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― 上空 ―
[開いたパラシュートを操って、眼下の開けた場所へ降りていく。その操縦に忙しい片手を動かして、胸にぶつかってきた頭にぽんと置いた。]
視線は前。もしくは着陸地点に向ける。
[幾度かぽふぽふ叩いてから、手を元に戻す。
パラシュートは空中を滑り落ちるように移動し、静かな湖畔の空き地に二人を無事に下ろした。]
[手早くパラシュートを回収して畳み、移動の準備が整ったところで改めてミヒャエルに向き直った。]
ではハーマイオス訓練生。
これより君はこの島で所定の訓練を行うことになる。
滞在中の宿舎はこの森を越えた先だ。
装備品の中にある地図とコンパスを確認するように。
装備の中にはナイフ、ロープ、耐水マッチ、保温シート、シェラカップ、他、最低限のものが入っている。ただし、燃料と水、食品の類は無い。
君は一泊の野営の後、徒歩にて宿舎へ向かうこと。
せっかくだから私の分の夕飯も用意してくれ。
ひとりでレーションというのも味気ない
[最初のミッションを告げ、行動を促す。
今回、自分はついていくだけだ。]
― 湖畔 ―
[号令に従うどころか、理解できないという顔で問い返されて、腰に手を当てる。]
私の今回の任務は、
君を、所定の訓練プログラムに従って、
使い物になるまで鍛え上げることだ。
演習だの合同作戦だのは、私が関知するところではない。
誰が君をここに送り込んだのかも、関知しない。
このジャニュアリー島に於いて、君の身分は訓練生だ。
そして私が君の、君のためだけの教官だ。
理解したか?
[ごく端的に状況を告げて、了承の返答を要求する。]
指令を書面にして作戦区域に持ち込むことは危険を伴う。
今回、私が君に行う訓練は、そういう類のものだと理解するように。
[高度な機密保持が必要な任務に関連する訓練であると告げて]
この島から出たら指示書でもなんでも見ると良い。
けれども島にいる間は無事に訓練を終えることだけを考えた方がいいぞ。
[わずかに語調を崩して片頬を上げる。]
[訓練の内容を、そして自身の立場を吟味しているらしき彼の様子を、沈黙のうちに見守る。
先日までの敵国の王子と寝食を共にし、必要な技能を教えることに、複雑な感情が無いわけではない。
けれども、だからこそ自分が教官役に選ばれたのだろうなと考えていた。
自分で言うのもなんだが、任務への忠実さを除けば、わりといい加減な性格をしている、と思う。
敵国人を憎むような、めんどくさい心情とも無縁だ。
あるのは、目の前の王子様への好奇心と、任された責任感のみ。
この王子様がどこまでやれるのか、という興味もあった。]
[思索に結論を付けたか、ミヒャエルが指示を復唱する。
では行こうか、と自身の持ち物を手にしたところで呼び名を問われた。]
陸軍特務部隊所属、エドワード・フェリクス大尉だ。
教官でも大尉でも、好きなように呼ぶといい。
[綺麗な敬礼と共に、改めて名乗った。]
得体のしれない相手が隣にいたら不安だろう?
[移動を始めたミヒャエルの後ろについていく。
ここで野営と言い出さなかったのには、心の中で合格の判を押した。
開けた場所はキャンプには良いが、当然見つかりやすい。]
今は、敵でもないしな。
[当たり前のことのように、付け加えた。]
[黙々と進むミヒャエルの後ろを、やはり黙って追う。
士官学校卒業見込みというだけあって、野外での行動も慣れたものと見えた。
周囲にも今のところ危険な気配はない。]
……?
[前から声>>74が聞こえてきて、小首をかしげたあと忍びやかに笑う。
心意気や良しと。]
[黙って進むのに飽きたのか、元来が社交的な性格なのか、しばらくするとミヒャエルが話しかけてきた。]
狼が出るな。
[別に隠すような情報でもないので伝えておく。]
猪も鹿もいるが、襲ってくることは少ないだろう。
危険な植物も自生しているが、触れなければ問題ない。
[ミヒャエルに銃器は持たせていないが、自身は口径の大きなハンドガンを下げていた。
対人用にはやや過剰だが、突進してくる猪を止めるには役に立つ。]
少し行軍のペースを考えた方が良いぞ。
無理せずとも十分に到着するだろう。
[ちらとこちらを向いた横顔に疲労の色を見てとって声を掛ける。]
耳を澄ませてみろ。
良い音が聞こえてくるだろ?
[先ほどから葉擦れや鳥の囀りにまざっいて、水の流れる音が微かに響いていた。]**
― 森の中 ―
[依然としてミヒャエルのあとについて歩きながら、彼の素振りに微笑を誘われる。
ことさらに余裕を装って歩くさまは若いな、とも思うが、王家の人間としては必要な態度なのだろう。王族は人前で取り乱したり焦ったりできない人種だ。そして、普通なら常にだれかしらの目がある。
けれどもここでは、彼を見ているのは基本的には自分だけだ。
だからもう少し、追い込んでみてもいい。]
[こちらのアドバイスは素直に聞き入れて、ミヒャエルは水音の方へと移動する。
木々の間に見えたのは小さな清流だった。
水の中を覗きこめば、小魚の群れも見える。]
靴跡?
