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[ 侍女らに指示を出しているのだとばかり思っていたが、紅の魔性は姫にまで術をかけようとしていた。]
── なにをしている…!
[ すぐさま介入したものの、魔術は騎士の領分ではなく、力及ばない。
姫は瞼を閉じ、呼びかけの声も届かないようだった。]
…く、
[ 魔性が口にしたまじないの言葉通りの効果を発するものであれば、姫に害はなさそうなのが、かろうじて救いだ。
魔法の夢に囚われた姫が、眠りのうちに椅子から落ちぬようにと支える。
抱えて寝台へ運ぶ所存だ。*]
[ 踵を返した紅の魔性の背を睨むが、その後を追うことはしなかった。]
お傍を離れるわけにはいかない。
[ 眠っていれば安全という式は成り立つものではない。
操られている侍女たちとて、何の保証になるものでもなかった。
紅の魔性が、彼なりに要請に対処してくれているのは感じる。
むやみと拒絶したいわけではない。
ただ、]
彼女が目覚めた時、わたしの姿が見えなければ不安に思うだろう。
[ 姫を守ることが最重要なのは譲れなかった。]
[ 勘違いをしている、と指摘されて唇を引き結ぶ。
街が破壊される様子を示され、拳を握りしめる。]
──…、
[ 差し出された手を睨み──、歩み寄って、殴りかかった。]
貴君の言葉が真ゆえに、な。
[ 彼我の力量の差、そして姫の安全のために自分は彼に従わざるを得ないだろう。
だが、城下の人々の生活を破壊されて、従容と受け入れるほど遜るつもりはない。
その思いを一撃に託す。*]
あ、一発言落とし損ねた(
>>=18の前にこれエア補完↓
[ 黒い繭が姫を包み込むのを目の当たりにして、思わず駆け寄る。
姫を助け出そうと試みたが、滑らかな闇はすべてを弾いた。]
…檻ではないか!
[ 次第に姫の自由が奪われてゆくことに抗議をしたが、姫自身には囚われた自覚もないだろう。
繭を透かして朧げに見える姿は、天蓋付きのベッドで眠るのと大差ない。]
[ 握り拳は、しっかりとした手応えに包み込まれた。
そのまま、引き寄せられて間合いがゼロになる。
楽しげな様子が、触れ合った体から伝わってきた。
それでいい、という。
やはり武術に興味があるのか。]
[ 人の体でもっとも体温が低いとされる耳朶に、なおも冷たい魔物の唇と牙と舌が触れて、三様の戦慄を呼び覚ます。
思わず息を吸い止めたのを、予備動作にかえて、抑えられた拳とは逆側の腕を振るい、肘打ちを狙った。
シェットラントは護衛という立場上、剣術だけでなく格闘にも覚えがある。
人型の魔性に手加減することはしなかった。*]
[ 攻撃は抵抗なく逸らされ、ダメージを与えられない。
シェットラントの動きさえ計算の内のように、紅の魔性は背後に移動していた。
鎧の留め具が壊され、わずかな解放感と偏った重みの違和感を同時に味わう。
こんな攻撃を受けるのは初めてだったが、半端に装着した鎧は確かに邪魔になる。]
──ふッ!
[ 間合いをとって体勢を整えようと、振り向き様に低い回し蹴りを放った。
動き続けよう。
それが、逡巡を差し挟ませないことにもつながる。*]
[ 思惑どおりに間合いをとることができたが、彼の存在感は少しも薄れることがなかった。
鎧の留め金をすべて外してみせることもできると、そんな挑発じみた言葉を投げかけてくる。]
──…、
[ 中途半端に壊されて動きの不自由が生じているが、短気をおこして自分から鎧を脱いだりはすまい。
鎧を剥ぎ服を切り刻むのが楽しいなら、してみるがいい。
肌を晒したところで恥じらう乙女ではないのだ。
招く指先には小さく頷いてみせた。
それでもすぐに突っ込むことはせず、この部屋の中に魔に有効な手立てはなかったかと思考する。*]
[ 視線が流れる。
イコンが飾られた小さな祭壇に、銀の燭台があった。
そう。銀だ。
蝋燭が刺さっているピンは十分に長く、鋭いだろう。
答えを誘導されたのだと気づくこともなく、それを手にとることに決め、魔性を警戒しつつ暖炉の方へと近づく。*]
殺す?
