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[魔軍の先頭を行くのは、シメオンに煽られた亜人たちだった。
本隊の出立より先に動き出した彼らの後に、ゴーレムや屍兵らが続いている。
本隊の最前部もまた、残りの雑兵たちが占めている。
やや後方に鉄底族があり、その横をゆっくりと狼牙族が並んでいた。
狼牙族は魔王に粛清された族長の代わりに、新たな長が立っている。
砦攻めは彼らの強みを生かせる戦場ではなかったが、それでも戦功を立てねば後がない。
進んでいく魔軍を追い立てるように、魔王を乗せた魔法兵器も砦へと向かう。
後には、踏み砕かれた街道が残った。]
[人間の斥候などは気にしなかった。
手の届くところにあれば殺すが、積極的に追うこともない。
此方から斥候を出すこともしていない。
出さずとも、人間は前にいる。]**
― 砦到達より少し前 ―
[進軍する魔物たちより後方、全てを見渡せる位置で玉座に寛いでいた魔王は、人形が出ていくのに目を止めた。]
ツィーア。
餌を取りに行くのはいいが、砦の前の門には近づくな。
罠だ、と双子が言って寄越した。
[罠など正面から潰すまでだが、人形が変な壊れ方をしても困る。
そんな程度の軽い注意だった。]*
あれは、今度はなにを見つけたのやら。
あのモンテリーの生き残りであれば、またおまえの餌が減ってしまうなぁ。
[惜しいというような調子では言ったものの、どうしても欲しいというほどの獲物でもない。
あれを遣らずとも遠からずツィーアは満ち足りようし、シメオンが新しい素材でなにを披露してくるのかも興味はある。
他の『良い素材』については覚えはなかった。
一介の傭兵の配下にすぎない人間のことなど、魔王の視界の片隅にも入っていない。]
[そういえば、と魔王の興味は他へ移る。]
シメオンは、あの王族に何をしたのだろうかな。
[あの王族に研究とやらを試して、すぐに披露するかと思えばそうでもなかった。
時間がかかるのか、と思えど、一度気になってしまえば自制は無い。]
どれ。
誰ぞ、シメオンの天幕に行って、あの王族がどうなっているか見てこい。
……そうだ。
動かせるようならここまで連れてこい。
[直接行くほどではないが、直接見られるならそれに越したことはない。とばかりに留守の天幕へ使者を差し向けた。]
おまえの愛する国が蹂躙されゆくさまを見せてやろうよ。
[生を封じられた人間が周囲を知覚するのか、知らないし興味もない。
魔王の気まぐれを満たすためだけに、皇子の身体は玉座の隣に設えた寝椅子のようなものに横たえられた。
上半身を起こして外が見えるようにしてやったのは、魔王の心遣いだ。]*
/*
ツィーア!!!!!
そこで!!!それを出すか!!!!!
待って。それで腹筋にダメージ受けるの、今のところ我だけなんだけどwwwww
回し車キタコレwwwwww
― モーザック砦北西 ―
[街道を堂々と進んできた魔軍は、夜が空を覆う頃にモーザック砦の前に到達する。
最初に篝火の明かりに照らされたのは、屍兵とゴーレム、亜人たちの混成部隊だった。
誰かが指揮するわけでもない。
功に逸った雑兵どもと、創造主の言い置いた命をただ愚直に忠実に実行せんと進む死者と土塊の群れ。
その進軍は歪でちぐはぐで無秩序だった。
ただ、数ばかりは多い。
それぞれが緩やかにまとまりつつもバラバラに進む先行部隊の前に、林立する柵と、聳え立つ立派な門が現れた。奥にあるはずの砦の姿は、まだ見えない。]
[目的地へ到達するなり、亜人たちは喊声を上げて突撃した。
複雑に立てられた馬防柵の間を右往左往する間に、突撃の勢いは薄れる。
しかし、目先にぶら下げられた褒美に目がくらんでいる亜人たちは、めげずに突破を試みた。
右へ行き、左へ行き、時にはぐるりと回りながら、柵を壊す手間をかけるよりはと道なりに出口を目指す。
「隊長!火を放ちましょう!」
