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― 寂静の間 ―
[監督官に従い歩む先に、扉が見えてくる。
近づくにつれて、不穏な気配が強くなってきた。
目隠しして歩いたときに感じたものに似ている。
神経尖らせながら進み、扉を抜けたところで驚愕に固まった。
様々な者達がいる中に、明らかに人間でない者が混ざる。
魔物としか呼びようがないそれらに連れられているのは、共に訓練した仲間たちだった。]
[見知った顔がある。あちらにもこちらにも。
目を覆いたくなるような姿で繋がれている者がいる。
魔物に寄り添い、幸せそうに笑っている者がいる。
聖騎士を手に入れるという魔王の謀略、
その結果が、これなのだと思い知る。
手元に剣があれば、手近な魔物に切りつけていたかもしれない。
候補生の顔を舐めまわしているそいつから視線を引きはがし、代わりに、傍らのひとの袖を強く握った。]
ここで、私に、なにをしろと……
[憤りと戦きに声が震える。
これほどの悪徳が行われていることへの怒りと、集った者たちに対する本能的な恐怖が体を駆け巡っていた。
それと、この状況を喜んでいるかつての仲間がいる事実への嘆きと、困惑と。
幸福に満たされた顔の者がいるのにも、心が動いた。]
[彼らの中を歩くふたりに目が吸い寄せられる。
鎖に繋がれているように見えるのは、ここで再会した友だった。]
ウェルシュ…!
[思わず上げた声が届くより先に、彼らは奥へ進んでいく。
玉座に座る尊大な漢の前で、ウェルシュが深く体を折り、頭を床につけるのが見えた。
どうして、と零れた疑問も、もう*届かない*]
[ウェルシュは薬で従わされ、他の者達も様々に奪われて、魔物を主人と仰ぐことになるという。
どれほどの許しがたい行いが行われたというのか。
聖騎士が貴重?酷い目にあわないように?
これ以上酷いことがあるだろうか。
魔王を擁護するかのようなことを言った天使の顔を見る。
どうしてそんなことを、と口を開きかけて止まった。
重なる指の温度と、『羨ましい』と告げる声の色に、心が揺らぐ。
あの魔物たちも、共に生きる者が欲しくて聖騎士を求めたのだろうか。
そして同胞たちは、その思いに応えたのだろうか。
ありえない、と否定しきれない自分がいる。]
[促されて、玉座を見た。
そこに座る男の威厳に満ちた態度は、言われずとも魔王であるとわかる。
聖騎士候補を引き込み、魔物に下げ渡した者。
恐ろしいだけの者とは見えなかった。
力ある者の驕慢は無い。慈父のような懐の深ささえ感じる。
天使が言うように、自分が"招かれた"のならば――]
私の望みを……
[言葉をなぞり、頷いて、魔王の元へ向かう。]
[しばらく見ていたから、魔王が聖騎士叙勲の真似事をしているのは分かっていた。
真に聖騎士を志す者としては、あれを受けるわけにはいかない。
それでも彼の前に立たねばならない。
天使の手を一度握ってから離し、玉座の前に歩み出た。]
魔界の王よ。
[膝をつくことなく、魔王の前に立つ。]
[間近で見る魔王には、それほどの恐怖を感じなかった。
剥き出しの害意を向けてきた魔狼とは違う。
人には抗えない自然の驚異めいて、畏怖を呼び覚ますと同時に抗いがたい魅力を備えている。
自ら膝を折りたくなる誘惑に耐えなければならなかった。]
私は正しき聖騎士の道を目指している。
魔の叙勲を受けることはできない。
[拒絶を伝えるにも、気力が必要だった。
そのうえ自分は、己の要求を通そうとしているのだ。
ゆっくり深く息を吸って、肚に溜める。]
だが、私はここに、魔と添わせるために招かれたと聞いた。
私を求める者の手を離すことはできない。
私は彼と、人の世界で共に生きたい願っている。
彼を魔界より連れ出すことを許してもらえるだろうか。
[天使を主と仰ぎ、彼だけの聖騎士になるのではなく、民のために身を捧げる道を行きながら、彼を傍に伴っていたい。
無論それは人狼の王の魂も常に側あることに他ならない。
それも覚悟の上だった。*]
[魔王の前に立って頭を上げていられたのも、影のように傍に立つひとを感じ、守護者になると誓ってくれた証の羽根を胸に差していたからだ。
魔王の視線が彼に向けば息を詰め、遣り取りを見守る。
同道を拒まれたなら。
そんな弱気もあったが、求める言葉が響き合い木霊する。
胸に灯が点る思いだった。
受肉を求めた彼がどうなるのか、人である身には理解が難しかったが、示してくれる決意が嬉しい。]
[魔王が天使の求めを了承し、錫杖を向ける。
その先端から黒いものが飛び出すさまに、息を吞んだ。
攻撃の意図を感じていたら体を張ってでも庇っただろう。
けれども禍々しくはあっても害意は感じなかったから、黒いものが蠢くさまを、拳を握って見つめていた。]
[黒が離れ、金色の珠が渡される。
魔狼を呼び出すものだという。
今でも、あれが目の前に現れることを考えると恐ろしい。
けれどもふたりで行くためには克服しなければならない。
その瞬間をこちらで決められるのなら、いくらでも覚悟できる。
ご馳走を周囲に山盛り用意したら、さすがの狼も大人しくなるのだろうか。
あの肉球の手で、グラスを持て余す姿を想像する余裕もできた。]
感謝する。
[寛容かつ思慮深い魔王の対応に、万感を込めて礼を言う。]
[そして改めて、旅路を共にすることになった彼と向き合う。
この場合、伴侶、と言うべきなのだろうか。]
これから、よろしく頼む。
[師であり守護者である彼へ、いくらかはにかみながら、抱擁を求めた。*]
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