情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 エピローグ 終了 / 最新
― オプティモ・クレメンス邸 ―
[わずかな私兵を伴いクレメンス邸に現われたソマリは、見るからに多忙に戦後処理をこなしていた。
その頭も舌も休むことを知らぬよう。
だが、そこには一本の筋が通っており、支離滅裂な騒々しさは感じなかった。
そんなソマリの視線がようやくカナンへ──その手にある仮面へと向けられる。>>184]
さて、どっちの質問を優先すべきかな。
迷った時は、甘いものを食べるとしようか。
茶室に飾る花を探している暇がなかったので、ここで失礼させてもらうよ。
[合図をすれば、使用人がリンゴのコンポートを運んでくる。]
この赤い実の成る土地を求めて戦争を起こした皇帝がいるという伝説さえある美味なる果実だ。
それを使ったこの菓子のレシピを潤滑剤に、貴卿と取り引きがしたくてね。
[自ら淹れた紅茶を添えながら、ソマリの顔を覗き込む。]
貴卿も忙しかろうから、単刀直入に言う。
シルキーの安全保障が欲しい。
― オプティモ・クレメンス邸 ―
[まだコンポートのレシピはこの国に存在せず、かつ、ソマリはその味をお気に召したらしい。
助かった、あまり複雑なスイーツはカナンの手に余る。
コンポートを味わいながら、ソマリはカナンが持ち出した条件の真意を問うた。]
“巫女姫”に敬意はいだいているとも。
だが、今はその役職にではなく、シルキー個人を対象にした話をしたい。
ゆえに、名で呼んでいる。
[指摘については真っ向主張し、わずかに首筋を上気させながら言葉を継いだ。]
クロード君は、古い因習を破壊するのだと主張しているが、彼よりも先に、シルキーが破壊してしまった。
"万人のために豊穣を祈る巫女姫"という偶像を。
シルキーは戦場に立ち、武をもって、決起した民を否定した。
もはや、彼女にとっては、反乱兵は国民ではなく、死んだ反乱兵にしかその慈愛は向けられぬのだよ。
また、彼女は迎え撃つという名目はあれど、首都を空けて出陣した。
首都に残された者たちの中には、自分たちは捨てられたのではと危機感を覚えた者もいる。
「此の国の皆様が、心健やかに、四季世豊かにあることが、私の心からの願い」
そういう無垢な存在だった巫女姫が、触れてはいけなかった存在が変化している──違うと気づいた民衆がどう反応するか、おれにも予測がつかない。
ただ、貴卿は彼女を守る力を持ち、かつ、彼女を守る利を知っている。
貴卿の意図が奈辺にあるかはともかく、世間的には、これはクーデターであり、貴卿はその首魁だ。
民衆が決起したのはクロード君の呼びかけによるものだが、都の貴族たちは彼など相手にしないだろう。
だが、貴卿は違う。
地位と実力を持ち、物事を収める方法も心得ている。
現に長老殿──クレメンス卿は貴卿の実を確認したからこそ、オプティモの門を開いた。
おれの腹心もまた、貴卿と会って、貴卿を推してきた。
まつろわぬ民すらも従えたそうだな。
こうしてここでの貴卿の振る舞いを見て、おれ自身も確信を持つに至った。
貴卿の力が必要だ。
シルキーの身の安全を、貴卿の責任において保証してもらいたい。
おれにとっては、必要なことだ。
[クレメンス家の使用人が心得て紙と筆記用具を並べる。
一枚にはリンゴのコンポートのレシピを記すため、
もう一枚にシルキーの保護を命ずる文章を記すため。//]
[シメオンから、クロードとの会見の様子が伝えられる。]
「都合のいい側に手を貸して内乱を終わらせ、それを盾に開国を迫る気かと思った」って?
…なるほど、それを怖れていたのか。
この人数でそれが可能だと評価してくれたことを喜ぶべきかな。
いや、介入、影響力の意味するものは、人というより武器を指していそうだ。
[ルディを負傷させたのはマチュザレムのもちこんだ銃だと、自分がその使い方を教えたのだと、シメオンが声を震わせたのを思い出す。]
おれたちが単なる武器商人の手先だと思われてたまるか。
同じ人間なんだと、見せてやろうぜ。
この内乱を、終わらせるぞ。
アレイゼル卿、
ここに、ただ一言、削りたい文言がある。
[カナンは「王国元首」の単語を指差した。]
これが、彼女を縛りつける呪詛だ。
元首ではなく、ただのシルキーの保護を、その証書を、願う。
…おれは、できれば、彼女に普通の女性の幸せも知ってもらいたいんだ。
おそらくは──独りよがりだろうが。
クロード君にも釘を刺されたが、彼女に無理強いなどしないから心配してくれるな。
男しての矜持はある。
…スイーツの自棄食いくらいはするかも、だが。
国と国とで交わされた約束を違えはしない。
おれたちを信じるというならば、結界を開いておれたちを返し、国交樹立を全世界に公言すればいいんだ。
それを渋るのは、本当は信じていないことに他ならないと思うけどな。
ん、でも、この国は、他の国との付き合い方をまったく知らないわけだから、仕方ない面もあるか。
ただ、やりにくいことは確かだな。
根本的に、クロードは革命家だ。
独創し、独裁し、独走する。
「仲間」というのは「力」と同義に近い。
彼の信頼を得るのは、難しいことだよ、きっと。
特に、異邦人の我らはね。
どう、伝えていけばいいのか──
苦労をかける、シメオン。
いろいろ落ち着いたら、スイーツ休暇とろうぜ。
/*
クレメンスがとてもバランスとれたいい人なので、落ちてもらいたくないようう。
おれも、もっと、熱血! 熱血しないと!
