情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 エピローグ 終了 / 最新
=15
[ 近づくゼファー軍船を見ながら思う。
先ほど、ベリアンは、己は持たざる者だと主張した。
自分とつながるこの"声"は、彼にとって価値のないものなのだろうか。
そんな意地の悪いことを言って、からかってみたくもあるけれど、
「持たぬことこそ、俺の強みだ」と告げる声には、彼の自負が感じられて、何ともベリアンらしいと思った。
おそらくは生育環境に起因する自己評価の低さに拘りつつも、彼は決して後ろ向きではない。]
そんな君が好きでたまらない。
[ つれないところもまたいいのだと、"声"に想いが溢れた。]
さて、ゼファーの軍船が動いた。
見張り程度を残して、係留されているだけなら簡単だったのだが。
一直線にこちらに向かってくる。
ぶつけてくる気かもしれない。とてもゼファーらしい判断だな。
あの船に乗り込んでいるのが誰であれ、真剣で頑な矜恃を抱いているのを感じるよ──あの時の君を思い出す。
懐に入り込まないと進まない話というのは往々にしてあるもの。
──届かせてみせよう。
[ 相手の策に乗る、というのではなく、こちらの力を示すという意味でだ。]
─ 過去 ─ =16
[ あの時。=24
"女神の子"は、なりは年相応でも、いまだ、人間界の礼儀も常識も身につけてはいなかった。
自分がしたいことは、自分を包んでいる波動や旋律を表現することくらいだったから、歌ったのだ。
それに激しい制止を叩きつけられれば、痛みに触れた気がして身を引く。
メランと名乗った少年が涙を零すのを、俯きつつも凝視していたが、やがて、じわりと近づいた。
"声"を発したのが誰であるかは、 正確に把握していた。]
[ 彼の何であるか。
その問いかけに、息を呑む。]
── 翼
[ 予言にも似た"声"を繋ぎながら、黒髪の少年の頬を流れる涙に唇を寄せる。
遠慮とか断りという概念はわからない。
ただ、獣が患部を舐めて傷を治そうとするように、彼を癒そうという行動だった。*]
― 東海岸 ―
[ 白波を蹴立てたゼファー軍船が迫る。
その1隻に対して、王国側4隻から次々と火矢が放たれた。
黒煙を上げつつも、追い風を受けたゼファーの船足は鈍ることがない。]
鋼の意志だな。見事という他ない。
[ 白兵戦を避ける方針は徹底している。
だが、ギリギリで躱せるくらいまで進路はそのままにしておくよう命じた。]
[ 背の布に水気を含ませて、軽く頭に被る。]
髪を焦がして帰ると、叱る者がいるのでね。
[ 兵らと異なる神官めいた姿は、相手の目を惹きつけるのに便利であろう。
もっとも、まっすぐこの旗艦を目指してくるのを見るに、もうその必要もないのかもしれないけれど。]
[ 一方、船べりからは、ほとんど裸一貫の男たちが海へと飛び込む。
危険の迫る船から逃げ出したようにも見えたろうか。
だが、その実、彼らは水泳の巧者だ。
ゼファーの船の梶を縛り、あるいは船底に穴をあけ、航行の妨げを画策するべく海へ潜る。]
[ ひととおりの手は打ったところで、]
あれは──
[ 近づく船上、鉄の盾に守られた指揮官と思しき男の姿を認めた。
炎をものともせず立つ彼の周囲で、兵らも一体化したように身動ぎすらしない。
戦慄が背中を駆け抜けるのを、受け入れる。
いっそ官能的ですらあった。]
見つけた。
──彼が要だ。 仕留めろ。
[ 徹底して攻撃を彼に集中させる。
操舵士が、もう離れるべきだと叫んだが、こらえさせた。
あれを落とせば、戦局は大きく変わるはず。]
[ 自らも弓をとると、指輪に仕込んだ毒を一雫、鏃に滴らせる。
自ら砕いた黒曜石の鏃である。
空に向けて弦を引き絞り、高い放物線を描いて盾の守りの内側へ矢が落ちるよう、放った。*]
[ 自分たちの役目は、このゼファー兵と正面きって戦うことではない。
それは救いだった。同時に呪いでもあった。
「ここは一組が受け持つ。二組、三組は行け!」そんな声に押されて、王国兵の半数以上が蜘蛛の子を散らすように離れてゆく。
彼らは波状攻撃の交代要員として、廃墟と化したトルーンや沿岸の森に身をひそめる算段である。
伝令役は、ベリアンの元へ走った。
中には、これ幸いと逐電を決め込む者もなくはない。
トラウマになるほど、ゼファー兵の獰猛さは桁外れだったのだ。]
[ 残った組は、当初の予定どおり、うるさくゼファー兵につきまとう。
たいした打撃は与えられなくとも、石を投げ、縄をかけて転ばせようとし、挑発を繰り返し、稀に隊列から引き剥がすことに成功したならば、寄ってたかって押さえ込み、防具の薄い膝裏や踵をナイフで刺して腱を断つ。主に狩人や畜産業の者がその役目を担った。
可能ならば首を狙ったが、それが無理でも、歩けなくすることで敵の手数は減らせる、そういう考えである。
