしいと俄かに感じていた。
…は宿に来てからというもの、特別己から話しかけるようなことはせず、ただ望まれたことや願いにのみ応えていたのだった。
逆を言えば、望まれたことなどシモンからパイ作りのコツを問われた>>230程度で、それ以外は特に何もしなかった。何故なら特に望まれなかったから。
シモンからの要望には、極力望まれるままに応えられただろうか。]
[己の中には願いや理想が存在しない。そんなことを何度も主張すれば、現実味が薄れていくような言葉だが、紛れもない事実である。
だからこそ、己におすすめというものを聞いてくるお客は手に余ることが多い。この村で言えば、エルナは特に、店主のおすすめを聞きながらゆっくり買い物を楽しむのも趣味である>>126らしく、別段苦手に思っているわけではないのだが、期待にそえていないと感じることが多かったりする。
もちろん、お勧めを聞きたいという望みは理解しているため、その要望には応えようとするのであるが、如何せんお勧めできるものが何もない。パン屋に置かれているパンは、全て自身の望みで創り出したのではなく、他人の理想を借りて生み出したものだから。その価値は自分では計れないのだ。]
中々に、難儀なものだね。
[特に誰に聞かせるでもなく、呟く。
とはいえ、彼女がパンの味に満足してくれているらしいことは分かる。だからこそ、ここに自身のパン屋としての欠点が浮き彫りになる。他人の理想を借りることしかできない自分には“期待通り”には為せるものの、決して“期待以上”の提供はできないのだ。味に満足されている以上は、それ以上のおすすめなど自分には導けないのかもしれない。
と考えつつも、それが癖になりつつあるのか、相手のおすすめを聞きたいという期待を自分のものにする術を模索するのだった。]
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