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――ベルガ研・実剣私室――
[そこに居るのは白英と実剣の二人だけだった。
二人は重厚な木目の机を挟んで相対しており、互いに視線を外さなかった。
相対……言っても、実剣は普段通りのにやけた心の奥が見えない笑みを浮かべているので、白英には相手の本心が読み取れない]
「さて……」
[先に口を開いたのは実剣だった]
「今回の件について、弁明があるなら伺いますが?」
「はい。まずはこちらをご覧ください」
[間髪いれずに返答し、差し出したのは報告書とビルドタイプの分析表だ]
「まずR-01についてですが、ドクターの今後の研究かかる手間隙を鑑みて、R-01及びローレルを失うのは失策と判断しました」
「確かに。また一年近くの時間を削られるのは、人類の発展と勝利に多大な影響を及ぼしますね」
「はい。また今回のバーサーカーモードに機体がついていけないという問題点が浮き彫りになりましたので、二点を含め独断で作戦を中断しました」
「ふむ……」
[実剣は白英の言葉に小さく頷いて、報告書に目を通し始めた。
別段、怪しい箇所はない……筈だ。ケリィとジェラードを交えて、精査したので不必要な部分の記載はないだろう]
(ただ、ドクターがどこまで情報を持っているかわからないのが難点ね……)
[心の中で愚痴を零してもせん無い事ではあるが、実剣と話す度に同じ事を思ってしまう。
と、そんな事を思っていると、すっと実剣は指を動かした。
それはビルドラプターとの一対一の報告文の上をなぞる]
「このビルドラプターのシステムをR-01とG-04に転用するというのはどういう意味ですか?」
「はい。ビルドラプターの動作を分析した結果、獣の……虎の動きを正確にトレースできる事が判明しました。にも拘らずその後の戦闘になんら乱れが見受けられませんでした」
「それで?」
「つまり、本来人間ではついていけない獣の動きを持ち合わせながらも、パイロットには支障を与えないコックピットシステムと機体システムを採用していると思われます」
「なるほど。バーサーカーモードは人間の限界を超えた動きを行わせる。今回機体に無理がかかったのは、その部分に弱点があるという訳ですか」
[バーサーカーモードは本能のおもむくまま……人でありながら獣の動きを機体に強制する。その結果、人間としての動きを基礎として製作されたR-01では、パイロットについていけなくなった。
それを理解すると、蛇が背中を撫でたような、おぞける笑みを浮かべた]
「わかりました。今回の作戦中断の判断については不問とします」
「ありがとうございます」
「では下がっていいですよ」
「はい」
[敬礼し、退室しようとドアが開いた時、実剣はああそうだ。と、さも忘れていたかのように口を開いた]
「次のターゲットが決まりましたよ。次は」
「……次……ですか? しかしまだローレルは……」
[バーサーカーモードの影響で、ローレルは意識不明の重体に陥っていた。今はケリィとジェラードが二人付き添っているが、連絡がないところを見ると未だ目覚めていないのだろう。
しかし実剣は、それがなにか? と言わんばかりにデスクに肘を置いて組んだ手の上に顎を乗せた]
「おや? 別に意識がなくても出撃はできるじゃないですか。もちろん、バーサーカーとしてですが」
[それは意識が戻らない場合は再びバーサーカーモードによって、強制的に戦わせると……。
激しい怒りが白英の心を掻き乱す。
唇を噛み切って流れ出た血液が顎へと垂れていくのがわかる。だから]
「了解しました……」
[声を震えさせずに言葉が口をついた時、自分を褒めてやりたい気分になった。
そんな彼女の反応に満足したのか、実剣はターゲットの名を告げた。
背中でターゲット名を聞き、白英は退室した。
背後でドアが無機質な音を立てて閉じたのに、彼女はその場を動かなかった。
代わりにわなわなと震えだした腕を振りかぶり、正面の壁を力の限り強打した。
皮膚が裂け、拳から血が流れる。
そのおかげで、ほんの少しだけ頭の血が下がった気がした。
大きく深呼吸し、しばらくの間己を静めてから、ポケットから通信機を取り出すとジェラードへ発進した]
「ジェラード? ローレルの容態はどう?」
[名乗るのすら惜しいと言わんばかりに怒気の篭った通信に、ジェラードは白英の心情を察してか、一度ちらりとICUのガラスの向こうを見てから答えた]
「まだ目覚めないが、脳にも致命的なダメージはないという話だ」
「そう。何時頃目覚めそう?」
「そうだな……。見立てでは一両日中というところか」
