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―― ソマリ
[神へ祈る代わりに剣を振るい続けた男が、
神を失くして最後に残ったのはその名だけだった。]
[眩みそうになる視界、滲む世界。
右腕から焔のように上がる熱と、途切れる風精の加護。
自重を乗せて貫いた友の心の蔵。
右腕の行く末を見ることなど無い。
己の真の右腕は、回転伴い血飛沫を巻いて失墜する肉片でなく、
―――今も、この目の前に在った。]
ッ、
―――バルタ、ザール…ッ、
[右腕を失う激痛は、熱を伴う右から迫るのではなかった。
――――ただ、彼とよくに似た、不器用な心臓が痛んだ。]
―――ッ、
[自ら彼に突き立てた刃に斃れる彼の体躯。
支えようと伸ばした右腕は、もうそこに無い。
平衡感覚すら危うい長躯が、縺れるように倒れこむ。
それでも、剣から手を離さなかった。
唯の一度も、彼から背かぬように。
ドロドロと濁った血が右腕より溢れ、
閃断された細胞は、治癒の力を以ってしても治るまい。]
[剣を支えにして、見下ろす友の顔。
失われていく血は、己の身体を鉛のように重くする。
その背は、危ういほどに無防備であった。]
[数多の死を見、数多の命を使ってきた。
それが上に立つものとして、当然だと思っていた。
強き心を持たねば成らぬ。
義務を果たせねば成らぬ。
――――それでも。
バルタザールの胸に伏せた額が乗った。]
ごめんね。
私、何も出来なかった。
いちばん、つらいことをソマリにさせてしまった。
バルタザールはあなたの……。
ごめんなさい。
謝らなくて、良い。
―――ユーリエ、
[全てを救える存在を。
自分では成れない、遥かなる存在に。
掻き集めた希望を以って。]
[穿った刃の先から、質量が崩壊していく。
聖別された剣は、彼の身体を壊し、灰に変える。
聞こえる彼の声に、浅い首肯を繰り返した。
脳の奥には熱い痺れを伴い。
顎を持ち上げ、蒼い遥かなる瞳を覗き込んだ。]
……救世主……?
神子を、アデルを守れというの?
それともまさか……、
私に救世主になれ……と?
……そんなの無理よ……。
私は、ちっぽけで、弱くて、子供で……。
無力だわ。
諦めるな、ユーリエ。
どうか、諦めないでくれ。
お願いだ、ユーリエ。
―――後生だ。
全てを救う救世主を。
――――何もかも、救える力を。
[熱に浮かされるように、小さな肩に重責を掛ける。
彼女に科せられ続けた期待ではない。
友を失った男が吐いた、希望を預けた。]
―――…クレス、テッド、
[動けぬ我が身を叱咤しても、
力が抜けるばかりで自身の身さえ支配下に置けず。
変わりに、限りある戦力である僕の名を呼んだ。]
[謝罪を口にするのは、友への冒涜であるような気がした。
だから、精一杯微笑むしかない。
“私は、生きた”と。]
だって、
だって私は……、
[ 無理だ、と言いたかった。
ユーリエは、ただの……、
「 量産型聖女<クルースニク> 」
に過ぎないのだから。
でも。
……救いを求めて来るものを、
分け隔てなく、差別なく救うと決めた。だから。 ]
分かったわ。
……私の命が続く限りは、
救いの手を差し伸べ続ける。
約束するわ。
[死ぬな、と虚偽を紡げなくて。
すまない、と彼を見縊ることが出来なくて。
胸に溢れる熱いものが、息を苦しめる。]
―――…君の、生き様。
確かに―――確かに、この、ソマリ・サイキカル。
見届け、た…ッ
[誰かの為に、剣を揮い続けた彼の本当の剣。
真の心、確かに受け取った。
心臓穿たれるような、痛みと共に。]
[視界に赤が散る。
野茨公の怒りの焔ではない、
――――自らの聖剣が、砕ける音。]
―――ッ、……クレステッド!!
[息を呑み、熱に焼けた喉から声が迸る。]
[僕に伝えねば成らぬことが在った。
己の所有物である彼に、戦火以外を渡せなかったこと。
彼を奴隷商より買い上げたときから、
きっといつか、この時が来るだろうと思っていたこと。
彼は紛うことなく。
聖将軍ソマリ・サイキカルの、聖剣であったこと。]
[最早喋る事は適わない。
故に再び背中で語る。
自分の振るうのが貴方でよかった。
只一言それだけを。]
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