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[ぱしゃん、黒染めされた蒼い世界の中で、どこかに足が着く感覚がした。]
……ここ、は────?
[そのまぶたを上げればそこにあるのは、宵明けの朱に染まった遥か彼方まで広がる水平線。]
えっ、えっ、うわぁぁっ!?
[水の上に立っている。あわあわ、わたわたとバランスを取ろうと必死に腕を振っていると、]
『……樹?』
[すぐ横にいたのは、加賀だった。]
……加賀?
[ぶんぶん振っていた腕を止めて、まじまじと凝視する。まごうことなく、加賀である。]
「何を気を抜いている!もうすぐ敵との交戦海域だぞ!」
「まぁまぁ落ち着いて。加賀さんと知り合いの子みたいよ?」
[近くにいた女性たちが何事か話している。
そう──ここは、どこかの海の上だった。
目をこすり、ぽろりと言葉が零れる。]
……夢?
[直後、遠くから巨大な音が轟く。
その音に先ほどがなっていた女性が舌打ちをする。]
「偵察隊に気づかれたようだ。どうする、旗艦──大和」
[大和? あの、後世まで名前を刻んだ日本海軍の最終決戦兵器──戦艦、大和?
女性が向けた目線の方を見れば、そこには美しく雅やかで、それでいて圧倒的な強さを感じさせる女性が一人、和傘を開いて佇んでいた。]
「……行きましょう。そこの子は、加賀さんに任せます」
[答えると、和傘を閉じ、轟音の先へと向ける。]
「あのときの雪辱を晴らすときです。
────全艦、全速で突撃!AFに巣食った巨大ディアボロスを撃滅します!」
[その号令と共に女性たちが海面を駆け出す。]
[加賀はこちらをその静謐さを湛える瞳で見つめた後、]
『この先は、とても危険。だから、ここで待っていて。』
[終わったら迎えに行くから。そのまま背中を向けられた瞬間、このままだと永遠に離れてしまうような気がして。
加賀の袖を掴んだ。]
……私も、戦う。
加賀は航空母艦。なら、私は──加賀から飛ぶ、戦闘機のパイロットになる。
[きっと加賀を睨むように見つめる。
加賀は、少し考えるような様子を見せた後、]
『これ以上ここにいては置いて行かれます。
行くわよ、樹』
[そう言って、私の手を取って走りだした。]
[海面を走る、走る。
見えてきたのは、小さな島──の上に浮かぶどす黒い瘴気を漂わせた暗黒の女性。]
《──マタ、キタノカ。
──ナンドデモ、シズメテヤル。》
[ぎらり、裂けた口と思われる場所から見えるのは明確な悪意と殺意。]
[怒号が響く。鼓膜を切り裂くような大砲の音。何十メートルも上がる水柱。幾重にも重なりあうようにして飛んで行く戦闘機。]
「至近弾……!次は直撃させてやる!」
「進路は私が拓きます!続いて!」
「さっすが切り込み隊長は伊達じゃないね!
さ、私も仕事するよー!」
「オラオラオラ!邪魔だどけェ!」
「取り巻きのディアボロス1体を仕留めたわ!海のスナイパーをなめないでよね!」
[刻一刻と戦況は変わっていく。
その中、加賀は私を包むようにして弓を構えた。]
『この弓を放ったとき、貴方はあの空にいる戦闘機のうちの一つになる。
……撃墜されたら、現実の貴方がどうなるか。分かっているわよね』
……もちろん。
それでも──加賀と一緒に戦いたいの。
[加賀のために戦いたいの。加賀はそう、と呟いてぎりぎりと弓の弦を限界まで引き伸ばす。]
『行ってきなさい。目標は──』
AF島に巣食う、巨大ディアボロス!
『「発艦、始め!」』
[ぱぁんと弦が弾ける音が、涼やかに鳴り響いた。]
[次に見えた世界は蒼い空。バラバラバラとプロペラの廻る音。
初めて見る戦闘機のコクピットの機器類。なのに、]
──分かる。私はこの機体を飛ばせてあげることが出来る。
[未だ鳴り止まない砲撃音、攻撃を受けて墜落していく戦闘機。
飛んでくる弾幕を切り抜けて、飛び抜けた先は、巨大ディアボロスの直上。]
[がこんとレバーを動かす。それと同時に機体は巨大ディアボロスの元へと急降下していく。
ウウウウウとサイレンのような音を立てて翼が風を切る。]
沈むのは──貴方よッッ!!!!
[ギリギリまで落ちると同時に戦闘機に取り付けられた爆弾を落とし、再浮上。
沢山の砲弾、魚雷、爆弾を身に受けていた巨大ディアボロスは、私が落とした爆弾が炸裂した爆音によじれた悲鳴を上げて、霧散した。]
や、った……の……?
[消えていく瘴気、淀んだ空気は晴れて、穏やかな蒼色。
ふらり、抜ける身体の力。落ちる私を受け止めたのは──加賀だった。]
『……お疲れ様』
「加賀さんは淡白だなぁ!最後のトドメ刺したのはその子なのにー!」
「本当にお疲れ様。大戦果よ」
[全身をボロボロにしながら海面に立つ少女、女性たちは笑う。
──あぁ、護れたんだ。私は、皆を、護れたんだ。
つん、鼻の奥が痛む。追い打ちをかけたのは私の身体を優しく抱きしめる加賀の体温と、]
「樹さん、ですね。ありがとうございます。
貴方のおかげで、私たちは、沈むことなく帰って来られました。
全艦、彼女に敬礼!」
[すっと右手を掲げる戦艦大和たち。脇を閉めて額に手を当てるのは海軍独特の敬礼。
ずらりと並ぶ色とりどりの和服やセーラー服に身を包んだ女性たち。きっと彼女たちも加賀と同じ船魂。]
わた、し…………わたし…………。
[ぽたぽたと、涙が溢れる。
心なしか、抱きしめる加賀の腕の力が強まった気がした────。]
─現実─
[静かに樹が眠るベッドの側に寄り添う加賀。ふと手元に何かを感じて様子を伺う。]
『…………樹?』
[繋いでいた手を優しく握られる。
未だ、目を覚ます様子はないが、先ほどまでより寝顔は穏やかで、うっすらと笑みを浮かべているように見えた。]
『……そう』
[鉄面皮、と揶揄されたこともある加賀の口元が、ほんの少しだけ、緩んだ。
きっと彼女が今、夢見ているのは、静かな海の水面。**]
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AF、というのはミッドウェー。当時の海軍が暗号として呼称していたコード。
直接ミッドウェーって言うのはちょっとアレだったので。
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