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― 中央平原 ―
[ やれやれ…と、司令官の前でとるには本来、不適切だろう言動をみせるレオノラを顔色を変えるでもなく看過し、受諾の返事に頷く。]
そうだ、リンザールの騎馬弓兵は、その速度をもって相手の前方へ疾駆し、
驟雨のごとき斉射を行なって身を翻し、また別の場所に打ちかかる鞭となれ。
[ 自由闊達に翻弄せよ、と唆して見えざる矢の放たれる先を見やった。
帰還を促す声に手綱を引く。*]
草が波のようにうねっている。
空も大地も広く、風が気持ちいい。
[ 身体で感じているものを、心で共有すべく、深く吸い込んだ。]
ところで、訪問先への土産は何にした?
[ おまえのすることに興味がある、と、そんな情愛を隠さず問いを投げかける。]
― マルール王国軍野営地 ―
[ 戻る頃にはだいぶいい時間になっていた。
篝火の数もさることながら、炉もまた必要以上に多く切ってあるのは、相手の斥候に兵数を読ませない手立てだ。]
リンザール隊長、護衛の任を解く。
酒保で林檎酒を受け取るといい。
[ 馬の世話は、言わずもがなだろう。]
…ソン・ベルク団長が水練命令でも出したか?
[ 川に飛び込んで、はしゃぐ兵らの姿を訝しむ。
と、伝令が内外の情報を持ってきた。]
はは、沐浴施設が落成したか!
そして、ティルカンからの使節は来ていない、と。
[ そこ、留守役に任せようと思っていたのに、とは口にせず。]
ああ、いいとも。
どこかで果樹を見つけて齧るか。あの時みたいに。
[ 乗っかってくるような声に、微笑んで答える。]
塩ダラ?
それはまた喉が渇きそうだな。
[ まったくもって高級品ではないが、湾岸地方の名産ではある。
「かっちかち」は当てこすりなのかと勘ぐったが、深い意味はなさそうだ。
レトの気質は陽性で、相手を弄るにしても笑いが伴う。]
[ 司令官の帰還を聞きつけてナイジェルが足を運んでくれる。]
留守居ご苦労だった。 助かったぞ。
[ ナイジェルがもたらした報告とこの先の行動のための手配は的確だった。
言葉では信頼を伝えきれないが、陣中のこと、その路線で進めるよう指示するにとどめた。]
風は、そうだな。
さまざまな匂いがした。
君の意中の人は、ティルカン側の総大将になったらしいぞ。
[ レトが伝言を届けたと知らせる。]
さて、風呂に入りながら軍議でもするか? **
[ 自然の中では、レトは師だった。
草笛の吹き方も、魚のつかみ取りも、果物の酸い甘いの見分け方も、喜々として教えてくれた。
その才が戦の場面でも発揮されるとは、新しい驚きだ。]
水計か…。
[ 短く思案して、]
野営地の水浸し、は有効だろうな。
やる価値はある。
[ 兵力の損耗にはならずとも、相手の気をひくことはできる。
分断こそは重要な鍵だ。]
王都には手を出さなくていいぞ。
可能なら、ブリュノーには、王妃と嗣子を歓迎してもらいたいと思っている。
こじ開けられるより、趨勢を見極めて、自ら門を開いたという形にした方が、後々の心証がよかろう。
[ 二人をただ王宮に返せばいいというものではないと考えていた。]
ともあれ、
よくやった、とおまえの頭を撫でてやりたい。
[ 蜂蜜酒や風呂もいいが、魂の呼び合うところに帰って来て欲しいと、素直な思いを告げた。]
[ 風呂での軍議は冗談にしても、一番風呂の栄誉はありがたく受け取ろう。
将校用浴場に向かう途中、「あれは《猿》専用だそうです」と指し示した広い沐浴場を見やる。
そんな区分けをする必要が? と一瞬、思いはしたが、専用浴槽にスライダーだの浮き台だのがあるのを見て、納得した。
《猿》もレトも、入り込みたいところには遠慮なく行ってしまうタチだから、あれは彼らの行動を制限するためのものではなく、彼らの自由を保証する占有エリアと言えよう。]
仮設なのが惜しいくらいだな。
[ もっとも、野営地を引き払う際に、わざわざ壊さずともいいものだ。
後々、ここに特殊な街ができるかもしれない。*]
[ 後刻、軍議の席には、軍団長および隊長クラスの者たちを招集した。]
ティルカン軍の指揮官ガルニエ騎士団のクリフ・ルヴェリエから、
第一王子にティルカンの後見をつけて復権させるつもりであるとの回答があった。
若い王子を利用し、ブリュノーをティルカンの一邦にしようとの意図は、我らの大義とぶつかる。
マルールから後続の隊も到着し、全軍が揃った。
行動の時だ。
[ 一同を見渡し、牛皮の大きな地図を足元に広げた。]
我らは大街道を中央平原へと進む。
そのまま通常速度で王都南郊まで伸すつもりだ。
[ マルールの大義が通れば、いずれ王妃とその嗣子が辿ることになるだろう道筋である。]
リンザールの騎馬弓兵を露払いに、
中軍は縦列、その他は三々五々、広域に散らして進む。
[ 一見、散漫ともいえる布陣だが、タイガが指を広げてかざせば、それは精緻なレース編み、あるいは艶やかな柄の蝶を連想させた。 ]
[ 相手の射投攻撃の的を拡散させるに留まらぬその意図は、]
ティルカン側に、これなら突破できると思わせたい。
果敢に攻めてくるならば、軽く当たって逃げ、相手を分断してゆく。
用心して密集するなら、包囲する。
その裁量は、諸君の用兵にかかっている。
[ 政治的な説明は割愛したが、ティルカン連邦の独立機動性を逆手に取った策だった。
烏合の集と侮るつもりはないが、ブリュノーを失えば最前線となるリンデマンスと、極東の国兵の危機感は違って当然だろう。他の国よりも功をたてなければ、今後、議会での発言権に影響するといった柵もあると読んだ。
兵らの背後で抜刀して焚きつける恐怖専制的な将がいるならまた違うが、レトが寄越した情報によれば、連邦軍の総大将は若きガルニエ騎士団の長だそうである。各部隊の自由意志を尊重するのではないか。]
この拠点も、山道を迂回すれば背後をつけると彼らが考える程度の兵しか残さずとも良いだろう。
実際のところは、山道で立ち往生させる仕掛けを施しておくが。
そうやって各所に相手の気をそそるものを撒いておき、分断したところで、敵本隊を物量制圧する。
[ 開いていた両手の指を胸の前で閉じた。]
撤退するならば追撃はしない。
我らが超えることのない一線は、相手にも伝えた。
──以上だ。 君たちの意見を聞かせてくれ。*
邪魔な奴ら全部たたき出す、とは過激なことを言う。
[ むしろ謂れもなく叩き出されてきただろう部族の血を引くレトだが、その口調に恨み節は感じられなかった。
だから、指摘する声も感嘆の色を含む。]
意見のあわない者たちとも落とし処を見つけねば、国などというものは成り立たないからな。
安心しろ、そういうことは兄が面倒をみる。
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