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― 礼拝堂 ―
[ともに傾く体。
ゆっくりと角度を増す床のライン。
いつもの流れは、ほんの少しその形を変えた。
まるで、なにかの意思が通じ合ったかのように。
床につく寸前、ジークが体をずらす。
十分な形で押さえこめないと悟った瞬間、
受け身をとって、すかさず立ち上がるよう動こうとした。
剣なくば殺せない。
―――剣を手放さなかった理由は、それだけではない。
そう、気づくことはなく。]
余計な、あがきを―――っ…
[距離をとり、立ち上がろうとした動きは、
不幸な偶然をひとつ生み出した。
振り下ろされたジークムントの剣は
十分な勢いを切っ先に乗せる
とっさに打ち払おうと掲げた左腕を
刃は深く切り裂いた。
焼けるような痛みと、広がる血の匂いが、
これが訓練などではないと思い知らせる。
…もとより、そのつもりだったはずだ。]
私の、理想の、礎となれ!
ジーク―――っ…!
[痛みをこらえて、半ば立ち上がった位置よりサーベルを振り下ろす。
銀の頭を胴から切り離すべく、まっすぐな軌跡で。]
― 礼拝堂 ―
[かつての、懐かしく眩い日々の思い出は
浮かぶ端から淡く霞んで遠のいていく。
そのことに違和感は覚えず、
疑問を持たぬ自分をさえ、怪しむことはなく。]
私の過ちを……
―――お前を、この手で、 斬る。
[刃が肉を貫く感触が手に伝わった。
苦鳴があがり、赤が咲く。
雫が一滴、頬に飛んだ。
不快な、生温かさ。]
[盾に弾かれたサーベルは狙いを逸らされ
一刀で命裂くことはならなかった。
深く食い込んだ刃を抜いて再び振るうのでは
相手に立てなおす隙を与えてしまう。
ならばいっそ、肉を噛んだ刃をさらに引き倒そうと
サーベルの柄に力を込める。
そこに、下からの衝撃が突き上げた。]
…っ く 、 は …
[殺意衰えぬゆえのあがきが、
蹴り上げられた膝が、鳩尾に深く入る。
一瞬息が止まり、視界が暗くなった。]
無駄な …、ことを …
[数度の咳き込みは、相手にどれほどの時を与えたか。
低く呻き、執念で握っていたサーベルに、意識を注ぎ込む。
だからそのとき、現れた異質な気配に気づくことができなかった。]
[温泉の方からごたついている声が聞こえてきたが、
正直、こっちはそれどころじゃない。
どころじゃないのだが、]
…… なにをしているんだ、お前たちは。
[思わず声が零れた。]
[目の前の緊迫があるため、飛び交う声への反応は少ないが]
……塔に捕らわれの姫か。
鳥かごに吊るしておいたのは、あれはまずかったな。
[なにか反省の弁がふと漏れた。]
― 礼拝堂 ―
[起き上がる白の姿と、唸る黒い獣。
等分に視線を注ぎながら、剣を杖に立ち上がる。]
しつけの悪い犬は首輪にでも繋いでおくんだな。
[凄惨な姿となりながら軽口めいた言葉を叩くジークムントへ、こちらも本気ではなく返す。
巨躯の獣を犬と見間違うわけでもないが、
いずれ誰かの使役獣だろうと思っていた。
それが、姿を変えるまでは。]
…………最近の犬は人間になったりするのか。
どうかしてるな、この世界は。
[唖然として獣より変じた長身の男を見る。
なにやらの冗談かと思うほどだった。]
死神の使いならば、暫しおとなしくしているがいい。
すぐに決着はつく。
[黒狼が示したサインには、目を細める以上の反応はない。
生憎と、人外の眷属などおとぎ話でしか知らない。]
ああ。―――次で決めよう。
[獣が、少なくとも言葉の通じる存在だと分かった今、
警戒は残しつつもジークムントとの対峙に意識を戻す。
先の一撃を受けた左腕の傷は浅くない。
すぐにも処置せねば危険な失血量だろう。
そんな危機の意識も、刃を構えて友に向き合えば
高揚にとって代わられる。]
[引き結ばれる視線のラインから、黒狼が引く。
投げかけられた問いに、ちらりと氷雪の蒼を向けた。]
私の生涯最大の
[考えることなく口に出された答えは、魂の底からのもの。]
ゆえに斬らねばならぬ相手だ。
あれは、私の弱さゆえに。
[続く言葉は、歪みを伴っていた。]
― 礼拝堂 ―
[傍らで見つめる黒の深淵。
死の使いは、はたしてどちらを飲み込む気だろうか。
おまえと二人ならば、なにものも恐れはしないが。
浮かぶ思考に、自らは気づかず。]
―――始めようか。さいごの時を。
[改めてサーベルを構え、友を誘った。]
[視線がぶつかる。結ばれる。
自分の理想の先に、いつも若草があった。
形は違えども、結局は同じものを追求したふたり。
だから殺すのか?
