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[救助活動を終えて、船首と船尾、そしてマストに掲げられた灯火を互いの目印とし、おのおのシコンへ向う。
天気が回復するまで、隊列を整えるのは難しかろう。
だが、ウルケル側からの追撃は行われなかった。
こちらに反撃の手だてがほとんど残っていないと知らされていながら、ゲオルグの引き際は鮮やかだった。]
敵でなければ──とは
[無性に欲しくなってしまうのは性分だ。]
[雨の艦橋。
アレクトールは、いつの間にか足元に1羽の鳥がいるのに気づく。
まだ幼羽の名残を残した若鳥だ。]
風に流されて来たか。
旗艦を避難所にするとはな。
──入るか?
[雨衣の裾を開いてみせれば、若鳥は言葉を理解したように寄って来て、アレクトールの足元にすっぽりと収まり、ヒョイと首だけ出すのだった。]
[そうして、しばらく一緒に荒れた海を眺めていた。]
……、 …
セルウィン。
[呼びかけられて、若鳥はクウ、と仔狼めいた声で鳴いてアレクトールを見上げる。]
[若鳥は雨衣の外に出てアレクトールの肩に乗ると、耳を甘噛みして羽を広げた。
遠い空で、雲間に日差しが入って、奇蹟のように虹がかかる。
七色の光に向って、鳥は飛び立った。]
さらばだ。
俺のまだ見ぬ海峡の先まで天翔けてゆけ。
[目に入る雨が温かい。]
[後刻、別の艦に乗っていた”小鴉”から、セルウィンの戦死を伝えられたアレクトールは、知っている、と頷いた。]
あいつは別れを告げに来た。
[「まるで、子供が鬼ごっこでさんざん遊んだあと、手を繋いで帰るようだった」とのドッグファイトの最期に、もうひとつ頷く。]
誰よりも──近くて遠い友がいたんだ。
[会えたのだろう。空のどこかで今も見守っているはずだ。*]
[雨の紗幕の中、ルートヴィヒと束の間の再会を果たした後、殿軍を担う第二艦隊と再び距離をとる。>>188
その後、ルートヴィヒは”声”で巡洋艦ヘイゼルの発見を知らせてきた。
そして、意外な人物の情報も伝わってくる。]
ストンプ侯が?
[ファミルが呼び出したにしては戦場につくのが早すぎる。
むしろ彼は主戦派であったのか。
材料のない憶測は危険ですらある。
ルートヴィヒが会いに赴くというなら、それで事足りると言葉を呑んだ。]
[むしろ、ウルズに関する新情報に虚を突かれる。
彼女が移民であることは知っていて、帝国辺境や移民の多い第三艦隊への辞令を出したのも自分であった。
が、運命の糸は今、海上でさらに縺れて、感傷の綾をなす。
ロー・シェン、ウェルシュ、ウルズ、そしてルートヴィヒ。
その場に集う者たちの不思議な縁の一端に触れてアレクトールは瞑目した。
仮定、とルートヴィヒは言ったが、姉であった、許嫁かもしれなかった、と過去形で告げられることが認識を重くする。
もはや覆りようもなく──そこに横たわる死。]
[ストンプと呼ばれる造船の街を訪れたことはないが、あながち無縁とも言えず。
12歳の誕生日に何が欲しいと祖父に問われたアレクトールは、「戦艦」と答えた。
「おまえにはまだ早いな」と祖父は笑ったが、死後、残された遺産の中に「皇太孫の戦艦資金」と銘打たれた蓄財があり、何事につけても舅に従順だった父は、それをそのままアレクトールに委ねた。