貴卿は、開国には反対ではないと聞いている。
ただ、開国までには数年の準備が必要だと計算しているそうだな。
残念ながら、それだけの猶予は残されていないだろうと言っておく。
開国されぬ場合、共和国は次の手を打ってくる。
次は「使節を結界の中に送り込む」のではなく「結界を破壊する」ためにその力を使うべしという意見が大勢をしめるだろう。
結界を破壊した結果、その先にあるものが荒廃した島だろうと、あるいは海に突き出したいくつかの岩礁のみであろうと、「世界地図の空白を埋める」というマチュザレムの望みは叶えられるのだから。
そんな事態を避けるには、ナミュールは一丸となって開国し、最恵国たる共和国の支援を受けて諸外国の妨害を強かに退けながら、なおかつ自立してゆかねばならない。
閉ざされた世界では数年以上かかることも、外の知恵と力を加えれば入力条件が異なる。
貴卿の計算は、日々、短縮されてゆくはずだ。
かつて、おれの生国がそうして新しい国力を育んだように。
おれも、叶うならば駐在大使として協力するつもりだ。
そのためには、この内乱は速やかに終息させねばならない。
また、貴卿に死なれても困る。
悲劇のダークヒーローは貴卿にはふさわしくないと横槍を入れさせてもらおう。
楽隠居するのは、クレメンス卿くらい熟れてからにしてくれ。
[差し出されたソマリの手を握り、しっかりと握った。]
今より、共和国大使カナン・リリは貴卿に協力する。
差し上げられるのは、スイーツのレシピだけではないと知ってもらわねば。
[不意に「苦ぇ」という意識が流れ込んできてビックリするも、それが茶への感想と知れば低く笑った。]
そーか、おまえも茶の洗礼を受けたか。
おかわりは断るなよ。
[クロードが点てた苦い茶の後の涼やかな茶と締めくくりの甘い茶のコンビネーションは絶妙だった。
だが、それは教えないまま、お断わり禁止が礼儀だと思わせておく。]
[「破壊神」という評を聞けば、ひとつ頷く。]
現状を壊せば、今と変われば上手くいくというのは、革命家が常に語る夢だ。
[と、シメオンの声の調子が変わる。
何があったんだろう──と思ううちにも、それがクレメンスのせいだと知って、カナンも心弾ませた。
シメオンがクレメンスの強さを感じて、自分も前向きになる、その緩やかな起伏が素敵だと寄り添う。]
あの人に、おれの味方になってくれと言ったけど、
今じゃ、おれの方があの人に懐いているなって自覚してるよ。
ああ、おまえが嬉しいとおれも嬉しい。
おれは、開国交渉に必死になるあまり、
クロードを、シルキーを、この国を──理解するより従えようとしていたかもしれない。
開国のためなら、許されると正当化して。
長老殿の薫陶を受けた今、それを恥ずかしいと思う。
― オプティモ・クレメンス邸 ―
[ソマリが宝珠について語るのを聞き、卓を叩く音が気になる、と言いたげに首を振った。]
宝珠も、巫女姫と同様、ナミュールの魂だろう。
破壊という手段は望まない。
おれは──、あくまでも部外者の知る限りの知識からの発想だが、
歴代巫女姫の祈りで維持されてきた結界は、宝珠に捧げる祈りを変えることで、その様相を変えることもできるのではないかと──想定している。
会見の場でシルキーに、宝珠に働きかけて、結界をどうにかしようとしたことがあるか聞いてみたんだ。
彼女の答えは、「私ではない“私”でしたら」だった。
すなわち、過去の巫女姫の中には試した者がいるものの、彼女自身はやっていないんだろう。
「短慮に行動するを躊躇う」とも言っていた。
どう思う?
[共和国が武に訴えることの現実味には口を挟まず、自身の保全と便宜を約束されれば、感謝の意を伝えた。
そして、家令のもたらした知らせを確認する。]
西へ向かっているとなると──王府軍の船団だな。
長老殿のことだ、港の船はすぐ使えるようになっていると思うが、今からで追いつけるかどうか。
とりあえず、港へ行ってみよう。
ああ、その前に。
貴卿が庇護を買って出た古い民の負傷者が、このオプティモの救護所に収容されている。
そこで手厚い看護を受けているが、部族の者は心配していよう。伝えてくれると助かる。
ウェントス族の族長の長子・ルディだ。
[ソマリとルディの仲は知らないまま、再びその絆を結びつけたのだった。**]
こちらは、アレイゼル卿と会見した。
おまえの見立て通りだった、彼は責任を引き受けてくれたよ。
取り交わしたのは、王府がどうなろうとシルキーを処断しないという内容だが、
こちらが何も言わないうちから、「この誓約は、両国間の国交が結ばれた際、当該信書を以って、両国間の友好の証が一つと為す」という文言を織り込んでくれた。
彼には、内乱後の交渉と国政を担う覚悟もあるということだ。
これより、ソマリ・フル・アレイゼルは我らの同盟相手と思ってくれ。
彼を護ることも我らの任務となる。
長老殿には外の世界へ出てみてもらいたいから、この役目を頼みたくなかった。
あの方には、”楽”が似合う。
情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 エピローグ 終了 / 最新