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─ ジャニュアリー島上空 ─
[青い海に浮かぶ島の影を眺めていた。
輸送機の堅いシートは決して座り心地がいいものではなかったが、機内はほぼ占有状態だ。
足を伸ばしてその空間を堪能していると、教官に指名された男に最終確認だと呼ばれた。>>5
敬語を省いた彼の伺いの言葉は王族たるミヒャエルの耳には不遜に響いたが、教官というものは得てしてそうであると士官学校で体験している。
他国でもそれは変わらないのだろう。
──と、問うておいて答えも待たず、俄教官は空に身を投げ出した。
ベルトで繋がれたミヒャエルもろとも。]
[心臓が跳ね上がったが、声は上げなかった──
というより風が叩きつけてくるのでそれどころではなかった。
夢のような自由落下に続き、バサリと音がしてベルトに負荷がかかる。
頭上に開いたのは白い天使の羽──ならぬパラシュートだ。
首を反らして見上げれば、教官の胸に後頭部がぶつかった。]
─ 上空 ─
[海とは違う青をたたえた空に広がるパラシュートの白。
それを見上げていたら、さっそく指導が入った。>>36
ハッとして言われた通りに視線を戻したが、やけに頭を小突かれた。
狙った場所へ下りるのにこまめな操作で忙しいはずだ。何をしている。]
…ふンっ
[膝を曲げて後ろ蹴りしてやろうと思ったが宙吊り姿勢では上手くいかなかった。
島の形、沿岸の船、植物の色を視界におさめる。]
─ 湖畔 ─
[パラシュートはベルトでつながれた二人の体重を支えてゆっくりと降下していった。
ほどなく、木々を巧みに避けて湖畔へと下り立つ。
背の男の体重が覆い被さってくるかと着地の瞬間に備えたものの、衝撃はあっさりと殺された。
エスコートの上手い男みたいだな。
パラシュートを畳む手際もよかった。
と、恬淡とした色の眼と声がミヒャエルに向けられる。>>37]
待て、
わたしは貴官の国との合同作戦の指揮をとるべく派遣された。
事前に演習があるとは聞いているが、
訓練?
[目の前に置かれた背嚢に納得できない視線を落とす。
自炊訓練や野営なら士官学校でもやった。
それを何故、今更、つい先日まで敵国人だった男に試されるようなことになっているのだ?]
[断定的な、自信に満ちたと言っていいほどの態度で答えが返ってくる。>>49
「君のためだけの教官」という言葉には、どこかくすぐられるものがあった。>>50]
指示書はないのか?
[元敵国所属の人間とはいえ、この男が嘘をついているようには思えなかったけれど、素直に信頼してやるのも癪でそう投げ返す。
かく言う自分は書類などろくに読まずに置いてきてしまっていた。]
[整然とした理由で、指令書の提示は拒否された。>>55
この訓練の正当性を信じるも疑うも、判断はミヒャエルに委ねられる。
自分は王位継承順3位の王族である。
この訓練がこの先の人生に役立つのか──そう考え、すぐに、否、と己が判断基準を取り消した。
利得で決めてはいけない。
できるか。やりたいか。信じるか。責任を負えるか。]
[教官──お目付役の彼が宣言どおりに”任務”を遂行するだろうという感触もあった。>>56
そのロジックを隅々まで理解したとは言えないが。
ミヒャエルを王子ではなく訓練生と呼ぶのも、安全保障の一環だろうと受け入れる。]
なるほど──了見した。
ハーマイオス訓練生は、一泊の野営の後、徒歩にて宿舎へ向かう。
[先程の指示を復唱して、背嚢を拾い上げる。]
ところで、貴官──教官のことは何と呼べばいい?