ゴブリンどもの一団が刻一刻と迫ってくる中、火計を任された工作隊の隊長は、泣きつくような顔の部下に、頑として首を盾に振らなかった。
「俺達が燃やすのは、ゴブリンどもじゃねえ。あの腐れ野郎どもだ」
のたりのたり進む屍兵の一団は、まだ馬防柵の内側に入りきっていない。今火を付ければ避けられて、討ち漏らす可能性があった。]
[いよいよ亜人の先頭が柵の終端に近づき、護衛の歩兵たちは一戦交える覚悟を決める。
だが柵の間を抜けてきたゴブリンたちは、すぐ側にいる人間たちなど見向きもせずに、立派な建物を目指して駆けていった。
彼らにぶら下がっている餌は、『もっとも身分の高い人間』だ。
そういう連中は、立派な建物の中にいるものだと思っている。
その建物が、半ば幻影だと気づく知能も無い。
駆け抜ける亜人たちの後ろで、横で、前で、柵があかあかと燃え上がった。
遂に屍兵を顎へ捕らえ、罠が牙を剥いたのだった。]
[複雑な通路の中で炎に巻かれた屍兵たちは、次々と黒く身を焦がし、活動を止めて崩れ落ちる。
中には燃えたまま暫く歩くものもあったが、出口にはたどり着かずに燃え尽きた。
屍兵と共に進み、炎をものともせぬゴーレムたちは、その強靭な体と膂力を揮って目の前を塞ぐ炎の柵を破壊しにかかる。
屍兵を救おうというのではない。
そもそも彼らにそんな知性は無い。
直進するに邪魔な障害物を排除しようというだけだ。
執拗なゴーレムの殴打により柵が崩れた箇所は火勢が弱まり、いくらかの屍兵が燃えずに残ることもあった。]
[先を進む亜人たちには、屍兵の窮状に構うつもりも余裕もない。
不幸な連中は屍兵と共に炎に巻かれて悲鳴を上げたが、先を行く者達は真っ直ぐ先を目指した。
褒美という餌に釣られ、炎に追い立てれらた亜人たちはたとえ上から射かけられようとも向こうに重歩兵の列が見えようとも、先を争って門へ殺到する。
奥で待ち構える重歩兵に斬りかからんと勇んで飛び込んだ先頭の一匹は、門をくぐった途端にふつりと掻き消えた。
続々と飛び込む仲間たちが消えていくのを目の当たりにして、ようやく亜人たちも何かがおかしいと勘づく。
だが、なおも背後から来る味方に押され、矢や炎に追い立てられ、じわりと横に広がりつつも門へ飛び込んで消える者は後を絶たなかった。]*
― 魔軍本隊 ―
[先に行ったものたちから遅れること暫く。
本隊が砦の前に到達するころには、炎があかあかと夜空を焦がしていた。]
は。
無様だな。
[炎の中に蠢くものを見、重なる悲鳴を聞いて魔王は吐き捨てる。
罠を知りながら対処しなかったことは、完全に棚に上げていた。]
― 魔軍本隊 ―
[前線へ到着した魔軍の本隊を迎えたのは、燃え盛る炎の回廊だった。
数多の屍兵を焼き、未だ火勢衰えぬのは工作兵らの尽力の賜物。
恐るべき炎の中を突っ切って進軍しようという無謀は、さすがに愚鈍な亜人たちの中にもいない。
意を決した狼牙の一匹が、燃える柵を避けて砦へ近づこうと試み、複雑に配置された策の内側へいつしか誘導されて炎に巻かれ、絶命する。
それを目の当たりにしたものたちは、いっそう慄いて立ち尽くした。
この炎の猛威の前では狼牙の俊足も、鉄底の堅牢も役には立たない。
停滞する進軍を、苦く見下ろすものがいる。]
なにをしているのだ。
[玉座から腰を浮かせて、魔王は苛立ちの声を上げた。
たかが炎。たかが人間の作った罠である。
この程度、なぜ踏み潰せぬのかと。]
やはり雑兵どもなど当てにならないな。
[忌々しく呟く視線の先には、先行のゴブリンどもの姿がある。
柱と蔦でできた紛い物の城門に突撃しては消えていく無能ども。
魔王の目に、凡百の術士が掛けた幻術など映らない。
仕掛けられた時空の穴に飛び込んでいく愚物が見えるのみだ。]
ツィーア。進め。
[苛立つ魔王は、ついに己の城へ命を下す。
核が離れ、動きが鈍くなっているのを知りながら。]
あの小賢しい代物を薙ぎ払え。