―――だから、殺さねばならない。
手を取って共に歩めるなど、幻想を抱かぬよう。]
ジーークっ!
[氷雪の蒼が、瞬間、殺意に輝く。
相手が踏み出すと同時、こちらも駆け出しながら
サーベルを胸の前に構えた。]
[傍から見ていれば滑稽だろうか。
勢いも、鋭さも足りない二つの刃が互いを目指す。
ぶつかる手前で自らは一歩足を止め、
力を溜めてサーベルを横に振りぬく。
相手の右脇腹から上へ、斬りあげようと。
自らの防御など考えもしない、ただ、殺意だけの太刀筋。]
[刃は意図した相手を切り裂かず、
相手の切っ先がこの身を貫くこともなく。
忽然と間に現れた男を見上げ、
伸ばされた手に触れられるのを感じて、
―――不意に気づいた。
(呪縛から逃れえぬならば)
自分が、刺し違えるつもりであったのだと。
(自分を止めるには、それしかなかった)
余計なことを。とっさによぎる感情は、ただそれだけ。]
……邪魔が入ったな。
お前を殺し損ねたのが悔やまれてならない。
[瞳に浮かぶ殺意の隙間に、安堵が浮かんで消える。]
近いうちに、決着をつけてくれよう。
[一方的に告げ、
転移しようとする黒狼の手を逃れて下がる。
傷ついた体は、空間に飲まれて消えた**]
― 礼拝堂 ―
[
その顔の白さに、胸に痛みが差す。
去りゆく間際、彼の唇に浮かんだ笑みにも、同様に。]
――― また。
[空間を跳ぶまえに唇に乗せた言葉は、彼の耳に届いたか。
ほんのりと浮かんだ笑みは無意識の産物。
なぜ、こんな―――
浮かんだ疑問は、なにかの力によって押し込められた。]
― 砂漠の町 ―
[安全な場所へ。
怪我の治療をできるところへ。
そう望んで飛んだのは、人のいない乾いた町だった。
最初に現れた宮殿にたどり着かなかったのは、
そこが"安全な場所"ではないと無意識に判断したためか。]
―――家や店があるなら、なにか手に入るか…。
[左腕からはいまだ血が滴り続けている。
腹に受けた打撲も、思ったよりも重い。
気を抜けば崩れそうになる体を支えて、町をさまよう。]
[町の中央には噴水があった。
―――立地を考えれば、この町はよほど豊かだったのだろう。
それとも、かつては周囲も緑深かったのかもしれない。
深いところから水をくみ上げているのか、
いまだ、少量ではあったが流れる水を得て傷を洗い、冷やし、
民家らしきところで布を手に入れ、左腕をきつく縛る。
布はすぐに血の色に染まった。]
……――― 。
[簡易ながらもできることをして、噴水の陰に腰を下ろす。
そのまましばらく動けなかった*]
[霞んだ意識の中、声が聞こえてくる。
犬に会った。 ―――ヴォルフ 。
断片的な単語が届けば、ゆっくりとした思念を飛ばした。]
……あの、しつけの悪い犬に会ったのか?
ジークは、 …銀髪の男は、一緒ではなかったか?
― 砂漠の町 ―
[照り付ける太陽をかろうじて逃れ、
噴水だった泉の陰で、男はまどろむ。
知らせを受け取れば、表情は幾分か穏やかになり、]
[夢の中、愛しい
君がここにいれば、
ここも、地獄ではなくなる、か ───
[それでも、いなくてよかった。
青く霞む思考の彼方に面影を浮かべ、微笑む。
君にこんな姿を見せなくてよかった、と。]
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