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[―――彼もまた、己よりも、ずっと人間らしい。
口腔で呟いた言葉は、彼の脇を抜けた。]
[またしても、彼が仲間と見ているだろうクレステッドを躊躇いなく危険に晒す。>>100
己の信とは押し付けがましく、強すぎる傲慢なもの。
近接したと言うのに、焔の弾道を変える事もせず、彼を狙う。
金の髪持つ男の戦い方は、誰かを護るためのそれではなかった。
軽薄な仮面の下に隠す、苦味と辛味ばかりが強い屠るための戦。
轟、と耳元で鳴いて潰えた焔に頬を弄られ、熱風に靡く髪が広がる。
腰を落として力を溜めると、低い位置から剣を真っ直ぐに繰り出した。
狙うは彼の首、急所に定める眼差し。>>101
――空を切る音色は鋭利。
されど、身を捻る彼の回避に追従叶わず。
裂いたとしても、彼の右耳を穿つ程度に留まるか。**]
[距離を詰めたところで密やかな声が、空気を震わせた。]
―――琥珀の君、
[古い古い、石の名前。
柔らかく穏やかな色した結晶の。]
君は、優しすぎる。
[彼が呪われし血を持つならば、
きっと己は穢れし魂を持っている。*]
私が優しいなど、馬鹿馬鹿しい。
優しさを向ける相手すらいないのに……。
[自嘲の声は掠れ、小さく空気を震わせた。
死なないために不必要だった感情は、これまで磨かれることも汚されることもなく、己の奥深くに眠り続けているものだ。
自身さえ触れたことのない部分に手を伸ばされたような感覚がして、怯えにも似た感情が胸の内に浮かんだ。]
分からないか。
いいや、賢明な君が思い至らぬ筈がない。
―――…憐れむな、古き血よ。
俺は俺に恥じた事など一度もない。
[彼の言葉が己の身の内に掛かる義務を一層重くした。
どれだけ人間らしい皮を被っても、
大多数の為に少数を斬り捨てる覚悟を持つ。
彼の寄越す憐憫振り切り、剣先が魔の者を傷つけた。>>115
中空に飛び散る赤の呪色。
返り血を恐れぬ身が、頬から遅れた右半身に向かって掛かる。]
―――ッ!?
[しかし、その血に触れた瞬間、身体が燃えるように熱を持つ。
呪われし血は創造の呪。死せる身さえ蘇らせる奇跡の鮮血。
古い血に悦んだのは、己の右腕に眠りし風精だった。]
[彼の血は人の身に強すぎるのだ。
神の創造にも等しい血統に踏鞴を踏んで、
着地を無様なものに変える。
微かな血を浴びただけで、己が抱える力は、
今すぐにも解き放ちたいと、魔が右腕を震わせる。
彼の血は、――――身に甘い。
生きとし生ける者全てにとって、
極上の、苛烈なまでの甘露であった。]
――――く、ぅ…っ、ぐ…ッ、
[彼の血の詳しくは知らない。
だが、その血に纏ろう呪いは使徒の研究を続ける教会にとって、
喉から手が出るほどに魅力的なもの。
されど、まさか、これほどの物とは思わなかった。]
―――その葛藤はこの血統由来か。ベルンシュタイン。
[囁く声が、今度こそ彼の姓を間違えず呼ぶ。
強すぎる癒し、彼の一族に羨望と嫉妬を燃やした多くの民草。
唯人は彼を理解出来ない。
魔物ですら、奇跡の力を畏怖するのだ。
恐れぬのは精々変わり者と名高い野茨公とその傘下ばかりか。]
慈悲で出来た身体か。
魔物となっていなければ―――、
君の呪いを、笑い飛ばしてやれたのにな。
[彼の身は生まれた時から慈悲で出来ていて、
己は心は生まれてから非情を覚えた。
お互い、家には苦労する。などと、笑い合い損ねた。
来なかった未来など、今は考えない。
ただ―――、きっと彼は、彼自身さえ省みず、
慈悲を示す時が来るのだろうな。と、何処か遠くの思考が巡った。
何故なら、彼もまた、持つ者。
高貴なる義務を神から背負わされた、癒し手なのだから。*]
― 地下 ―
[どこかで聖女の光が闇にぶつかったのを知る。
