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[服を脱げという指示に素直に頷く。
濡れた服は思う以上に体力を奪うものだ。]
一番上だけボタン外してもらえますか。
[指先がうまく動かなくなっていることを確認して、そんなことを頼む。]
[葉っぱに包まっては動きづらいので、それは辞退しておいた。
代わりに、すぐ側の熱源に触れておくようにする。]
あのときのように飛び込むには、下が固そうですね。
先ほどの感じだと、思うよりは高いところから落ちても無事に済みそうですが。
[この世界の基準から比べれば、自分たちは多分軽いのだ。
だからこそあの高さから落ちてふたりとも怪我が無かったのだろう。]
[そこへ下から声が聞こえてきて、半身と一緒に下を見る。]
あれは、この世界の人間ではなさそうですね。
[サイズ感が自分たちと同じに見える。*]
[修正案を拒むことなく服を脱ぐ。
冷えていることを自覚したので、抱き寄せられるのも拒まなかった。
半身の腕の中という特等席から、遠距離の会話を聞く。]
美味しそうな実……
ああ、確かに。実がなっていますね。
これはリンゴの木でしたか。
あのあたりなら色も良いですし、たどり着けそうですが、
如何なさいますか?
[重なる葉の間を透かし見れば、赤い大きな実がいくつか見える。
あのサイズでは、収穫するのも一苦労だろう。*]
[策を求められて、暫し思案する。]
果実は熟れれば落ちるように出来ていますから、揺らすなり継ぎ目を切るなりすれば落とせるはずです。
ですが、落ちた反動で枝が揺れれば、私たちも振り落とされかねませんね。
私が枝にしがみついていますから、あなたが実を落としてみてください。
念のため、身体を枝に縛っておきましょうか。
[縛るなら、先ほど脱いだ服もあることだし。*]
なにを想像しているんですか。
もう昔の話でしょう。
……その名で呼ぶなら、あなたを顎でこき使いますよ。
[何しろ、牢名主は皇帝より偉いのだから。
自分たちの運命を決めたあの一日を思い出しながら、促されるままに立ち上がる。
足元が不安定なのは小舟も枝の上も同じだったから、枝を踏み外さないようにだけ気をつけて移動を始めた。]
果物は枝の先端近くに生るものの方が美味しいそうですよ。
あとは良く陽を浴びる場所のものが良いとか。
[探索の合間に、交易商の跡継ぎ時代の知識を口にする。
枝を歩くのはともかく、他の枝に移るのはちょっとしたアスレチックだった。*]
あなたが変わって無いということですよ。
[変わっていないのはお互い様だと言う口調は冷ややかだが、表情は柔らかい。
変わらないあなたこそが私の道を照らすのだと、口にするにはまだ照れが残る。]
[不安定に揺れる枝の先端へと進むアレクトールを、瞳に不安の色を宿して見守る。
こんな時、自分がもっと鍛えていれば半身を支えられるのにと思う。
今は彼に繋がる錨の役を果たすだけだ。]
気をつけてください。
実が落ちた瞬間が最も危険です。
[黙って見てはいられずに、口うるさく注意を促した。*]
[視線の大半は我が太陽へ向いていたが、葉の間から見える地面に赤いものがよぎっていく。
見下ろせば、地上のふたりが大きな三角帽子を運んでくるところだった。
縦に長い帽子はちょっとした小舟ほどもある。]
あんなものを良く運んでこられましたね。
[小舟を運ぶのは馴染みがあるが、あの帽子は舟より持ちにくそうだ。]
[戻ってきたアレクトールと力を合わせて即席ロープを引く。
真っ赤な果実が揺れて、木が軋む音がした。]
もう少し…
[軋んでいた柄がぱきりと音を立て、ロープの先から重みが消失する。
ふわりと足元が弾み、慌てて我が半身に腕を伸ばした。
縋ったのではなく、支えようとしたと主張したいところ。*]
[こちらは足元が揺れて冷や汗をかいたけれども、私の陛下は楽しそうだ。
腕を絡めてバランスを取り、下を見ればリンゴは無事に三角帽子の上で止まっている。
うまくいったと下からの声も知らせてきた。]
あなたと一緒に飛び込むのは何度目でしょうね。
[最初に出会った日から、物理的にも精神的にもいろいろなところへ飛び込んでいる。
それでも、ふたりなら飛べない場所はない。]
いつでもいいですよ。
行きましょう、トール。
[恐怖心を興奮で吹き飛ばして、跳ねる枝を蹴る。
ふわりと身体が浮いた。*]
[本日二度目のダイビングは、スリルのある遊びのようにさえ感じられた。
短い浮遊の後に、ふわりとした布に落ちて転がる。
はしゃぐような心地は、子供の頃に返ったようだ。]
[それでも立ち上がったときには普段通りの冷静な顔で、軽く衣服の乱れを正した。]
お怪我はありませんか?
[傍らの人の無事を確認した後、救出活動してくれたふたりに一礼する。]
白薔薇プリンスの宿以来、ですか。
また意外なところでお会いしますね。
[我が片翼とどこか似ているひとりはともかく、もうひとりとは奇遇にも面識があった。*]
[彼らはリンゴをこの場で食べる気らしい。
動かすのは難しい大きさとはいえ、ここで呑気にしていて良いものだろうか。
それに、色も形もリンゴに見えているが、実は毒があるかもしれないものを口にするのは良い度胸だ。
と思っていたら毒味を勧められた。
何を見抜かれたのだろう。]
そうですね。いただきましょうか。
[欠片を受け取って口に入れる。
甘い。]
……リンゴですね。
甘いですよ。
[そう結論づけて、わが片翼にも勧める。
腹をくくってしまえば、これも楽しい経験だろう。
抱えきれないほどの好物を食べる夢は、子供の頃に見たものだ。]
[この後どうなるかは分からないけれども、半身と共にあるならそれも良い。
いずれはあるべき場所に帰るだろう。
それまでは楽しんでいこうと思う。
とんだ休暇になりそうだ。*]
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