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[剣を抜いたシェットラントの色は三たび変化した。
「外道」「悔い」そして──「キアラ」
シェットラントが呻くように口にした彼女の名は、ベリアンにとっても感情の堰を切るに充分な引き金だった。]
それで、貴様が、何の権限あってわたしを糾弾すると!
[シェットラントが彼女の名を語り、その名の下に刃を振るうのは許し難かった。]
[シェットラントが前へ跳ぶ。
ベリアンの死霊馬もあわせて前脚をふりあげた。
シェットラントの頭蓋を叩き割るべく。
が、魔力を帯びた剣の鋭い一閃が、死の蹄をかいくぐり魔法で繋ぎ合わされた古い骨を両断する。
その斬撃に死霊馬は存在を保てず──だが、]
──爆ぜろっ!
[馬の背から後ろへ飛び退ったベリアンの発声とともに爆発四散して、骨の釘を周囲にバラ撒いた。]
[腕をクロスさせて身を庇ったものの、その爆風はベリアンをも巻き込んで吹き飛ばす。
もしかしたら肋くらい折れたかもしれないが、術の効果で痛みはなかった。
身体を転がして地面から起き上がり、ベリアンはシェットラントの姿を探す。]
/*
白兵戦に持ち込まれたら、即死レベルの力量差だと思いますはい。
距離をとる! "門"に近づく!
被ヒット&アウェイ (←
[色の薄い双眸に感情を燃え立たせ、氷人形が血を流している。
それはあまりに鮮やかで、激しく──揺るぎない。
こんなシェットラントは見たことがなかった。
呼吸さえしているのがわかる。]
いつも、 いつも いつもいつもいつも──
[ベリアンは歯ぎしりして拳を握りしめた。]
貴様だけだと 思い上がるな…!
[ベリアンが叫ぶと同時、シェットラントが二人の間に突き立てた剣に水晶の魔力が結集し、地を走る炎となって迫りくる。
断罪するごとく。]
[炎の色がベリアンの身体を駆け上る。]
わたしだって、キアを失いたくなかった!
[振り払っても、振り払っても押し寄せる炎。
掴み掛かる屍鬼の指のように。]
[ベリアンの足がたたらを踏む。
ここで解呪を唱えるのを、シェットラントが黙って見過ごすはずもない。
が、今ここに向かって、周囲から呼び寄せた屍鬼がようやく到達しようとしていた。
屍鬼に足音をしのばせるなどといった芸当はできないから奇襲は無理だろう。
だが、数でシェットランドを包囲圧殺すればいい。]
[ベリアンは炎に包まれたまま身を翻した。
逃げることを恥と思う道徳はベリアンの中にはない。
生きて、その先に──
なおも痛みは感じなかった。
だが、熱は、肌の焼ける匂いからは逃れられない。
爛れてゆく身体──罪の烙印。]
[ようやく魔炎を消した時には目もろくに見えなくなっていたけれど、周囲が薄暗くなったと感じたのはそのせいばかりではなかった。
ベリアンは”門”が落とす長い影の領域に足を踏み入れていた。]
[ベリアンは”門”使いではないから、”門”に直接、働きかけることはできない。
“門”の本当の力を操ることもできない。
「門自体には直接触れぬこと」
テオドールの警告も忘れてはいなかった。
だが、”門”から滲み出す、あるいは集まって澱んだ瘴気や怨念は死霊魔導の魔力を高める。
“門”を呪具の、魔法陣の代わりとして、術を底上げできると理解した。]
[仰ぎ見た“門”の表面に雷光が走る。
それは力の文字のようでもあり、まばたきのようでもあった。
「力を引き出せ──」
低い声に促された気がした。
遠いあの日に、召喚したモノの声に似ていた。>>0:165]
──っ!
[シェットラントの告発の声が追いかけてくる。
かつて人だったものを切り捨て、傷だらけになって、だが、怯むことも諦めることもせず。
“門”を背に向き直ったベリアンは指輪の形に変えて所持していた《奈落の書》を書物の姿に戻した。]
何も知らないのは貴様の方だ。
…キアは、人の世から遠ざけられていた魔法を取り戻すために、その命を捧げた。
[そういう「物語」にしなければ──己の未熟のせいでキアラを死なせたことを認めるなど──堪え難い。]
[あのシェットラントが声を張り上げている。
あの氷人形が感情を剥き出しにしている。
世界のためとか、正義のためとかではなく、今は亡きひとりの少女のために。
彼がいまだにキアラを想い続けていることが、キアラが彼と結んだ絆の紛れもない証だった。
理解する──掌をこぼれるもの。]
[清冽な青白い炎をまとったシェットラントが剣を構え、打ちかかる。
その切っ先が狙うのは《奈落の書》
キアラだと、言ったそれを──
ベリアンは庇った。
鋼の感触が背に突き抜ける。]
[晴天に霹靂が轟く。
ベリアンの手の中から落ちた《奈落の書》が、あるページを示して開かれる。]
──…
[今まで読んだことのない術式だ。
《奈落の書》は隅々まで読み尽くしたはずなのに。]
[だが、とてつもない力を秘めた魔法であることはわかる。
大魔術師にふさわしい──カタストロフ。]
ここ過ぎて曲節の悩みのむれに、
ここ過ぎて官能の愉楽のそのに、
ここ過ぎて神経のにがき魔睡に。
[初めて唱えるにも関わらず呪文は滑らかに唇から流れ出した。
印を切る指先にまで満ちる魔力。]
[“門”の影に覆われた黒い大地に亀裂が入る。
その奥から瘴気が溢れ出て槍と化して天を穿つ。
あたかもそれは、鏡映しの”門”が開いたごとく。
激しく容赦なく襲いかかる力。破滅の銅鑼。*]
[掴み掛からんと伸ばされたシェットラントの腕。
刃が深く、深く捩じ込まれる。
青白い炎に焦がされて血の色が失われてゆく、浮遊感。
新しい呪文を完成させて、ベリアンは頽れた。
まるで自分がしたこととも思えない。]
[傾いだ視線の先で、闇の力がシェットラントを貫くのを見た。]
あ…、
[これでは、シェットラントを殺してしまう──と思った。
それは 望まない のに。]
[自分が解放した力だ。
制御できるか── しなければ、 しなければ、]
──っ…うぐ、
[不意に痛みが身体中を切り刻み、ベリアンを磔にした。
「裁きの遅延」の効果が切れたと知る。
あるいは、別の──]
[痛みがすべてを凌駕してゆく。
肉体の枷が 重い。]
──欲しい。
[ベリアンは手を伸ばした。
知りたい。
”門”の向こうに何があるのか。]
[目眩がする。
もう、どちらが”門”でどちらが”門の影”かすら覚束ない。
歌が聞こえる。
それは──眠たくなるから止めろと言いたかったけれど、]
馬鹿ですね…
[《奈落の書》の代わりにシェットラントを抱いてこの時を迎えるなんて。
目を細めて、笑った。]
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