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…………手、貸せよ。
[疲れを言い訳に、手を伸ばして起こせと告げる。
眉根を寄せてはいたが下から見上げる視線は柔らかく、
幼子が甘えているようにも見えたか。
伸ばした手と反対の甲で鹿の唾液を拭い去ろうとし、
鹿の獣臭さに辟易とした表情を浮かべ。
これならまだ──…。
熱に浮かされた顔を一転、忙しく瞬きを繰り返す。
一時的な気の迷いだと言い聞かせようとした時点で、
それは最早隠したいだけの強い願望でしかなかった。]
― 少し前・奈良公園 ―
[鹿の群れが去った後。
此方に手を伸ばしてくる姿は、甘えられているように感じ。
嬉しさと邪な想いとの板挟みに、眉尻を下げた。]
仕方ないな。……立てるか?
[軟弱になったんじゃないか、と余計な一言が零れてしまうのはもう癖のようなもの。
右手で炉の手を浮かんで引き上げれば。
忙しなく瞬く目に、訝しみ。]
目に埃でも入ったか?
[心配して顔を近づけかけて、ふとその唇に目がいき動きを止める。
またあんな表情はさせたくない。
曖昧に笑って誤魔化し、炉が立ち上がったのを確認すれば右手を離そうと。*]
[団子を口に運ぶと控え目な甘さに頬が緩む。
滑らかな歯触りとよもぎの爽やかな香りが口の中を通り抜け、
きなこが後から追い掛けて手を繋いで歩くようで。
ひとつ、ふたつ。口にする度に笑顔が零れる。
満面とまでは行かないが上機嫌な表情を見られていると気付けば、
慌てて緩んでいた顔を引き締めた。
残った最後のひとつに竹の楊枝を突き刺して。]
お前も一個くらい、喰っとけよ。
[逡巡の末、口の前に斑模様の緑玉を突き出す。
口を開いて食べるまでは、頑として引かない所存。*]
[夢結びと書かれたお守りは、何を望んで買った物なのか。
昨日おもかる石に願ったことといい、今日のこれといい。
気になりはすれど聞こうという気は起きなかった。
聞いたところでまともに返事をしてくれることもないだろう。
合格祈願ではないことくらい分かっている。
だとしたら何なのか。神に願いを託す程、実現が難しいのか。
自分ではその願いを叶える手助けすら出来ないのだろうか、と。
無意識に頼って貰うことを願っていることに、まだ気付かずに。*]
[身に襲う倦怠感が心地良い眠りを導いてくれると思いきや。
目を閉じてから一時間、二時間と経っても眠気は襲って来ず、
ただ布団の中で横になっているだけだった。
明るいから眠れないという理由も電気が消えた今は有り得ない。
隣で眠る大河の安らかな寝息が何とも腹立たしく、布団から
腕を出して頬杖を突くと微かに上下する薄白い物体を眺めた。
手を伸ばしても寸での所で届かない、遠い距離感。
もし転校せずにずっと同じ距離で過ごしていれば、布団をくっつけ
それでも足りないと同じ布団にでも寝ていたのだろうか。
いくら願おうが空白の時は空白のまま。
夜の静けさが寒気を呼び、ふるりと身を揺らす。]
………………寝てるのか。
[蚊が鳴くよりも細々とした声を発し。
反応がないと見れば慎重に身を起こし、大河の布団に潜り込む。
ただ寒いだけだ、嫌がらせなだけだと己に言い訳をする間もなく。
体温と匂いと寝息の三つが三種の神器の如き、ほんの少し近くにあるだけで、あっさりと意識は夢の海に沈んだ。]
[茶のおかわりをもらいつつ、ちらりと炉を見れば。
よもぎ団子を頬張りながら、緩んだ表情に目を細める。
見ていたことに気づかれたのか、少し睨まれた気がすればふいっと視線を外の景色に反らして知らぬふり。
その緩んだ顔を写真に撮っておけたら、なんて。
そろそろ食べ終る頃合か。
スマホで時間を確認していると、視界の端に楊枝に刺さったよもぎ団子が現れた。]
もらっていいのか? 最後の一個だろ。
[団子と炉を交互に見やり。
揺れて食べにくい、とその手首を掴んで引き、ぱくりと一口。手首を離した。]
美味しいな……ご馳走さま。
[きなことよもぎの香りが口の中に広がり、上品な甘さに零れた笑みは柔らかく。
咀嚼をし終えれば、じゃあ行くか、と立ち上がった。*]
[揃いのおみくじは、神の悪戯であろうとも。
どこか二人が繋がっているように感じて、手放したくなかった。
それだけのこと。*]
TO:皇くん
件名:お疲れー
その後、楽しく観光してる?
やっぱり良い感じに撮れてたから送るね、
遅くなっちゃってごめん。
申くんのアドレス入手はやっぱり難しそうだから、
皇くんから転送よろしく!
何か面白い課題撮れてたら、また見せてー?
[色々と“難しい”だろう理由は省いて、文を結んで送りつける]
― 二日目・夜 ―
[さっさと寝入る体勢になっている、膨らんだ布団。>>450
夕食を済ませて風呂に入り。
腹が膨れて体も温まれば、疲労から次第に瞼が重くなる。]
……いろり、寝たのか?