[ジェラードの返答に、通信機の向こうで白英が黙り込んだ。
その空気にただならぬものを感じた]
「……白英?」
「次の……ターゲットが決まったわ」
「……そうか」
[あの実剣の事だ。そうなる予感はしていたジェラードは、白英ほど怒る事もなく冷静に事実を受け止めた]
「で、次のドクターの実験台は?」
「また民間機動兵器よ」
「と、いうことは、Rainbow Arch社か……」
「いえ、もう一つの方よ」
「つまり?」
「クレモトのクレイカ」
[それは完全に弱者いびりじゃないかと、ジェラードは思った。
いくら趣味の範囲で戦果をあげてもおかしくはないロボットを作ったとはいえ、小隊単位のこちらとでは、圧倒的な戦力差がある]
「どうする?」
[ビルドタイプであれば脱走するための大出力攻撃があったかもしれない。だがクレイカの場合、それを期待できるか……。
そう考えてた時、白英から希望となりえるかもしれない言葉が飛び出した]
「ビルドラプターのパイロットに連絡を取るわ」
[廊下を大きく踏み鳴らしながら、白英はシュテルンから送信されてきたアドレスを思い出していた]
「んで、ビルドのパイロットは役に立ってくれんのかよ?」
[W-03のコックピットに半身を入れて手元を覗いてくるケリィを、まるで蝿を祓うようにあしらいながら、Stern_Dietzgen@Grosenhang.Mcl.co.jp というアドレスを入力していく]
「さぁ」
「さぁって……」
「何かあれば連絡してって言ってたんだし、いいんじゃない?」
「無責任だなぁ」
「相手の好意は骨になるまでしゃぶりつくせって言うのよ」
「何だそれ?」
「昔の作家が言った名言」
[実際は親の脛は骨になるまでしゃぶりつくせ(実話)という言葉なのだが、そんな話をしたところで生産的な会話を期待できないので、そのまま黙ってキーを打っていく]
「ファイヤーウォール構築……。ダミープログラムを毎秒20の五乗の割合で分裂送信」
「ひでぇウイルスを見た……」
「邪魔するなら出て行って」
「興味あるんだからしかたねーだろ」
「なら黙ってなさい」
[苦言を口にしながらも指は止まらない。プロキシをかけて経由するサーバーをナイトツアーと同じく、全てのサーバーを経由しながらも元のサーバーに戻ってくるという相手の裏をつく方法で確定。
そのままGrosenhang.Mcl.co.jpのドメインサーバーにハッキング。
中からシュテルンに関係しそうなアドレスを発見するや、そこから強引にビルドラプターのモニターに潜り込んだ]
「毎回おもうけどよー」
「何?」
「お前、悪いヤツだよな」
「貴方もね」
[言ってエンターキーを大きく弾くように打つと、メールではなく相手にチャット形式
文章を送るラインを構築した。
それはもしかしたらビルドファルケンのAIに気づかれているかもしれないが、そんな事は知らずに、相手モニターに文章を表示させた]
『クレイカについて緊急案件あり。連絡を請う』
「これでよし。ホットラインは繋いだままにしてるし、後は相手が反応してくれるのを待つだけね」
[自分の仕事を終え、シートに深く背をもたれた白英に、ケリィはお疲れさんと労いの言葉をかけた]
「……きた!」
「マジかよ」
[チャットを打ち込んで数瞬。
>>+10と戻ってきた返答に、白英は笑顔を浮かべ、ケリィは驚きの声をあげた]
「なんつーか、虎のパイロットって、告っても「いい人だけど……お友達でいましょう」とか言われそうな奴だな」
「変な例えしないの。いい人ならそれに越したことないじゃない」
「ごもっとも」
[ようやく口を閉じたケリィを一度だけ見てから、どう打つべきか文章を少し考えてキータッチを始めた]
『Wよりタイガーへ。次ターゲットクレイカとの通信中継求む』
[あえて名前を名乗らないのは、シュテルンの身を案じてだ。
だから自分のカラーの頭文字のみを記載してエンターキーを押した。
シュテルンが気づいてくれると信じて]
[戻ってきた返事に、白英はふむと顎に手を当てた。
文からこちらについてよくわかっていないかもしれないが、それでも具体的にと聞いてくる辺り、彼のいい人さが滲み出ている]
「……なぁ」
[そんな動きを止めた妹に、ケリィイが徐に声をかけた]
「何?」
「お前、こういう奴タイプだろ」
「……その首叩き折るわよ」
[嫌いではないが(利用できるという意味で)、そういう感情をもったことがないのでよくわからない。
それはともかく]
「直接的に言っても大丈夫かしらね」
「見つかったらあぶねーな」
「その時はラプターのパイロットのクビが飛んで、私達は臓器のアルコール漬けに変わるだけで済むわ」
「それをそれだけっていうのも怖いわ」