遠い神子の気配は察せぬが、それでも一瞬気が逸れた。
目の前に対峙するアレクシスなる男は、
油断の叶う相手で無いと言うのに。
靴裏で地下の石畳をにじり、右の五指を強く握り締める。
自らを律し、この身に賜りし義務を果たすため。]
ふふ、慈悲などと。
そんなことを言うのは貴方が初めてです。
[戸惑いも恐怖も越えた先、そこにあるのはいつも諦念だ。
戦場に似合わぬ穏やかな笑みを浮かべ、肩を竦める様子は、どこか楽しそうにすら見える。]
過ぎた薬は毒となる。
そもそも薬ですらないこれは、人間の身にも吸血鬼の身にも不要で邪魔で害悪な、ただのゴミですよ。
[欠けた身体を、足りぬ力を、沈んだ命を、救うのではなく、想像する。
これはたかが一つの生命には過ぎた、神の力だ。
故に代償は大きく、遺恨は細い背中に重くのしかかる。]
いつから呪は、"まじない"から"のろい"に変わってしまったのでしょうね。
[誰にも打ち明けることのなかった思いがぽつり、空から落ちた一番雨のように落ちてきた。
ソマリの言葉に笑って、困ったように眉を下げる。]
もし私が人間ならば、貴方の非情を少し肩代わりすることもできたのでしょうか。
私たちが同じなら、そんな世界が、あれば……。
[そこまで言って、緩く首を横に振る。
在りもしない未来を描くのは、愚か者のすることだ。]
[赤き華が咲き誇る。
血を流さぬ闘いなど在るものか。
命を賭けずに灰を積めるものか。
自身を奮い立たせるよう、背を預けていた壁より身を引き剥がし、
曲刀を真っ直ぐにアレクシスへと向けた。
そこに在るのは正義ではなく、信念であった。]
クレステッド、前を向けッ!
叱責なら後で欲しいだけくれてやる。
我が身、我が義務、誉れ高き使徒ならば、
血塗られた道に添い、剣を構えろ。
俺は、聖将ソマリ・サイキカル。
――――義務を果たす者だ。
[鉛で出来ていない心に彼の声が響く。>>212
強きを気取っても、人としての正しきは彼にある。
己が後退は万民の信に悖る。
個を殺し、場に響かせる朗々とした声。
生れ落ちたときから、神の独占欲にも似た血を携える彼。>>216
己は民の為たれと、生きる義務を背負い、創世の力に相対。]
男に褒められても余り嬉しくないのだが、喜んでおこう。
―――化け物同士では、余りに、浪漫が無い。
[冗句めかした相槌に併せて空を切る大鎌。
その太刀筋は剣を獲物とする己には読み難い。
曲刀を寝かせ、初撃として繰り出された風の刃を袈裟懸けに薙ぐ。
だが、風の影に隠れた黒き魔物を捉え損ねた。
剣先を下げさせた彼の戦術は、計算しつくされている。
舌打ちと共に、足裏で咄嗟に床を弾いて後方へ飛ぶも、
金の髪が幾らか散って、胸に浅い朱が走った。]
[我が僕と視線が克ち合えば、防を捨てて、着地と同時に瞬発。
アレクシスに向かい晒す聖将の身。
鎌を我が身で止め、注意を引くべきの決死。
魔の瞳を強い視線が誘い、彼が鎌を振り下ろせば―――]
クレステッド! 今だッ!
[交わした眼差しが、微かな弱さを。
義務の底に眠る本当の人間らしさに揺れた。
アレクシス、君と俺はきっと同じ咎を持つ。
俺が未だ、人であるなら―――。
きっと、君も人間だ。
私と貴方は似て非なる者。
貴方は私の為に私が人間であればと言い、私は貴方の為に私が人間であればと言う。
私は魔物である事実を悔いたことはありません。
だから一生、貴方とは交わりはしないのでしょう。
[眼差しの向こうにある感情は分からない。
けれどこれまでの言葉から、彼が人間であることを良しとするのは理解出来た。
だから男は拒絶する。
仲間も同胞も必要としない。
ただ彼に幸せであれと願い、己は別の道を歩むのだ。]
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