数多の図面を取り寄せ、模型を作り、アレクトールが気に入ったと選んだのは、ストンプから送られて来た中にあった無記名の図面だった。
力強く壮麗。進水式の音楽が聞こえてきそうだと思った。設計者の夢に感応したのかもしれない。
何故、無記名なのかについては「習作だから」とか「コンペに出すと差し障りのある名だから」とかいろいろな憶測が飛んでいたが、ついに解明されないままだ。
さまざまな改変は施したものの、その図面をもとに、アレクトールは10年越しの誕生日に念願の
[アレクトールは砲撃で破壊された旗艦を振り仰ぎ、額に落ち掛かる濡れた髪を掻き上げた。]
いい面構えになった、と言いたいところだが、船は女性だというからな。
港に戻ったらきれいにしてやろう。
[戦い続ける。自分の心を確かめるように、次を口にする。]
− 旗艦シュヴァルツアイン 艦長室 −
[空がふたたび暗くなっていた。
夜が近いのだろう。
艦長室に戻ったアレクトールはシャワーを浴びて乾いた服に着替える。
それから、主治医と呼んでいる”小鴉”の町医者に短い手紙をしたためた。
『ウルズ・アイグルの母を頼む』
それだけでウルズの身に何が起きたか、相手は察するだろう。]
[ウルズとアレクトールの間に直接的な交流はないに等しい。
アレクトールが初めて彼女の名を聞いたのは、この”主治医”からだ。
「母を治療するために名医を探して国を出てきた娘がいてな。治療費は身体で払ってもいいぞとからかったら、奮然としていた。親孝行で純情ないい娘だ。治療費を稼ぐためにおまえのとこの軍にいるんだが、手ぇ出すなよ」
そんな風に牽制されて、
どの娘かわからなければ困る。
と言ったら、翌日、女子更衣室が覗けるスポットに連れて行かれて教えられた。]
/*
故意にではないとはいえ、自分のPCでピーピングやったのはコイツが初めてだと思うw
追悼です! これは追悼です
[アレクトールが知るのは彼女のほんの一面だ。
真面目で、芯が通っていて、教練では綺麗な敬礼をしていた。
いくつもの絆をゆるやかに握っていたウルズは、多くを残して死んだ。
アレクトールにできることは多くはない。
だが、ゼロではない。
立ち尽くすよりも、一筆の手紙を書く。]
− シコン港 −
[雨雲の支配下を抜けて、艦隊編成を編み直した帝国艦隊はシコンへ帰港した。
曳航されてきた艦、戻らぬ艦もあるのを見てシコンの民はいささか不安を覚えたかも知れず。
ファミルの死の知らせは民にさらなる悲しみをもたらしたが、葬儀の布告がなされれば、協力して事にあたる動きが出てくる。
帝国兵の規律は守られており、静謐ななりの秩序が保たれた。
シコンのドッグは船の修理にフル稼働し、弾薬も燃料も新たに積み込まれる。
哨戒がてら湾外へ出て行われる訓練は、ウルケルとの実戦を経て真剣さを増し、動きに無駄がなくなってきていた。]
[アレクトールの元には、帝国への連絡便に積み込まれる書類として、戦死あるいは戦死見込みの者の名を綴った書類が届けられていた。
何処で、どう死んだかまでは記されていない。
年齢も、性別も、出身地もなく、階級すら記載されていない名簿。
等しく帝国の兵で、等しく失われた命だ。
アレクトールは、海の見える窓辺に立ち、全員の名と所属を読み上げる。
皆、よく戦ってくれたと。
ひとりきりの儀式だった。]
[その中に見つけた、ひとつの名前。]
ミリエル・クラリス=エマニエル、第三艦隊──
…ミリエル・クラリス?!