[それでも大して驚かずに茶化す言い方ができるのは、彼もその程度の想像はしているからだろう]
「ま、やることやったら結果はごろうじろっていうし、言っちゃえば?」
「これまで濁してたのが馬鹿らしくなる結論だけど、それがいいかしらね」
[嘆息して打つ]
『実験からの脱走の手引きを』
[>>+15にこちらの希望を伝えた]
[>>+16と戻ってきたメッセージに、白英は大きく頷いた]
「……私達が脱走したいという風に取ったのか、クレイカの関係者へ逃げろという意味にとったのかどっちともとれる感じがするけど……」
「もう俺達が脱走したいから手助けしてくれって言えばよかったんじゃねーか?」
「かもね……。でも、これでクレイカの関係者とのパイプを繋げられたのも事実よ。演技してもらうなり逃げるなり、こちらから相手を主導できるのは大きいわ」
「OK。後はまかせ……っと、ジェラードからだ」
[バイブ機能にしていた通信機が振るえ、即座に出る]
『ローレルが目覚めた』
「了解。今は安静にしろって言っておけ」
『言われなくても。それと、ドクターから出撃は明日と連絡があった』
「急ね……。まぁわかってたことだけれど」
「んだな。んじゃこっちが落ち着いたら連絡する」
[それだけ言って、白英と視線を合わせてから]
「それで、どうする?」
「できればワンクッション置きたいところだけれど、時間がないわ。連絡時間をクレイカの関係者に伝えてもらって、その時間にこちらから強制ハックかけるわ」
「また脅威のウイルスが世界を駆け回るってか」
「ダミーを振りまく程度のウイルスは脅威とは言わないわ。っと、送信」
『一時間後、ターゲットへこちらから通信を試みる。モニター前にて待機と連絡希望』
[シュテルンから>>+17と連絡が来て、ほっと一息ついた]
「ま、後は時間までのんびりだな」
「そうね」
「コーヒー飲むか?」
「今はココアって心境」
「これだから頭脳労働ってのは甘党が多い」
「頭の中にチップ入ってるんだからしょうがないじゃない」
[とんとんと前頭葉の部分を叩いた白英に、そんなもんかねと言葉を漏らして、ケリィはW-03を離れた]
――病室――
もう。大げさなんだからー。
[ICUからすぐに一般個室に移動したローレルの明るい声が響いた。
それを無表情で聞きながらジェラードは小さく息をついた]
「無理はするな。バーサーカーシステムの起動がどれだけ体に負担をかけるか、十分の一かもしれないが理解はできる」
別にそこまでじゃないってばー。
[明るく笑ってパタパタと手を振るが、それが更にいたたまれない。
未だに取れない点滴やチューブをがその思いを更に加速させる。
実は前にケリィの実験に付き合った事がある。その時、あの体の丈夫さが自慢の彼が五日間意識を失った。姉と妹には適当に誤魔化したが、目尻から血を流してコックピットから運び出された彼の姿は今も脳裏に焼きついている]
[ローレルの場合はR-01がバランス型のおかげか、バーサーカーシステムの出力がG-04にくらべて弱いのが幸いした。ぐったりとしただけの彼女を見て、ほっとしたのはジェラードとケリィの二人だけだ。
白英は取り乱したが、ジェラードがとりなしたおかげですぐに冷静さを取り戻してくれたのは、僥倖というしかない。おかげで今は今後の脱走計画についてシュテルンに連絡をつけていてくれる。
ケリィからの連絡では、クレイカの関係者へ繋ぎをつけられたらしいので、後は任せておいて大丈夫だろう。
そんな考えが顔に出たのか、すっと手を触れられて弾かれたように顔を上げた]
もー。何考えてるのかなー。
「いや……ローレルが無事でよかったって思ってるだけだ」
[本心からそう思う。
だが彼女は少し困った顔をした]
もー。みんなが私を心配して逃げようとしているくらいに、おねーちゃんだってみんなの心配してるんだから。
「……は?」
[その時の彼の表情をなんといえばいいのだろうか。
強いて言うなら悪戯を発見された子供というところか。
そんなジェラードの顔を見てクスクスと笑った]
弟達が私の事をちゃーんとわかってるように、おねーちゃんもみんなの事は知ってるのだ。
「……何時から?」
最初から。みんなが私のために色々と考えてくれてるなって。
[もうなんと言っていいのかわからない。額に手を当てて言葉を捜すが、今の心情を表してくれるよい表現が浮かばない。
そんな弟の姿に、まーまーと背中を叩いてから]
今度相談する時はおねーちゃんも入れてね。
[そう言ってにこりと笑う姉を見て、叶わないなと心の中でごちた]
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