[ 魔性が口にした物騒な言葉をなぞるように繰り返す。
彼を殺したりすれば、封印は解けてしまうのではないかと思ったけれど、違うのか。
構わないと、楽しげに笑っているから、受けて立つ気は充分にあるのだろう。
…というより、むしろ試されたいのか。
相手が承知しているならと、泰然と銀の燭台を手に取る。]
── お許しを。
[ 小さく囁いたのは、むろん、目の前の相手へではなく、祭壇に捧げられた燭台を本来の用途以外のことに用いる件についてだ。]
[ 蝋燭を外して祭壇に置き、燭台の重心を確かめるように軽く振ってから、紅の魔性の前へと歩いて戻る。]
未知の領分だ。
[ どうなるかわからない、と言いおいた後、まずは両手に燭台を持って、渾身の力で横薙ぎに胴払いをかけた。
風を切る鈍い音を聞く。*]
[ 初めての相手という発言に、わざわざ頷いたりはしなかったが、魔物狩人ではないのだから自明の理だ。
彼から学び、その場で己が血肉とする所存。
間合いを詰めてくる動きのせいで、打撃点は手前にずらされ、威力を削がれる。
弾けるような音がしたのは、シェットラントの鎧の方だった。]
── 、
[ 銀器に触れただけで焦げた服は、魔性の一部だったらしい。
果たして痛みを感じているのか。
何故か嬉しそうな声からはよくわからなかった。]
[ こんな扱いをしても歪まない頑丈な燭台を作った隣国の腕のいい職人を心の中で称賛しておく。
檳榔卿は、使い手にもよると褒めてくれたようだから、会釈しておいた。
次は、より急所に当ててゆくつもりだ。
鎧を少しずつ壊すのを彼の好きにさせているのも、その動きの速さに慣れ、順応するための手立てである。
今度は、盾を前にかざし、燭台がどこから襲ってくるかわからないようにして、攻める。*]
[ 常に護る立場にあったシェットラントは、今、攻める立場に身をおいて、その自由さを呼吸していた。]
ゆけるところまで ──
[ 夜明けまでの時間稼ぎなど、頭の隅にもない。]
──っ、 お…!
[ 再度の攻撃。
下から擦り上げる銀燭台の動きを躱されたのみならず、真正面から体を躍りこえられて思わず声が出た。
肩に触れた掌の感触はあくまでも軽いものだ。
先ほど、耳朶を弄った薄い唇の感触にも似ていようか。
背後をとられた危機感と、驚異的な身体運用への感嘆が分離不可分に入り混じって、背筋を走る。]
[ 触れたい──届かせたい。 もっと。]
退けっ!
[ 槍の石突きで背後の敵をいなす要領で、腰を落としながら、燭台を後ろに押し込む。*]
[ 肩にかかっていた金属の重量と拘束が変質した。
檳榔卿の指先が背中に触れてきて、もはや鎧が存在しないことを直裁的に悟らせる。]
──っ
[ 猫が玩具を突き回すように鎧を少しずつ破壊して楽しんでいたはずの魔性だが、本気を見せたくなったということだろうか。
溶け落ちた鎧の残滓は、彼の指の延長であるかのように生温かく腰の窪みから鼠蹊部へと伝い落ち、不測の反応を呼び覚ます。
だが、泥とは違い、衣服に染み込むことも絨毯に色を残すこともなかった。]
[ とっさの反撃には手応えがあって、彼の気配が離れる。
だが、その手にはシェットラントのものであった剣が握られていた。
その気になれば、その指先ひとつで人を骨まで切り裂くこともできるだろうに何のつもりか。]
…ふぅっ
[ 呼吸が早く、熱くなっているのは、動き続けているせいだけではあるまい。
戦いのために作られた剣と燭台とでは、勝負に持ち込むのもさらに難しいが、選り好みをしていられる場合ではなかった。
身軽になった分、素早い攻撃で、剣を握る相手の手を狙ってゆく。*]
[ 鎧を失った身には危険な剣をまず叩き落とそうと試みたのだが、紅の魔性は銀燭台の攻撃を素手で押さえ込んだ。
そうしておいて、剣を走らせてくる。
シェットラントの胸元を滑った剣先は、涼感の後に微熱をはらんだ痛みを烙した。
糸ほどの細い傷。
己の剣にそれほどの切れ味があるとは驚きだ。
