情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 エピローグ 終了 / 最新
僕はゲルトとたったの2人で1階にいる。
君の部屋も階段に近い。
まるでお膳立てされたかのようじゃないか。
僕たちは、運命の女神に愛されているのさ。
[ずっとチャンスを伺っていた。
それは、今夜なのだと。確信めいたものを持って。]
運命の女神は後ろ髪が無いんだ。今夜を逃す手はないよ。
ああ、美しい。僕は美しい。
こんなに美しいのに、狭い森の中に押し込められるだなんて。
勿体ない、勿体なさすぎるよ。
[部屋の入口に鍵をかけ、ひっそりと獣に身をやつすと、鏡の中の己の姿に見ほれる。
冗談のようでしかない欲望は、やがて冗談では済まなくなる。]
─ 少し前 ─
さっすが、話が分かる!
じゃ、よろしくね!
[ 語尾に星(キラッ
が付きそうな勢いでウインクし微笑んだ
怖い顔に見えたらアレだ
元からそういう顔なんだよ旅人は
怒ってなど無いし
世の中には鋭い人も居るんだな、と感心する位だから ]*
元気なのが、僕の良いところなのだからね。こんな時だから笑わなきゃ。
さあ、君も笑おうじゃないか。
きっとマダムも、それを望んでいるはずだよ。
[それを自分で言うかねという点はさておき、彼なりの気持ちを伝えたつもりなのだ。]
変なこと?
ああ、ビューティーなワンちゃんがこの宿に2匹いるって話だね。
[いや、そんな話ではなかった。
たまにどころか常に変なことを言うパン屋だったが。]
見えないはずの彼の瞳にも、何かが映っているのかもね。
[と小さく笑う。
言われてみれば、ずいぶんと少ない。
確か部屋がちょうど埋まっていたから、12人だっけか。
そんな言葉を返すのだった。]
なら、僕が至上の料理を完成させてあげるよ。
[1人残された厨房で、聞こえてきた同胞の声。
パンは明日には焼き上がるだろう。
けれども、主菜が無くては食事ってのは完成しないものだ。]
さーて、僕もそろそろ僕自身の美技に酔いしれたくなったところさ。
狩りは壮大に、鮮やかに、そして美しくなくては、ね?
なんなら、2人でいっても構わないけれど。
[こちらも嬉しそうに語る。
それが肉食獣が最も輝ける時なのだから。]
太陽に隠され続けてきた僕たちは、今ここにスポットライトを浴びるのさ!
よし、完成だよ! 今日も抜群の出来さ!
[随分と長い間熱中していた。時間はそろそろまた日が暮れ始める頃だった。
あとは生地を一晩寝かせるだけ。
一つ伸びをすると、嬉しそうに叫んだ。]
[それから暫くの間は談話室にいた。
その場にいた人々とも会話があったか。]
あまり外を出歩くのは、素敵な発想だとは思わないよ。
[なんて自分の事を完全に棚に上げた事を呟いてみたり。]
ちっちっち、分かっていないね。
一度こうして集まったからじゃないか。
[友人の言葉にああやだやだ、と両の手を横へやって首を振る。
重苦しい空気なんかには、そもそもならないオットーではあるけれども。ディーターとの、会話は普段と変わらないに違いない。]
お互い顔を見られる場所にいる、美麗な顔を見られる場所にいる!
その事で明日がやってくるのじゃないのさ。
ああ、しっかりと見て貰わなきゃ。
ショーは観客が居なきゃ始まらない、そうだろう?
[そんな2匹の獣の、普段通りの、会話。]
おやおや、もう寝てしまうのかい?
まだまだ夜はこれからだというのに。
[つまらなさそうに呟く。
相も変わらず女性陣に愛の言葉を囁いていたオットーだったが、流石に遅くなりすぎた。
皆が2階へと上がっていくのを見届けると、寝る前の挨拶。]
麗しきレディ達、レディを守ってくれるみんな。それじゃあ
やあ、ゲルト。僕だよ。
入ってもいいかい?
