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[ 視線を感じた気がして警戒を強める。
人の気配はしない。だが、風もないのにざわつく梢はどこか不穏だった。]
…む、
[ スルリと背後から忍び寄る蔦を振り払う。
ギィの新たな遊戯か?]
どこにいる。
[ 修辞的疑問だ。
他にどんな理由も認めたくはない。]
[ 木々の接触は、だんだんと激しさを増してくる。
ギィの仕業ではない気もしてきた。
だとしたら誰か? ギィばどこへ行った?]
──…確かめるくらいは、してやる。
[ 落ちていた手頃な枝にライターで火をつけて松明の代わりにする。
それで周囲を払いながら、歩き出した。*]
[ 意志あるもののように攻撃してくる樹木に示す己の反応は、普通の人間とはかけ離れているのだろう。
元々、表現力に欠けることは自覚している。地が出てしまっている。
ギィとの出会いが影響していることは確かだ。
なりふり構わってはいられないなくなるようなものを、あの男は仕掛けてくる。]
どうするかな
[ 起きている事態の全貌はいまだ知れず、ただ、森の攻撃に一定の法則があることは読み取れた。
無理をすれば、森が行かせまいとしている方向へ進むこともできなくはない。
だが、そうしたところで元の世界へ戻れる保証もなかった。]
[ 冷静な計算で威圧的な森のエスコートを受け入れて、森の奥へと進む。
やがて、梢のさらに高みに抜きん出た尖塔が見えた。]
…、
[ いかにも、である。ギィの居城だろうか。]
[ 周囲には、蔦が引きちぎられ、枝の折られた跡があった。
よほど、抵抗した者がいると見える。
それほどあれは、危険な場所か。
背後で茨が急かすように鳴った。
タクマは覚悟を決めて歩き出す。]
[ 前方に現れた瀟洒な門は、開いていた。
その先に、花園がある。
降り注ぐ月光の元で咲いていた。
その庭をも、踏み荒らした者がいる。
花壇に色合いの異なる染みめいて倒れた男には、見覚えがあった。]
──!
[ 瞬間の反応は、警官らしいものであった。
現場の保存と観察、である。]
[ 四肢を投げ出して横臥した姿は、月から落ちた精霊のように美しいが、ここは寝所ではない。
気を失っているのか?
だとしたら、これらの花は有毒なのかもしれない。
その気になればいくらでも息は止めていられるから、用心のためにそうして、ギィに歩み寄る。
松明を顔に近づけて、反応を見た。*]
[ 炎に照らし出された瞑目する顔は花よりもなお麗しい。
その髪に火の粉が落ちぬようにと、わずかに松明を動かした時だった。
予備動作もなく、腕が跳ね上がり、トラバサミの罠のごとく瞬時にタクマの手首を捉える。
上体もまた、人の筋肉の理屈を無視した所作で、横たわっていた姿勢から起き上がった。
ホラーである。
大抵の物事には動じないタクマも、目を見張った。]
[ 遅れてフワリと舞い散った花弁に紛れて、唇に押し当てられる圧。
またひとつ、盗まれた。
毒か、という懸念が脳裏を過るが判断する間も惜しい。
引き寄せられる勢いのままに、曲げた膝を相手に乗せる。
体重のかけ方次第では、肋骨を踏み折らんと。*]
[ 熱夢にうかされたような眼差しで見つめる男。
欲望のいろに、タクマは反射的に壁を作ろうとした。
関心を持たれることには、慣れていない。
だが、次の瞬間には、ギィの方からタクマを突き放す。
投げ技めいて転がされる身体。
再び対峙した相手は、剣を抜き放った。]
[ 一目で、
ずっと細く、黒い刃をしている。
それでも、触れてみたいと思った。
剣とあれば何であれ、目をひかれてしまうのは仕方ない。
向けられた切っ先の気迫に、気持ちはたかまる。]
去るときはひとりでいい。
[ 相変わらず戯言を言う男に向けて、松明を獲物代わりに青眼に構えた。*]
[ 優雅な攻撃を松明でいなす。
威嚇のための炎はほとんどその役を果たせていない気がした。
照り映えるギィの姿をむしろ際立たせるばかりだ。
追われ、戦うばかりの関係でいるのに、ギィは縁だと言う。
彼がタクマを狙ってすべてを仕組んだことなどあり得るのか? ここまでのことを思い返し、それはないはずだと否定する。]
っは、 ん
[ 舞に誘うかのごとき剣技に、意図せずして呼気がもれる。
それは、自然と淫花の香気を取り込むことにもなった。じわりと身体が熱をもつ。]
[ 漆黒の刃が掌を貫通する。
深く、切っ先が迫る。ギィとの距離が近い。
痛覚は絞っておいたから、のたうち回るようなことはなかった。]
逃げないのか?