[陸軍特務部隊所属、と口の中で咀嚼してみる。>>63
自国のそれに比すならば軍エリートだ。
その一方で、貴族にしては簡潔な名である。
どこか聞き覚えがある気もしたが、思い出せない。
折り目正しい敬礼に条件反射的に答礼した。]
素性を隠したりしないんだな。
[公平の観念だろうか、パレても怖くないと思われているのか。
フイと視線を反らして、宿舎があると言われた方向を見やる。]
行こう。
[背嚢から、地図とコンパスを取り出し、シースナイフを腰のベルトに差した。
ちなみに左利きだ。銃は両手で扱えるよう訓練したが、普段の作業は左手で行う。
とりあえずは開けた湖畔を進むことにした。]
[「もう」ではなく「今は」敵ではないとフェリクスは言った。>>69
些細なことが刺さったトゲのように疼いて、唇を引き結んで先を急ぐ。
島の地形は空からも確認しているので、その記憶と地図を突き合わせながら進んだ。
温暖な気候のようで緑が濃い。生き物の気配も少なくない。
尖ったものを踏み抜いたりしないよう、足元に注意は払いつつも、別段、隠密行動はとらなかった。
足音で逃げてくれる相手ならその方が好都合だ。]
[食糧だの燃料だのは、今のところ探さない。
陽が落ちる前に野営地は確保するつもりだ。採集はそれからでいいと考えている。]
二人分、
[確保してみせると決めている。
フェリクスは減らないレーションを抱えて宿舎までついてくればいい。]
前にも、この島に来たことがあるのか?
予測される危険を知りたい。
[しばらくしてフェリクスに話しかけたのは、気を紛らわすための雑談ではなく情報収集のつもりだ。
道なき道なき道を進むのにちょっと退屈してきたところ。
求めたのは教官というより参謀の役回りかもしれないが、自分に必要なのは力任せの藪漕ぎ能力ではなく、指揮──適切なルートを選ぶ能力だと思う。
甘えて頼ったワケじゃない。つもり。 喉かわいた。]
[問えば、フェリクスの口から率直に、島に暮らす危険生物について情報が開示される。>>79
さすがに士官学校で野獣戦は教わっていないが、フェリクスの言う通り、やたらと襲ってくるものでもあるまい。
子連れの群れに近づいたりしなければいい。
先程、彼はミヒャエルの身を守ると言った。
大口径の銃はその言葉を裏付けるものとして安心できる。
だからといってわざと危険に踏み込む愚を犯すつもりはない。
周囲に注意しつつ、情報に怖じけた訳ではないと示すように殊更、悠然と歩いてみせた。]
[それでも慣れぬ環境は疲労を蓄積させる。>>80
フェリクスからアドバイスが飛んで、そのことを自覚させられた。
湖で水だけでも確保しなかったのを少々、後悔していた。
言われたように耳に意識を集中させてみれば、確かに水音が聞こえる。]
助かる。
[礼の気持ちと安堵とを重ねて言葉にし、水の流れを求めて移動した。]
[ほどなく川と呼ぶほど広くはないせせらぎに辿り着く。
川縁の泥には偶蹄類と見分けられる足跡の他に──]
靴の跡がある。
新しそうだ。 我ら以外に誰かいる。
[しばらく前にカレルがここで泳いでいた>>31とまでは見抜けないまでも、なんとなく気持ちが騒いだ。
水場はいろんなものを引き寄せる。]
[フェリクスの視線が小さな魚影を追っている。>>115
装備品にダイナマイトか手榴弾があったら、水に投げ込んでいたところだ。
爆破で魚を気絶させて獲るというのを一回やってみたかったのだ。
もちろん、そんな物騒なアイテムは渡されていない。]
小骨のある魚は好きじゃない。
[負け惜しみを言って流れに背を向けた。]
[他にも訓練生がいると知らされ、他と比べる必要はないが、などと言われると意地を張りたくもなる。>>116]
おまえの自慢の種にするためにやっていると思っているならお門違いだぞ。
[太い茎の先端に大きな一枚葉の広がる特徴的な植物の根元を掘り返す。
思ったとおり、肥大化した根塊があった。仔細はわからないがタロイモの類だ。
それなりに腹持ちのする食糧になるだろう。]
[芋を手に入れた後は、ペースを落して進みながら、条件のいい場所を探す。
水場からさほど離れていない張り出した岩の下を休憩所と決めた。
深い洞窟では逃げ場がないし、獣の巣になっていることも多い。
ここなら驟雨があっても濡れずに済む。
似たような場所から乾いた石と木を集めてくると、簡易竈を作って防水マッチで火を起こす。
芋は葉で包んで蒸し焼きにした。
水は汲んできていない。
王子たる身、泥の混じった生水を啜るつもりはなかった。
何か食べれば飲まずとも大丈夫だろうというのは明らかな経験不足からくる判断であったが。]
こちらへ来て座らないか。
[フェリクスを呼ぶ。]
[手際がいいと言われ、そうか、と素直に嬉しくなった。>>124]
自分の好きな方法でやっていいというのは、あまりないからな。
[楽しんでいる、と伝える。]
[狼の遠吠えが聞こえれば、風向きを調べるように梢を見上げた。]
森の中は暗くなるのが早そうだ。
宿舎までの行程にも無理はない計算だし、ここで野営する。
火は…絶やさない方がいいのか?
