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[すぐ側に何かが転移してくる前兆に、いくらか注意を向けた。
少し距離を取り、いつでも呪文を使えるように用意する。
現れたのは、見知らぬ青年だった。
ああ、いや―――]
前にも、こそこそと見ていた奴か。
[確信はないけれども、そうではないかと憶測する。]
影渡る蜘蛛よ
印の糸を
[ごく短い呪文を唱え、何かを風に流すようなしぐさをする。
小さく、軽く、半ば透き通った蜘蛛が風に乗り、闖入者へと飛んでいった。
この非実体の蜘蛛が出す糸は対象に張り付き、
術者に、常にその位置を報せるのだ。
要は"印をつける"のである。
蜘蛛が無事に相手にとりついたかは、……さて。]
[意識を他に向けていた分だけ、術師への注意が逸れていた。
気づいたときには既に遅く、周囲に瘴気纏う禍々しい槍が次々に実体化する。]
…っ!
汝大地より生まれし堅牢なるものよ!
[早口に唱えた術に応じて、石壁が前方にせり上がる。
だが、全周囲を覆うものではなく]
[穿たれた痛み以上に瘴気が身体を焼く。
身を揉むような苦悶には、だが覚えがあった。
これは記憶。
過去の、未来の、
あるいは、今この瞬間、別の世界での。
白い肌をまだらに焼いて、黒い岩が露出する。
服の破れた場所から、うかがい知ることもできよう。]
………く、…。
やって……、くれたな…
[槍に身を貫かれたまま、自らの血を触媒に加え、
硫黄と大きな鱗を撒いて新しい呪文を唱え始める。
このままでもどうせ死なない。
そんな、妙な確信もあった。]
[術が発動するまでの間に、側面を回り込んでいたウルフライダーたちが屍鬼に襲い掛かった。
機動力をいかんなく発揮して屍鬼の群れをかき回しては離脱し、
誘われて群れから離れたものを切り刻む
乗騎たる狼もまた、牙を剥いて屍鬼たちを引きちぎる。]
[後退していく輿を睨みつけながら、血を振りまき詠唱を重ねる。]
汝、炎の川に生きる者共の王
燃える鱗纏いて、叡智の秘宝守るもの
我、ここに何時に希う。
汝の現身を我が前に遣わし
我が敵を焼き尽くさんことを
[呪文の完成と共に、強い風が吹いた。
吹き上がる熱気に、赤い髪も、服も激しくはためく。
燃え上がる硫黄が召喚の陣を描き、中心から眩い炎が生まれた。
現れたのは、四本の腕もつ人間の上半身が長大な蛇身から生える、異相の魔。
大きさは、持ち上げた人型部分だけで人の背丈の二倍ほど。
その全身すべてが赤熱しており、炎吹き上げる槍と盾を携えている。]
[召喚された炎の魔が、人ならぬ言葉で何かを叫ぶ。
それに応じて、同じような姿の、だがそれよりはずっと小さい同族が十数体、実体化した。
鬨の声を上げて戦場へ躍りこんでいく彼らを見送って、召喚士はぐったりと腰を落とす。
ようよう上げた目に、戦場の惨状が映りこんだ。
巨大な腐肉の竜が戦場をのし歩き、無数の影がひらひらと縦横無尽に舞っている。
恐慌をきたしたゴブリンたちは、そこここで崩れたっていた。
端からほどけるように散っていくゴブリンの群れを見て、戦線の維持はどうも難しそうだと苦笑する。
新しく送り込んだ連中に期待をかけるほかはないだろう。]
[日が陰ったことで、音もなく近づいていたシャドウにようやく気が付いた。
咄嗟に簡単な防御陣を周囲に張り巡らせる。
本来は召喚する際、召喚者の身を守るためのものだが、
実体を欠くものの接触を防ぐ程度の力はある。
できるのは、そこまでだった。]
[輿に乗った術者が戦場を去る。
それを、遠くに見やって、息を吐いた。
最後の言葉が、耳につく。
自分が、何を宿すというのか。
神───…と体の奥から答えがあり、
否、と記憶が囁き……消える。
自分は───いったい…。]
う……ぁぁ っ、く…。
[突き立った槍を引き抜いて投げ捨てる。
そのまま、地面に横たわった。
溢れる血が地面に吸い込まれていく。
脈打ち噴き出す血ではない。
ただ、破れた穴から流れだすだけの。
胸に手を当てて思う。
欠けたもの、埋めているもの。埋まるべきもの。]
[戦場は、狂乱から静寂へと移り変わりつつあった。
荒野を埋め尽くしていた軍勢は形を崩し、
残骸と炭ばかりが散らばっていた。
腐り落ちた竜に炎の妖魔が槍を突き立てるのを遠くに見つつ、召喚士は目を閉じる。
防御の陣はしばらくは効果が持続する。
残る屍鬼たちも、彼らに任せておけばいいだろう。
頭のどこかでそんなことを考えながら、意識は眠りへ落ちていった。]
[召喚士の意識が途絶えると同時に、逃げ散っていたゴブリンたちが忽然と消え失せる。
炎の悪魔の現身たちも、屍鬼を焼き尽くせば消えていくだろう。]**
― 巨大な門が立つ荒野 ―
[どれほど眠っていたものであろうか。
目を覚まし、身を起こせば、身体に積もっていた灰がはらはらと散る。
視線を転じれば、何万という軍勢がひしめいていた荒野は、
一面に焼け跡が残るだけの場所になっていた。
中央に立つ石の門のみは、未だ変わらぬ威容と異様を備えて聳えている。
身体を改めれば既に血は止まり、
傷が穿たれていた場所は、黒い鉱石に覆われていた。
やはり、心臓の鼓動はない。]
死んでいるのか生きているのか、ますますわからないな。
だが、動けるのは間違いない。
[それで十分だ。
たたかえればいい。]
/*
……と起こしてみたけど、あれ。
女王とゲルトが話していて、ハンスはガートルードのところで、
ベリアンがシェットラントのところに行くとなると、
あれ。残りヨアヒムだけじゃん。
おおう。
やあ諸君。
どうも戦いの後に眠りこんでしまったらしいが、
どれほど時間が過ぎたか、分かるか?
