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『このバカチンどもが!
お前さんら揃いも揃って商売の基本がまだ分かっておらんのか!
商人が物を売るときは【客の足元を見る】に決まっておろうが!』
……視線の問題ではなかった。
とにかく、店員が携わる販売と経営者が携わる商売は別物らしい。
あぁ商人の道って難しい。
――ジークムント・フォン・アーヘンバッハ卿。
ランヴィナス公国の救国の英雄で、モアネット市の優秀な為政者で、高身長容姿端麗、温和な佇まいで庶民にも謙虚な言葉遣い、剣士としても高名とまさに非の打ち所がない人物。
うちの商会にとっても発注をいただける大事なお得意様。
『……というわけでじゃ!
この男のグッズを作って大儲けしようではないか!』
そんな話を大旦那様が言い出された。
モアネットに本店を置く当商会としては絶対に作りたい商品だし、作ったら絶対に売れると思う。
ただ発売までにクリアしなければならない問題の解決、売れるものをどうより多く売るかの選定――難しい話ばかりだ。
『よいか、まずベースのデザインじゃ。
様々な種類のグッズを作るのならば、それごとにいちいちデザインしていれば制作に時間もかかるし、だいいちコストもかかる。
まず簡素で小さな絵柄を作るんじゃ、それを適当にサッと組み合わせてハイ新商品出来上がりというぐらいに、簡単かつ普遍のものが良い。
いいか、女子供が親しみやすいようオリジナルよりずっと可愛いめにするんじゃ。
あやつは背が高いが身体はぐっと短くして……そうじゃな、いっそ頭と同じにしてしまえ、頭身の上半分が頭、下半分が手足胴体で良い。
ウシシッ、ワシは絵心は無いが、これは当たるぞ?』
……ってことは、2頭身?
そんなのウケるのかなぁ。
『デザインが決まれば次は商品名のベースじゃ、これもデザインに合わせて覚えやすく親しみやすいものを付けなければならん。
【白銀の軍師 ジークムント・フォン・アーヘンバッハ】なんぞご大層で長ったらしい名前では、背伸び盛りの少年には良いかもしれんが、最大売上を狙うには不適当であるのは分かるじゃろう?
さぁここからどこをどう削る? お前さんらもちと考えてみぃ』
ネーミングは大事。
ただ今回の場合は実在人物のグッズなんだから、その人の名前を使えばいいのは確か。
おっしゃられるとおり、これはちょっと長いかなとは思うけど。
……削るべき部分として幹部の皆さんの大多数が挙げたのが【軍師】の部分。
この肩書は英雄譚で語られる頃のもので、今は最高司令官であるし政治家の色のほうが濃いため、軍師という肩書をそのまま使うのはいかがなものか――という意見で揃っていた、これは私もわかった。
ただ、じゃあ白銀が浮いてしまうがどうするのかということに回答が出なかった。
【白銀の司令官 ジークムント・フォン・アーヘンバッハ】とすると収まりは良くなるけれど逆に長くなってしまった、これではいけない。
……次いで意見が多かったのが、名前の性の部分。
つまり、親しみを込めるコンセプトに沿うならば、【フォン・アーヘンバッハ】は省いて、ファーストネームで呼ぶようにするのはいかがかという話。
大旦那様はにこやかに頷いたので、ここまで合っていそう。
ただお偉い人を名前呼び捨てにするのはいいのかなと思ったから、名前+敬称ではどうかとつい意見を出してみたらそれが通ってしまった。
幹部会議で意見を出せるほど偉くないのに、それを咎めたり気難しい顔をする人が誰もいない――この空気は凄いと思う。
後で聞いた話だけど、うちの幹部は若旦那様を筆頭に出自とか経歴とかいろいろ事情がある人が多いから、古株とか新人とか程度を気にする人はいない、ということらしい……知らなかった。
具体的には、親しみを込める目的を消さないこと、女性にも馴染みやすいこと、の2点から「さま」を付けることになった。
ここまで整理すると……、【白銀(+α)】【ジークムントさま】の2単語が残った。
やはり白銀が浮いてしまっているのが目立つ――けど、白銀そのものが【ジークムントさま】を上手く綺麗に修飾していて、これを外してしまうのはかなり勿体無い。
……結局、幹部の皆さんが意見を突きつけあった結果。
以下の2候補に絞られた。
1)白銀の◯◯ ジークムントさま
2)ジークムントさま
1番は白銀は削れないものと認定、軍師の代わりの肩書をつけようという案。
2番は白銀を削ってしまい名前だけにした案
私自身は1番に賛成した。
やっぱりどうしても白銀は削りたくない、あのひとの風貌を表すのにとても合っているフレーズだと思うから。
ただどうしても長くなってしまうから断腸の思いで取っ払った2番の意見も理解できる。
――幹部会議ではこの2択からどうしても絞りきれず、若旦那様やお嬢様にもアドバイスを頂いたけどやっぱりどうしても絞りきれず、カミナリ覚悟で大旦那様に選んでいただくことになった。
『……ふむ。
なかなか上出来じゃ、ここまでようやった』
大旦那様からは意外にもねぎらいの言葉。
ネーミング1つの話なのに、それだけの難問だったということなのだろうか。
『よいか?
長く売れ続ける商品に名前をつけるには、時代が変わりコモンセンスが移ろっても廃れない永遠の響きが必要じゃ。
【白銀】のフレーズはあやつをよく表しておる。
ウシシッ、こんな色で表せるような輩はきっと、氷の王とか大天使とかそんなのしかおらんだろうからの。
よって白銀は入れるのが正解じゃ。
それで後ろの肩書をつけると長くなってしまうから2番という案も持ってきたのじゃろう?
――よいか?
アイデアというものは、1度に複数個の問題を同時に解決できねばならん。
このように一見してどちらも並び立たない場合とか特にじゃ。
この場合に求められるアイデア……白銀の後ろに何か付ける、全体を短くする、この2つを同時に解決する方法はこれじゃ!』
――そう言って、大旦那様は2つのプランにそれぞれ線を引いて削ってみせた。
それを見た私を含め、幹部全員が目を丸くした。
【白銀(+α)】【ジークムントさま】
『ウシシッ! この商品のシリーズの名前は【白銀さま】に決定じゃ!
白銀で全てを言い表しているのだから、これを使いたいなら同じ意味を持つ名前のほうが要らん!
ジークムントさまよりも白銀さまのほうが呼びやすいしな。
あとな……
あの堅物が自分のキャラクターグッズの販売なんぞ認めるわけがない。
だからこれは【白銀さま】という架空のキャラクターであって、ジークムント・フォン・アーヘンバッハとは何の関係もないんじゃ。
ウシシッ、安価なグッズにするのも、コストかけて精巧なデザインにしたら本人に似すぎてしまうからのう?』
ここまで来たら名前が不要という大胆な切り口には本当に感動した。
うちの商品が作られる瞬間に立ち会えたこと光栄に思う。
……でもこれで本当に関係ありませんと白を切れるとは、どうしても思えないのだけど。
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