[ つながった相手に問い、それから刃に”力”を流し込んだ。]
[ ちゃんと収めたわけではないから、十全には程遠い。
ただそれでも、大抵の刃は与えられる負荷に耐えかねて折れるか砕けるかする。
あの剣だけが、規格外だったのだ。]
──…、
[ もっとも、これは金属ではないと察してはいる。
よりしなやかで艶めかしいもの。肉感的で、官能的ですらある楔。
どこか、熱を帯びた目で挑むようにギィを見やる。
耐えるならば、この力はおまえのものとなるやもしれぬと。*]
[ 注いだ力は彼をも貫く。
だが、折れはしなかった。闇の刃も、欲望も。
耐えるだけの強さのない者には破壊の力と変わりない波動も、本来は加護を付与する力である。
そこまで理解したかは定かではないが、砕けも溺れもせず踏みとどまった男に、微笑みを向けられ、「感じる」と言われれば、千年来、なかった動悸を覚えた。]
…奇特な
[ そういえば、この男はずっと、タクマに焦点をあわせて離さない。
いつも小道具扱いに慣れていた身には、むず痒いほどに。]
[ 互いに動かぬままで、結ばれたうねりが変化する。
攻められている、と感じた。
この身から力を引き出そうというのか?]
おまえに、 倒したい相手はいるのか?
[ 目に見えぬ攻防に、わずかに身をよじらせながら、問いかける。
どうして、自分はこんなに相手のことを知りたがるのか、自らに問う発想はなく。*]
[ 呼びかけにギィは律儀に応じる。
しかも、一言問えば必ずといっていいほど、余計な告白までついてくる。]
生憎だったな。
[ 倒したい相手もいないのでは、己の力を役立てる場もあるまい。
ギィにはわからぬ理屈で結論づけると、おまえの欲求には応えられない、と眼差しにこめる。]
コレクションになるつもりはない。
[ 彼が盗んだあの宝石のようには美しくもない身だ。
つながった部分を通じて返された熱情が、魔力と紛うほどに純だったから、ギィの身体に蹴りを入れて刃に掌を裂させる勢いで振りほどかんとする。*]
[ 文字通り引き裂かれる感覚を伴って、ギィと離れる。
短くなってきた松明が手を炙った。花壇の外に落とす。
形ばかりの血を零す手をもう一方の手で覆いながら、じわじわと熱が身体の芯に及ぶのを知覚する。]
……、
[ よくよく顧みれば、我ながら、何ということを言ったのだと思う。
倒したい敵がいる、手を貸してくれと言われたら、うなずくつもりだったのか?
あるいは、問そのものが、ギィの求めに応える口実ですらあったのか?]
[ まったく、自分らしくない。
こんなのはすべて、甘い花がもたらした幻惑だろう。
ならば、一刻も早く、この場を離れて、正気を取り戻さねば。
不意に現れた影らがギィを取り囲んでいるのは好機であった。
投げかけられる視線を断つように踵を返して駆け出すが、いつの間にか門は閉ざされていた。
仕方なく、城館の方向へ向かう。*]
[背後を振り返らぬように頑なに進むと、傍らに現れた朧な影が両手に畳んだ布を差し出してきた。
衣類のようだ。
タクマの普段着ではこの城にふさわしくないということか。
好きなものを選べとばかりに影らが広げてみせたのは、 だぼだぼワイシャツ や 宇宙服 や シスター服 ──]
せっかくだが、遠慮する。
[ 端的に断れば、影らは何か協議でするかのように、もそもそと集まり、それからまた散開してタクマを取り囲んだ。
その腕はいつの間にか、ナイフやハサミや鎌になっている。
数多の刃と化した影らは一斉に腕をそよがせて、タクマの着衣を切り刻み始めた。
殺気のかけらもなく、撫でるかのような一閃に、糸にまで寸断された布が散る。
強制的にでも、着替えさせたいらしい。]
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