反面、ゼファー兵の投げ槍や鉄剣を躱しきれず、命を落とす者も少なくはない。
重装備でありながら、ゼファー兵の鍛え抜かれた肉体は易々とこちらの予測を超えて猛威を振るう。
天秤は、傾きつつあった。
この局面に、隊長クラスはいても、有能な将がいないというのも、集約力と臨機応変さという点で、王国兵たちの動きを凡庸なものに留めている。
それでも、ミツバチたちは巣を守るのに必死だ。*]
− 回想 −
[ 新元首の人となりを確認すべく、ゼファーへ表敬訪問に行った時のことだ。
あちらでも、歓迎の宴をひらいてもてなしてくれた。
食卓に並べられた食事は、木の実や蒸し肉など、噛みごたえのありそうなものが多く、これは日常的に顎が鍛えられるだろうな、などと分析したものだ。
プラメージであれば、どの土地の小麦である等と説明されるところ、ゼファーでは「誰が狩った鹿である」といった紹介がなされていたのもお国柄であろう。
誰かと乾杯をしたい場合、王国では、相手に捧げる祝辞や詩の朗読があって、相手も戯曲や古典を引用して返礼するのがゆかしいとされているが、ゼファーでは相手の名を呼ぶや、空の杯を投げつけていた。
鉄製だから当たれば相当、痛いはずだ。それを悠然とキャッチして、給仕の少年兵に酒を注がせて干す、というのがゼファー方式だった。
もっとも、文弱な王国の徒を驚かせようとして、仕組まれた悪戯だった可能性はある。]
間違って、杯ではなく肉切りナイフを投げてしまったりは?
[ 隣の席の新元首に訊ねたのは、老婆心からではなかった。*]
[ 新元首の言によれば、彼が先の元首選挙の対抗馬だったのだ。
接戦であったということと、対立候補はもうひとりの元首の甥、という情報は事前に掴んでいた。
ここで自分に何をさせようと企んでいる?
ドメスティックな駆け引きに利用されたかもしれないと頭のどこかで感じているけれど、
こういうのは、嫌いじゃない。]
[ あまつさえ、彼は律儀に承諾を伝えに来た。
この近い距離からで? とは思ったけれど、顔には出さない。]
── それでは、バルタ・ザール将軍の幸運を願って。
[ 穏やかでもよく通る声でその名を呼ぶや、ナイフを投擲する。
軽いスナップで放ったように見えようが、その軌道は心臓を狙ったものだ。*]
貴官の冷徹をとかすには、自分はまだ未熟なようだ。
[ 将軍にも、礼儀正しく目礼する。]
国に持ち帰るよい土産話ができたことは確かです。
このひとときに感謝します。
[ お近づきのしるしにと、指先で摘めるほどの黒曜石の
貴官の肺活量があれば、きっとよい音が出せるでしょう。
投石ではなくて、楽器ですこれ。
[ 念をおしておくのは忘れない。
…同じ石の一部を用い、再び彼に狙いを定める日が来ることを、この時はまだ知る由もなかった。*]
[ だが、火矢は次々と飛んできた。
そして、思いも掛けない重量物までが宙を舞ってくる。
いくつかは海に落ちて派手な水柱を作ったが、甲板で砕けた樽は、一瞬で周囲を油で染めかえた。
その上を、炎が走る。]
──っ!
[ これまでゼファーが積極的に火矢を放ってこなかったのは、この秘密兵器があったからなのだと思い知らされた。
兵たちが砂をかけて消火に務めるが、砂が油を吸ってしまうため、効果は低い。
今度こそ命がけで海に飛び込む者もいる。
ギデオンは目を細め、布で口元を覆った。]
[ 旗艦の危機に、他のゼファー船の動向を伺っていた残り3隻が半円を描いて戻ってくる。
すでに火の回っていたゼファー船が沈むばかりになっていたのは王国側にとって幸いだった。
1隻が、小舟に矢を射かけ、牽制している間に、2隻が旗艦の救援にあたる。
火の回り始めた旗艦との間にロープや板を渡し、乗組員を避難させた。
海に落ちた者も可能な範囲で拾い上げてゆく。
自力で岸へと泳いでいく者もいた。
内心はどうであれ、慌てず船を移ったギデオンは被っていた布を背に落とし、白皙をあらわにする。]
このまま旗艦を曳航して岸に向かえ。
せっかくいただいた火だ。残りのゼファー船に届けてやろう。
ベリアン、
ゼファーの船は、バルタ・ザール将軍が指揮をとっていた。
戦闘中に見失ってしまったが、船と運命を共にした、ということはないと思う。
ロマンには流されない男だろうから。
自分は、引き続き海にいるが、余力があればゼファーの拠点まで攻めたいところだな。
やはり、生き延びたか。
[ 喜んではいけないのだろう。戦の趨勢を考えれば、やっかいだと思う気持ちも確かにある。
それでも、わずかに笑みが浮かんでしまうのはどうしようもない。
二度、殺し損ねた相手。]
三度目は、ないことを祈るよ。
情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 エピローグ 終了 / 最新