人を襲う狼なら、この程度の焚き火は意に介さないように思うが。
[火の番をするとなると交代で寝ることになるか。
フェリクスの反応を伺う。]
[と、芋の焼け具合を指摘されて、急いで木の棒で包みを竈の外へ転がした。
火傷しないようしばし冷ましてから、蒸し上がった芋の皮をナイフで削ぎ落とし、フェリクスに食べるよう促す。
調味料はない。粘り気の強い柔らかな芋だ。
火の通りにいくらかムラがあるのはご愛嬌。]
潰して団子にして焼いた方がよかったかな。
[まだ残りはあるから、明日の朝はそうしてみようと思う。
芋を食べたら余計に喉が乾いた。果実でも見つかるといいが。
疲れているが、寝るにはちょっと早すぎる時間だ。**]
[フェリクスは風に耳を傾ける。>>138
それはどこか狼たちの遠吠え通信を判別しているかような表情に思われた。
狼たちの言葉がわかるとでもいうような。
この男は、今まで会ったことのないタイプだ。
当たり前か──つい先頃までは敵だったのだし。
むやみな脅しを投げるでもなく、フェリクスは獣避けのアドバイスを授ける。
小枝が肉球に刺さるのを厭がってのことか、踏めばパキパキとが音をたてるというトラップだろうか?
理屈を聞いてみる。知識を求めるのは恥じゃない、し、彼の口調が心地いいのもある。
そんなことは言わないけれど。]
[ミヒャエルが供した蒸し芋だけの食事をフェリクスは褒めて明日の朝食にも期待してくれた。
お世辞ばかりではない証拠に指まで舐めている。>>139
自慢できるような食事でないことはわかっていたが、気分は良い。
宿舎に到着した後にも訓練があるという宣言には釈然としないものを感じたが、口では何も言わずに食後の探索に出る。
溝を掘ってみたり、適当な蔓を切ってみたりしたが、やはり綺麗な飲用水は得られなかった。
無駄に焦燥するより、とっとと寝てしまうのがいいかもしれない。
陽が落ちて暗くなる前に小枝ばかりを土産に野営地にとってかえす。
アドバイスに従って小枝を撒き、暗くなれば保温シートを岩の上に敷いて横になった。背嚢は枕だ。]
[生まれついた身分のせいで見守られるのには慣れている。
フェリクス自身がいつ寝るつもりかは問わなかった。
そんなこと気にしてると思われるのも癪だ。
彼の荷物の中にはちゃんと水もありそうなものだが──飲むなら勝手にするがいい。
国民(フェリクスは違うものの)を食わせるのは王族の務めであって逆ではない。
ましてや王子たるもの盗みはせぬ!]
夢の中でも罪を犯すことのないよう、
今夜も豊かな魂の交わりと安らぎをお与え下さい。
[小さくいつもの祈りを唱えて目を瞑る。]
おやすみ。
[寝て渇きを忘れようとしたものの、夜の森は予想以上に豊かだった。
さまざまな物音やさざめき、ひそやかに漂う香り──
燠火も消えてしまえば周囲は自分の指先も見えないほどの闇だ。
フェリクスがそこにいるのかいないのかも確信がもてなくなる。
ミヒャエルはそっと足を伸ばしてフェリクスに触れようとしてみた。]
[さて。彼が伸ばした足先に毛皮が触れたのには気づいただろうか。
ミヒャエルが眠ってしまった後は、夜の森へと分け入っていく。
本来の姿───狼と人が混ざったような姿をさらして森の奥へ入り、近隣の狼たちと話を付けておく。
この島は時折少数の人間が来るほかは、狼たちの楽園のようだ。
穏やかに会話を交わし、これから人が見えても襲わぬようにと告げて了承を得て、再び野営地へと戻った。]
[野営だからと横になっても靴は履いたままだったから、足先に触れたのが毛皮であったことには気づかなかったが、そこにフェリクスがいることに安心して息を吐く。
瞼におかれた掌の感触を思い出していると、ほどなく微睡みに誘われた。
フェリクスの化身と賢い獣たちとの密談には気づかぬまま。
喉の乾きは浅い眠りに痛みを伴うほどで、無意識に指先をしゃぶって紛らわすのだった。]
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