[気軽に声を飛ばして現状確認を求める。
その声は、未だに戦いの後の高揚を残していた。]
実に楽しいたたかいだった。
生憎と、相手の死霊術師には逃げられたが、
───いや、正確さを欠くのは良くないな。
お互い、痛み分けというところだ。
彼があそこで退いていなければ、おれも危なかった。
[問わず語りに状況を伝える。
報告というより、興奮が収まらないという様子。]
さて、どうするか、と…。
[一応の同朋へ報告というよりは感想を伝えたのち、身体を伸ばす。
固い地面で寝ていたせいか、少々動きがぎこちない。
口に出して言ってみたものの、行き先は心に決めていた。]
せっかくあるのだから、活用しない手はないな。
[呟いて、転移の呪を唱える。]
― 温泉 ―
[訪れたのは、温かな湯に満ちる場所だった。
此処で男と女の邂逅と戦いがあったとは知らず、
今は無人の湯船を占領して、全身を伸ばす。]
ああ───、やはりいいな。
[自分が湯に浸かったとたん、硫黄の香が少し強くなった気がする。
それもまた自分にとっては懐かしい、好ましい匂いだ。]
ああ、そうだ。
[ふと思い立って、宙に指を上げる。
糸を手繰るようにくるりと指を動かせば、
此処ではないどこかの光景が"視えた"
どうやら蜘蛛を付けた相手は、どこかの建物の中にいるらしい。
誰かと会っているイメージが浮かぶ。
煉瓦色の髪をした、─── 女。
友好的ではなさそうな状況を察して、
蜘蛛の糸を通じて、ひとつだけ小さな悪戯を送り込んだ。]
炎よ。激しき光と熱の結晶よ
種となりて眠れ。力浴びる時まで
[ハンスの身体にとりついた蜘蛛がそっと抱えた小さな種。
もし近くに魔力を感知したならば、術者の方へ飛んで爆発を起こすだろう。
得意系統の術ではないから、威力はたいしたことはないが。]
あの女がいいな。
[不意に、声を発する。]
赤い髪の女。
あれはきっと魔女だ。
次の戦いの相手は、あれがいい。
[新しいおもちゃを欲しがるような気軽さだった。]
― 温泉 ―
[ぼんやりと"視えて"いる部屋の中で、
蜘蛛を付けた相手と、煉瓦色の髪をした女が話している。
どうやら青年のほうが女を説得しているような気配だが、
女の方からは苦悩が伝わってきた。
詳しい話が聞こえてこないのは残念だが、
否定と拒絶と混乱、それが蜘蛛の糸を揺らす。
その揺れが酷く激しくなったとき、]
おや。
[暴走する魔力の余波が、糸を持つ指まで痺れさせた。]
そうか。
[シェットラントへ返す声は、愉悦の色を濃くする。]
おまえのだというなら、しっかり捕まえておかないとな。
でないと、───ほら。
[つかまえた。
最後の言葉は、息だけで囁かれる。]
[爆発が起きたあとの、蜘蛛の糸の先には既に興味が失せていた。
そもそも、爆発に巻き込まれて、蜘蛛そのものも吹き飛んでいる公算が高い。
それよりも気になるのは、あの女の方。
探知の呪文を手繰ろうとして、転移の気配を間近に感じる。]
ああ───
これはこれは。
[水音と声。
それを頼りに水の中を歩み行き、彼女を見つけた。]
会いに行きたいと思っていた。
そちらからわざわざ来てくれるとは。
[相手がこちらを見えていないらしいことには構わず声を掛ける。]
おまえはシンクレアのものだ、と聞いたが、
少しくらい味見しても構わないだろう?
[言葉にいささか危険な色が纏わりついた]
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