[声に反応はない。
今日は湯当たりもせず戻ってきてよかった。朝から顔色も悪かったし、鹿に襲われたりと疲れたのだろう、と隣の布団に早々に潜り込んだ。
目を閉じれば程なくして、意識は夢の中へと。]
[布団の端から入り込んできた冷気に、ふ、と意識が微かに浮上する。
瞼は重くてまだ開かないまま。掠めるシャンプーらしい匂いに、ああいろりだ、と思う。
背負った時に嗅いだものと同じ匂い。
温かく心地よい体温が隣に寄り添う、安堵感。
もっと、触れていたい。
温もりを手繰り寄せ。身じろいだ抵抗に布団が動き、また入り込んできた冷気に小さく震え。]
……うごくな、さむい。
[呟いたつもりの文句は、果たして声という形を成しただろうか。
温かさに身をすり寄せたまま、再び意識は夢の中へと――。*]
― 三日目・朝 ―
[昨日は、よく眠れた。
よく眠れたが、朝から釈然としない気持ちを抱えたまま学年主任からの通達を聞いていれば。>>238
唐突に、クラスメイトの女子から呼び止められた。]
悪い、ちょっと先に行っててくれ。
[視線が背中に突き刺さる気がするのは、自意識過剰賀茂しれない。
班から少し離れたところで、切り出された誘い。]
『今日、一緒に回らない?』
[俯き加減のその雰囲気は、覚えがあるもので。恐らく頷けば何があるかわからないほど、鈍くはない。
けれど、答えは悩むまでもないもので。
そのことにほんの少しだけ抱いてしまうのは、罪悪感。]
……今日もお前と二人か。仕方ないな。
[やれやれ、というポーズを取り。
相変わらず憎まれ口の止まらない炉との応酬をしていたその時。]
――わっ。
何するんだ……ぶつかりそうになった?
ああ、サンキュ。
[左腕を引き寄せられたおかげで、通行人には当たらずに済んだらしい。
ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。
なかなか手を離さないと訝しめば、右手が離れないことを告げられぎょっとする。]
俺は水、炉は火だったな。
属性の土地ってのは所謂パワースポットってやつとかでいいのかどうか。
[当然、オカルトや呪詛の類にはまったく明るくない。
検索して出てきたパワースポットのまとめページを顔を突き合わせて覗きこむ。
拍子に、額が僅かに触れ。近すぎる距離に気づけば、思わず顔を離してしまった。
とはいえ、腕がつながった状態ではそれ以上離れることなんてできないが。]
……と、遠い場所ばかりだな。
京都の方が多そうだし、どうせ集合は京都駅なら先に移動するか。
[表面だけでも平静を保ちながら、提案する。
どれだけ加護を授かれば解けるのか。
ここにこうしていても仕方ないと、左手をくいと引いて。並んだまま歩き出した。*]
―二日目・夜―
[布団を捲ったせいで起きたのか、隣に収まった直後に伸びる手。
手繰り寄せる力は弱く、寝惚けているだろうと推測出来た。
今なら脱出してしまえば記憶にも残らない。
逃げるべきだと脳が言う反面、体に力が入らずに。]
っ……この、やろ……。
[耳元に落ちた文句にびくりと肩を震わせ。
昼間、掴まれた右手首が思い出したように熱を帯びる。
擦り寄ってくる箇所から温もりが共有され、
寒かったことも忘れてふつふつと温かさが湧き起こってくる。
抗えない温度に、再び目が覚めるのは大河よりも後の話。*]
[あからさまに顔を離したのには、やはり気づかれ。>>561
炉の眉間に皺が刻まれたことにも気づいたが、なんとフォローすればよいかもわからずに。
何もなかったふりをするしかなく、歩き始めて少し。
震えたスマホに気づき、画面をタップすればクラスメイトからのメールが。>>476
アドレス交換はしたものの。
結局のところ彼女の勉学面も兄でほぼ事足りているらしく、使った機会は数えるほど。
あちらは今日も二人で回っているのだろうか。
恐らくそうだろうな、と二人も呪詛にかかっているとは思いもせず。]
そういえば、送るって言ってたな。
[メール本文を確認して、迷いながら添付画像を開く。
写っていたツーショットを一瞥し。]
そういえば俺も撮ってたな。写真。
[画像ファイルから、昨日撮った双子の写真を取り出す。
後から撮った形ではあったが、互いを向く二人の横顔がそこには写っていたか。
妹に向ける兄の表情はいつものこと。それに応える妹の和やかな横顔。]
なんだかんだ言ってっても。
いつも一緒にいるのをやめないよな、高殿妹も。
[二人とも、互いに恋人とかできたらどうするんだろうか。
ついそんなことを考えてしまいながら。返信のメールに添付をして、送信ボタンを押した。]
TO:高殿琉璃
件名:お疲れさま
そっちも兄と仲良くやってそうだな。
こっちは相変わらず写真に写ってる奴と二人だ。
朝から変な僧侶に遭って、散々だよ。
面白い課題というと…
こんなのならあるけど、要るかな?
[添付はもちろん、二人の後姿だ。
それと、もう一枚。鹿に襲われた炉の変顔のおまけつき。
敢えて、撮れている中で一番酷い顔を選んだのは内緒である。]
― 清明神社 ―
[京都に戻り、どうせなら一昨日は行かなかった上京区へと。
陰陽師として有名な、安倍清明公を祀った神社だ。
魔除けや厄除けにご利益もあるとのこと。
そのご利益というやつで、この呪詛を払えないものだろうか。
あの胡散臭い僧侶よりは、信じられそうな気がする。
一の鳥居をくぐり、境内を進んでいく。]
[何か感じたような気がしたのは、一瞬のこと。
左肘に視線を落としたが、まだ外れる様子はない。]
これは、一回じゃ駄目ってことか。
……次、どこに行く?
[冷えた空気のせいか、それとも意識をしてしまったからか。
掴まれた左肘が熱いことから、目を逸らしながら。
スマホで、次のパワースポットへの道順の検索を始めた。*]
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