なら他の訓練生か教官が来ていたんだろうな。
他に2、3組来ているはずだ。
[ミヒャエルが見つけた足跡を、念のため確認しておく。
中にひとつだけ裸足の跡を見つけて暫し視線を止めたが、特に言及はしなかった。]
ここでの訓練プログラムの基本はみな同じはずだ。
他と比べる必要はないとはいえ…
担当する訓練生が優秀なら、教官としては鼻が高くなるな。
[期待させてもらいたいと、言外に含ませた。]
[負け惜しみも反発も、分かりやすくて可愛いものだ。
という内心を隠せる程度には、人生経験を積んできていた。
食料を手に入れ、休む場所を確保したミヒャエルがこちらを呼ぶ。
竈を挟んで斜め前ほどに腰を下ろした。]
手際がいいな。
こういう野営は慣れてるのか?
[水に関して指摘はせず、その辺から拾ってきた枝で竈の火をつつく。]
[燃えて崩れた木が赤い火花を散らす。
それを眺めながら、風の音に暫し耳を傾けた。]
狼がいるな。
まだ遠いか。
[微かに遠吠えが聞こえる。
もう一度耳を澄ませたあと、葉に包まれた芋をつついた。]
そろそろ焼けただろ。
これ以上置くと焦げるぞ。
[火の番を問われ、暫く風に耳を傾けたのちに首を横に振った。]
いや、必要ないだろう。
森には獲物が豊富で、狼も飢えていない。
わざわざ人を襲うことはないな。
周囲に尖った小枝を撒いておく程度でいい。
[そんな判断を下して、寝ていいと告げる。]
[蒸し上がって皮を剥かれた芋は白い湯気を立てていた。
かぶりつけば仄かな甘味が口に広がる。
こんな風に食べるものが美味いのは、キャンプも野営も一緒だ。]
なかなか美味いぞ。
団子もいいな。楽しみだ。
[芋を平らげたあとに指までぺろりと舐める。]
宿舎に到着してからは本格的な訓練を始めるからな。
寝られるうちに寝ておけよ。
[早めに寝ろとは忠告したが、出歩くというのなら止めはしない。
確かにまだ寝るには早すぎるだろう。]
狼は頭がいいからな。
[獣避けの理屈を問われて、快く応える。
こうやって必要な知識を受け渡すのは嫌いじゃない。]
備えている相手だと知れれば無理に襲ったりしない。
無駄な怪我も嫌うから、刺さるような小枝の上は歩きたがらない。
こちらが警戒しているぞというそぶりを見せてやればいいんだ。
[食後の探索に出たミヒャエルを見送った後、自身も周囲をぐるりと歩く。人間の匂いを残して野生動物を遠ざけるためと、食後のデザート探索のためだ。
灌木や朽木から得たものをつまみ食いしながら、一帯を巡って周囲の危険を確認しておく。
一通りの確認を終えて野営地に戻って程なく、ミヒャエルが探索から帰ってきた。
携えているのは小枝ばかりだから、結果ははかばかしくなかったに違いない。]
おかえり。
[成果は問わず、ただ迎え入れる。]
[疲労の色はより濃くなったように見受けられたが、ミヒャエルは弱音も吐かずに寝る準備を始めた。
異国語の祈りの言葉に耳を傾け、横たわる彼の姿に目をやる。]
おやすみ。
[こちらに向けられた言葉に応えて、竈の火を小さくした。]
[目を閉ざして暫く。疲れているだろうに、ミヒャエルはどうも寝付けないようだった。
火が消えてしまう頃になっても、まだ身じろぐ気配が伝わってくる。
自身は横になることもなく彼の側に座っていたが、探るような足が伸びてきたのには微笑を誘われた。]
心配いらないと言っただろう。寂しくなったのか?
寝てしまうといい。明日が辛いぞ。
[声を掛けて、彼の目の上に手の平を置いた。]
[さて。彼が伸ばした足先に毛皮が触れたのには気づいただろうか。
ミヒャエルが眠ってしまった後は、夜の森へと分け入っていく。
本来の姿───狼と人が混ざったような姿をさらして森の奥へ入り、近隣の狼たちと話を付けておく。
この島は時折少数の人間が来るほかは、狼たちの楽園のようだ。
穏やかに会話を交わし、これから人が見えても襲わぬようにと告げて了承を得て、再び野営地へと戻った。]
[やがて梢の間から赤らんだ空が覗き、鳥たちが賑やかに食事へと出かける頃合いに、ミヒャエルへと声を掛ける。]
そろそろ朝だぞ。起きろ。
今日中に宿舎に到着して、次の訓練に入るぞ。
[手を伸ばして、目覚めを促した。]
[野営だからと横になっても靴は履いたままだったから、足先に触れたのが毛皮であったことには気づかなかったが、そこにフェリクスがいることに安心して息を吐く。
瞼におかれた掌の感触を思い出していると、ほどなく微睡みに誘われた。
フェリクスの化身と賢い獣たちとの密談には気づかぬまま。
喉の乾きは浅い眠りに痛みを伴うほどで、無意識に指先をしゃぶって紛らわすのだった。]
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