[15年前に死んだのではなかったのか。]
[巧妙に出世を、目立つ活躍を回避してきた彼女の名は皇帝に届くことはなく、彼女がどんな人生を送ってきたのかアレクトールは知らない。
暗い船倉で呪いの歌を口ずさんでいた少女は、どんな声で命令を復唱して戦場に立ったのか。
生きていた──と戦死者名簿を見て驚く無意味さに額を押さえる。]
我らの運命は、かくも捩じれてすれ違っていたのだな。
― 回想:9年前/帝都 ―
[それは俺がやっておく、おまえはこっちを頼む、そんな大雑把で緩やかな共同体の中でルートヴィヒは少しだけ身を引いているように感じられた。
仲間たちの中には、喧嘩のときだけ来るとか、海には行かないといった自分の遊ぶ領域を持っている者はいくらもいたけれど、それとはまた違う。
それがルートヴィヒの選んだ位置ならば構わなかった。
そんなある日、ルートヴィヒは「組織化」を持ち出す。
犯罪組織とのぶつかりあいで、皆が少し浮き足立っている時だった。
アレクトール自身は、協力する者がいないならルートヴィヒと二人だけで片をつけるつもりだったから、
弱いと言われても特に不自由は感じなかったが、皆で揃いのシンボルを持つのは楽しそうだと思った。]
やろう。
[同意を与えたのはそんな動機。]
― 回想:9年前/帝都 ―
[ルートヴィヒの対応は早く、数日後には試作品とやらを披露してみせる。
こんな時には彼の実家の持つ財力とネットワークを実感するのだった。]
鴉だな
[ピンと来たイメージはそれだと名指す。]
モルトガットの建国史は知っているだろう。
若きサルバ=モルトガットは、故郷を広く襲った疫病から逃れるべく一族郎党を率いて旅に出た。
船に乗り、鴉と太陽に導かれてアルマダの地──いまの帝都へ辿り着いた。
すぐに現地の人間と意気投合して、乱れ切っていた王国を打倒して新しい国を作った。
資金がないから、旗も武具も消炭で真っ黒に塗って、当時、彼らは”鴉”と自称したそうだ。
その故事にあやかって鴉をシンボルにしたい。
望むらくは、シンボルだけれど実用的なものだ。腕輪など使えない。
この短剣ならば、いいな。鴉の嘴めいて見えないか。
― 回想:9年前/帝都 ―
巧いもんだ。
[デッサンに修正を加えてゆくルートヴィヒの手元を見守る。]
絵が趣味だといえば十人がとこ頷くのに。
[デッサンの段階ではよくわからないからと口出ししないが、また試作が出来てくれば抜いてみたりして望む感触を伝える。]
鞘にひとりひとりの名を入れられるか?
− シコン −
[夜、アレクトールは今は亡きファミルと最後の夕餉をとった食堂にいた。
アレクトールとファミルが会ったのは、まだアレクトールが皇太孫の時分。
移動中の帝国軍が、積み荷を狙った賊からアンティーヴの商団を守った折だった。
商団長は感謝とともに帝国軍の勇猛さを誉め称え、「帝国が守ってくれれば安心」と傍らのファミルに語る。
リップサービスだったのだろうが、幼いアレクトールにとって、庇護対象ではなく守る側と見なされることは目新しく、義務とも誇りともなった。
アレクトールより8歳年上の異性であるファミルは遊び相手には向かなかったが、騎士が献身の対象とするには申し分ない淑女であった。
次の街まで同道する間、なんとなく彼女の側では背筋を伸ばして、海辺で拾ったきれいな貝を偉そうにプレゼントしたりしたものだ。
大人になって再会しても、色恋抜きの崇拝を抱ける特別なひとであった──]
[ファミルの葬儀が多分に、政治的にとられることは承知の上だ。
人からどう見られようと構わない。だが…]
俺は彼女の希望を叶え、かつ、戦場から離しておきたかった。
[その結果が──これで。
物思いに沈んでいる間にチコリ・コーヒーは冷めてしまっていたが、その苦みを求めるように口に運ぶ。*]
― 回想:9年前/帝都 ―
いい出来だな。
掌にしっくりくる。
[鞘を弄びながら、名簿がないと面倒というルートヴィヒに、肩を竦める。]
誰は入れるが誰は入れないと査定する方が面倒じゃないか。
資格も何もないんだぞ。
― 回想:9年前/帝都 ―
[将来のため、を語られれば表情は改まる。
アレクトールの将来、それは皇帝に決まっているから。
遊び仲間たちを国民に置き換えれば、生かし活かさねばならない。
その要となる者たちが必要だ。]
基準は、
俺の側にいて楽しめること、
俺を感嘆せしめる才を持つこと、
そして、己が才を他者のために出し惜しまぬこと。
[心にかかるメンバーの名をあげてゆく。]
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