やはり、使い手の力量によるのだろう。
出血しているようではあったが、傷は浅い。
対して、聖なる金属は魔性の肌を焼き、肉体の損壊を招いている。
カウンターを取りにきたにしては、魔性にとって分の悪い取引ではなかったか。]
[ けれど、彼が口にしたのは、歓迎の言葉だった。
痛みを感じていないか、価値観に相違があるのか。]
貴君は、普段、どんな暮らしをしているのか。
[ わざわざ拉致までしてきて試合おうとは、あまり人間と交流する機会がなく寂しいのかもしれないと、ふと疑問が口に出る。*]
[ 檳榔卿の手を離れた剣が床に落ちる。
その時にはもう、鮮紅が目の前にあった。
覗き込む瞳はさながら柘榴石の核。
身震いするほどに深い。]
── いい、
[ 知りたいかと尋ねられて、問いを撤回したが、背中に回された手は揺るがない。
どこか濡れて滑る感触は彼の傷ゆえか。]
[ こうして直接に感じる生身の人間ならざる体温に、ぞくりとした。
紅の魔性は、剃刀にも似た爪でシェットラントの衣服を、肌を裂く。
すぐにも殺せる力を持っているのに、そうせず弄ぶ様はまるで猫だ。
傷に生じた血の連珠は流れて彼の血肉と混じり合ってしまう。
何かとても──落ち着かない。]
[ このままではいけない。
痛みが、覚悟が血を疾く熱くする。
生殺与奪を握られていることを感じながら、闘志は消えていなかった。]
── させるか…っ
[ 左手を伸ばして、紅髪の後頭部を抱え込むようにしながら、腰を折り後ろに重心を傾ける。
自ら倒れ込む勢いを利用して相手を投げ飛ばす体術の技だ。*]
[ 檳榔卿を投げ飛ばしてシェットラント自身は受け身をとって立ち上がるつもりの動作が、途中で転換を強要される。
気づけば、仰向けに押し倒され、マウントを取られていた。
捻じ上げられていた手に持っていた銀の燭台はどこへ転がったか、今は手元にない。]
──ッ
[ のしかかる気配に反射的に殴りかかる動きも防がれてしまう。
彼のもう一方の手が、残っていた衣類の残骸を掴んで破りとった。]
[ 服の下に武器を隠し持っていないか警戒したわけであるまい。
幾筋もの赤が刻まれた肌を見下ろす彼の眼差しと息づかいは、別種の高揚を想起させるものだ。
血を奪う、のではなく「あげよう」という宣言が何を意図してのものか、にわかにはわかりかねたが、歓迎すべきものではないと直感が告げている。
試合ならば、負けを認めれば済むだろう。仕切り直して健闘を称えればいい。
だが、彼がそんなルールの範疇に収まるはずもなかった。
唇を引き結ぶと、膝を立てて彼を押しのけ覆すべく力を籠める。*]
[ 跳ね除けようという行為とは裏腹に、シェットラントの耳は彼の紡ぐ言葉を聞き流すことはない。
支配に慣れた、鷹揚でよく通る声だ。]
別の 楽しみ…、
[ これまで、シェットラントは魔物と対峙したことはない。
だから二次的な情報ではあったが、今回の乱の主体である吸血鬼というのは人の生血を、それも処女・童貞を好んで啜るということくらいは聞き知っている。
その伝でいうならば、シェットラントも獲物に相応しいわけだ。
姫が嫁ぐまで、自分自身も純潔を保って務めようと決めているだけのことで、これまで意識もしなかったけれど。]
[ 人ならざる力で押さえ込まれてしまえば、彼が傷口の血を舐めとるのを阻止することはできない。
血を吸われること自体は罪ではないと思う。
浅い傷が溢した血はそれほどの量ではなかった。
むしろ、吸い付ける唇の感触の方が強烈で、意識をもっていかれそうになる。]
それくらいにしておかないと──、 んっ
[ 失血によって体力を失い、動けなくなってしまっては護衛失格だ。
服を脱げという命令に、律儀に反論する。]
全身から血を吸われるわけにはいかない。
護衛としての務めを全うさせてほしい。
*
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