[それは皆が寝静まった頃。
こんな夜中に、とゲルトも不思議に思いつつ扉を開けた事だろう。]
やあやあありがとう。実は君と話したい事があるんだ。
[扉が開かれた先にいたそいつ。
目が不自由であるゲルトはほんの違和感くらいしか感じ取れなかった。
だが、普通の人物であれば、一瞬にしてその異様な光景を見てとる事ができただろう。
そこには、一匹の白い獣が佇んでいたのだから。]
何さ、話ってのは簡単な事だよ。
[狭い部屋の中で相対する青年とオオカミ。
それはどこか不釣り合いで、幻想的にすら感じられる。]
君はさっき、犬や狼がいるって言っただろう?
僕はもっと詳しく知りたいんだ。
[とうとう人間じゃなくても良いほど見境が無くなったのか、とゲルトが思ったのかどうかは定かではないが、本人も深くは考えていなかった事だ。
2、3言葉を交わせば、それで充分だっただろう。]
そうか、そうか。
[はははと笑う獣の側で、感覚の鋭いゲルトはやがて疑問に思うだろう。
すぐ側で、濡れた犬のような匂いがすると。
その疑問を口にしたのであれば。]
覚えてはいないのかい?
前にもあったじゃないか。こんな事が。
[声色も、口調も、オットーのそれだというのに。言葉の端々に肉食獣の唸り声が混じり始める。]
[ゲルトが視力を失ったあの日。記憶の欠けたあの日。
森で何があったか。
それは奇しくもオットーの両親が亡くなったとされている日でもあった。]
僕としては、あの人達も君の事も嫌いじゃないからねぇ。そりゃあ、まだその時じゃなかったからさ。
けれども、見つかっちゃ話は別だからね。
[森の麗しい香りに高ぶる感情に、土から湧き出る野生の音に、つい尻尾を出してしまった。
それを見た彼らは何を思ったか。もしかすれば、密かに気が付いていたのかも知れない。
念願の第一子が誕生したあの日、何よりも愛するべき宝が忌々しい何者かと入れ替わっていた事に。
彼らは銃口を向けた。]
[土地が味方し、辛うじて2人を打ち倒した獣は、その様子を呆然とした様子で眺めていたゲルトに気が付いた。
後を追い爪を振りかざしたが、こちらも命からがら。
誰かが近付いてくる物音に、止めをささずに退散するのだった。]
君は、幸せ者だよ。
[そう言うと、人ならざる力でゲルトを壁に押し付けた。
声を出せぬよう、力任せに喉元を潰す。]
これから始まる素晴らしき劇の幕開けを告げる事ができるのだから。
さあ、笑っておくれ。君は最高の役者だ。
[ゲルトがいくら暴れようとも、獣は動じない。
氷柱よりも鋭く冷たい牙をゲルトに突き立てた。]
[細かに痙攣を始めるゲルトを、獣は見下ろす。
その血濡れた口元は釣り上がっていた。]
分かるかい? 君にも。
サナギが蝶へと羽化するその瞬間のように、この吹雪の一夜こそが僕が真に美しくなる瞬間なのさ。
[そして止めの爪を、ゲルトの胸へと突き立てた。]
さあ。ここに、また新たな芸術が産まれた!
[再び辺りは静かになり、外よりの吹雪の音だけが響いていた。
惨劇に染まった部屋に佇む獣。
雪よりも白く見る者を見惚れさせる毛並みは深紅の色へと姿を変えていた。]
あ あ 、 美 し い 。
僕 は 、 な ん て 美 し い の だ ろ う。
[そして壁に血文字で書き示す挑発するかのような一言。
ショーの始まりだ
その横に刻まれた、牧羊犬の倍はある前脚の痕。
人は牙を持たない。獣は文字を持たない。
人でも獣でもない、何か。
その存在を指し示すには充分だったはずだ。]
[やがてゲルトの部屋から抜け出ると、物音一つ立てずに隣の部屋へと帰って行くのだった。
途中、階段の上のほうへと笑いかけて。*]
情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 エピローグ 終了 / 最新