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―翌朝・渓谷にて―
[宿を出発したのは、鳥が鳴くより前の薄暗がりの中。
朝露は少女の肌をしとどに濡らすが構うことなく、新たに購入した深緑のロングワンピース姿で渓谷の、黒き光の源を目指す。]
―…ウェルシュ、来るぞ…!!
[目的地まであと半分。
この調子なら昼前には着くだろうと安堵した矢先のことだった。
膨大な闇の魔力が地より湧き出て、周囲を覆う。
厳しく鋭い声で後ろについてきている筈の従者へ注意を呼びかけた。]
[同時に、右手を天へ突きあげる。]
―守護神よ、汝の恵みを現の元へ!
集え、光の力!!
[動きやすいように纏っていなかった甲冑を呼び、身に纏う。
同時に現れた光のオーラが自分と従者を包み、闇の奔流の影響を防いだ。
その間は長いようで短く。
明けた先には―先程までとは違う光景が広がっていた。1(6x1)]
[従者も苦しむようなら、その口許に光を集積し、視えないマスクを造ってやった。]
…どうする?
[光の大弓を取り出し弦に矢を番え、行く先を見定めながら。
従者の意志を問う。]
[だが、その目論見は脆く崩れさる。]
―…なんだ、此処は。
渓谷ではなかったのか…!?
[見渡す限り、紫色の瘴気と毒霧が覆う沼地だけが広がり。
アチコー村から昇る湯気さえ見つからない。]
―……いや、転移だろうが空間変化だろうが、必ず限界はある筈だ。
ウェルシュ、アチコー村があった筈の、南の方角へ飛び続けてくれ。
[気を取り直すと大弓を光に変えて消し、指示を飛ばした。]
…っウェルシュ!?
[道しるべが無くても、否、だからこそ自分たちは行かなくてはいけない。
その重責を負わせてしまったことに引け目を感じながら背中に捕まっていたが―いつもの悪ふざけとは違う。
唐突なぐらつきを感じ、名を呼ぶ余裕があったのも一瞬のことだった。]
―…ッ!!
[この高さから落ちれば、光の加護があっても重傷は免れない。
人間に生まれたが故の無力さを呪いながらも、今はただ、幼き頃より信頼を置く従者の判断に任せ、しっかりと背中に捕まった。]
そうか…苦労をかける。
とりあえずは治療だな、じっとしてくれ。
[たかが絣傷、しかしこの瘴気に満ちた場所では命取りとなりかねない。
自らには傷ひとつなかった、と首を横に振って示し、両の掌を傷に向かって翳す。
少女の体内からあふれ出る光が掌を通じて彼の傷へ移り、暖かさを与え癒していく。]
…ふむ、そうだな。
彼らなら何か知っているかもしれないが…
……。
[顎に手を遣り考え込むが、おどけるように翼を動かして文句を言う従者を、静かに。しかし哀愁を帯びた瞳で見つめ、…口を開く。]
[何時から嵌めていたのか、気づいていてくれただろうか。
右手の薬指にある紅玉石の指輪は、少女の未来と人生を縛るものであることに。]
私はこれを最後に、騎士を辞める。
そして…父の薦めにより、遠方の貴族の元へと嫁ぐのだ。
[長い睫毛が影を作る。
彼の顏を見ることは躊躇われた。]
…降魔の力も、光の力も封じることになる。
つまり……
[あのたとえ話は本当の話だったのだ、と。言わずとも…わかってくれるはず。]
これが終わったら、君ともオサラバ、だ。
[哀しまない、と、あの時、彼は言った。
だから、こうして胸が痛むのは自分だけで。
この話もきっと流されてしまうのだろう。]
この任務が終わったら…契約を解除する。
どこへなりとも、行くがいい。
[彼の傷を癒し続けながら、重い気持ちに肺が支配されるままに黙り込む。]
…えっ、あ、あの…
他に…って、もともと私には、そういう人は…。
[見た事もない表情に、出来るだけ淡々と、感情を出さないようにと律していた口調が揺らぎ、戸惑いの表情を浮かべる。]
ですから、私は婚約者と結婚すると…
[怒っている。
それも、今までになく。
…わかっていても、どうすればいいか、どうしたらいいかわからなくて。
愚直なまでに、先程と同じ事実を告げる。
だが、既に彼の耳には届いていないようだ―]
…うぇ、ウェル、シュ。
どうしたの…?ねえ…!!
[硬質な嘴が、柔らかい唇に触れる。
切っ先が食い込めば容易く血を流す、脆い体。
あんぐりと開けられた嘴の中は、獲物をかみ砕き、飲み込む為の歯と舌があって―]
…っいやぁ!!
[咄嗟に光を己の全身から放出させ、彼を弾き飛ばすと同時にバックステップで距離を取る。
痛みはない筈だが、至近距離で喰らった相手の視界は保障できない。]
落ち着いて…!
ちゃんと話を聞いて!!
[信頼していた、家族同然に思っていた相手の行動。
ただの悪ふざけだと、拗ねていただけだと、言って欲しい。
そう、濡れた蒼い双眸で語り掛けながら。**]
ウェルシュ!正気に戻って…!!
くっ…!!
[姿を大きく見せ威嚇する様子に、知性も理性も感じない。
正に魔物‐否―魔物本来の姿を取り戻したというべきか。
契約を結んでから一度も使うことがなかった、従魔に対して強制的な拘束を行う魔法を繰り出そうと、両手を付き出したが]
……!!力が…!!
[血の滲む思いで習得した筈の力が、どんなに集中しても発動しない。
背中にひやりとしたものが流れる。]
……、そうか、そんなに、私が…
…憎いのか…。
そして今、害を成そうというか。
[迷っている時間は無かった。
泣く暇も、ない。
彼を従えさせる力を失った、ならば。]
…今此処で、倒れるわけにはいかない!
[足場から後ろ向きに‐堕ちて‐]
[身体が宙に浮いた瞬間、腰の辺りから一対の光の翼を出現させた。
宙返りを決め、彼が居る場所よりも高いところに浮かび、大弓を構える。]
貴様は、今この瞬間から私の敵だ!!
かかってこい!!
[修羅の如き形相と、感情を押し殺す為噛みしめた唇からぷつり、ぷつりと血を滲ませながら、叫びと同時に大量の光の矢の雨を浴びせた‐
]
…っ守護神よ!汝が盾で悪しき者から我を守りたまえ!!
リュミエール・ブークリエ!!
[大弓が瞬時に散開し、少女の目の前に大きなバリアを展開する。
だが―咄嗟に張った壁は薄い。
彼の突撃を防ぎ切れるかどうか、わからなかった。]
[一瞬、受け止められた、と勘違いした。]
っうわぁ!!
[だが元々光の翼を出現させ、飛ぶのに力を割いてしまっていたのがまずかった。
ガラスが割れる硬質な音と共に衝撃波を喰らい、後方へ大きく吹き飛ぶ。]
くっうう…!!
[彼とは違い、緊急時用にと考案したが実行に移したことはなかった飛行術だ。
彼が体制を立て直す間も翼はもがき、ぐるぐると無様なダンスを踊ってしまっていただろう。]
うぇる、――……っ
[最後に見たのは。
物量のある嵐と、散る火花と、その向こうに居る親しき従者の―]
――――
[正面からまともに暗い、上空へ打ち上げられた。
同時に光の翼は形を失い、甲冑も粉々に砕け散る。
意識は闇の彼方へ飛んでしまった。
堕ちて行くのは、ボロボロのドレスを身に纏う、非力な少女の躰、だけ。*]
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