[燃え上がる柵と、一夜にして建った幻の城と、罠に嵌った見苦しいものどもを踏み砕けと。]*
[足元で魔法兵器が鳴動し、歯車の唸りと魔導の波が大気を揺らす。
火花散らし伸びる射出翼の光が、玉座の上も淡く照らした。]
好い。
好いぞ、ツィーア。
[あらゆるものを踏み砕き進む城塞の上で、魔王は快哉を上げる。
全てを越えてゆくシンプルで美しい力の発露こそ、魔王がなにより好むものだった。]
[前触れなき城塞の吶喊に、魔軍は大いに混乱し、割れた。
進みゆく魔法兵器の足に、燃え上がる柵が、焼け残った屍兵が、ゴーレムが、本隊前面に展開していた亜人たちや鉄底族の一部までもが踏み砕かれる。
混乱した魔軍は、それでも王の進軍に遅れまじと後に続いたが、そこにエルフらによる強襲遊撃隊の攻撃が加えられた。
更なる混乱の中、応戦することもままならずに魔の軍勢は次々と数を打ち減らされていく。
それを魔王が顧みることはない。
王に追従できぬ者達が悪いのだと言わんばかりに。]
[双子たちの声が聞こえてくる。
それは純粋でいとけなく、愛すべき無垢なる狂信。]
期待していよう。
おまえたちは、本当は良くできる子だからな。
きっと我を喜ばせてくれるだろう?
[約束だ、と囁いて、胸の印に指で触れるような圧を一瞬残した。]
[やがて、魔法兵器の先端が人間どもの一夜城へ届こうかという時に、魔王は我が城塞の足を止めさせた。
まさかあの小さな転移門ごときにツィーアが影響を受けるとは思わないが、妙な魔法の干渉が起きても困る。]
ナール。
やれ。
[魔王の言葉を受けて、定位置の塔に止まっていた黒竜は身震いして翼を膨らませた。
体いっぱいに息を吸い込み、牙の並ぶ顎を大きく開く。
喉の奥から噴き出したのは、炎ではなかった。]
[それは生き物を殺し草木を枯らせ大地を腐らせる汚毒の霧。
竜の鱗よりもなお昏い霧が吹きつけられれば、植物でできた仮初の門は黒く萎びて崩れ落ちていく。
不運にも霧に触れるものがあれば、同じように崩れ溶けていった。
一夜城を黒い汚泥へと変えたナールは、誇らしげに翼を広げて咆哮を上げる。
その勝利の雄叫びが、不意に悲鳴へと変わった。]
[広げられた黒竜の翼を、巨大な矢が貫いていた。
砦の上部に設えられたバリスタが、ついにその威力を発揮したのだ。
止まった的であれば当てるのも容易い。
バリスタの強靭な矢は竜の鱗を貫通し、かの強大な幻獣にも痛手を与えた。
それだけではない。矢のいくたりかは魔法兵器にも当たる。
なにしろ、的は巨大だ。]
ナール。
下がっていろ。
[クロスボウなどは脅威とはならないが、バリスタの攻撃にさらされ続けていれば黒竜といえども危ういだろう。
珍しくも魔王は乗騎に下がるを許した。
飛び立った黒竜は、バリスタの矢の届かぬ場所まで舞い上がる。]*
[ナールが飛び去った後、バリスタやクロスボウの矢は必然的に魔王の城へと集中する。
玉座にある魔王の姿は夜の闇の中でも淡く輝いていたから、城兵らの攻撃も必死のものとなった。]
ここに、レオヴィルの王族がいると知ったら、奴らはどうするつもりだろうな。
[己はあのような矢玉で倒されるつもりはないが、人間の身体は容易く壊れるだろう。
未だそうならないのは、彼我の距離が射程ぎりぎりであることと、単なる幸運の賜物にすぎない。
ただ、どちらにとって幸か不幸か、城の連中に教えやって攻撃を止めさせようという発想には至らなかった。]
痛くはないとはいえ、これは鬱陶しいな。
少し下がれ、ツィーア。
[小賢しい罠は踏み砕いた。
後は雑兵どもに任せればいいだろう。
そう考えた魔王は後方を振りかえり───広がる惨状に暫し沈思した。]
そういえばおまえ、
さきほどなにか下で言っていなかったか?
[微かな波動の揺れがあった。
こちらに向けられたものではなさそうなので放置しておいたが、ふと気になって尋ねてみる。]
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