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[ タイガ・メイズリーク・ユリハルシラが弱冠28歳で遠征軍の総司令官に任じられたのは、やる気を買われたから──ではない。
妻の父親でマルールの要職にある公爵が後押ししたからだ。
むろん、これまでの経歴も判断材料となってはいるだろう。
政治の分野でも軍事方面でも、タイガは華のある活躍をみせてきた。
《華冑公婿》── そんな呼び名も膾炙している。**]
[世間の評判はそれとして、タイガ自身はいたって実直に任務を遂行しているつもりであった。
酔狂な手本はわりと身辺に事欠かなかったゆえ。
たとえば、実父。
若い頃にあちこちの植民地に査察官として赴いた体験から、自領に様々なものを導入した。
それは時計塔であったり、水利システムであったり、放浪の民に開放されたキャンプ地であったりする。 ]
[ 古いものの修繕もおろそかにはしなかったとはいえ、父の業績で人目につくのは、やはりそういった新しもの好きな路線であった。
家臣のうちには、「建国の功臣を先祖に持ちながら伝統の破壊者となっている」と嘆く声もあったが、領地経営という面では一定の効果をあげていたのは認められていい。
常に土木工事を行なっているから人も物も出入りが多く、経済が回れば街は賑やかになった。
領地で腕をみがいた職人の何人かは技術指導者としてこの遠征にも同行している。
父は、「職人が戦場に行くなんて」と、もったいなさそうな顔をしていたが、立候補であるからには止めだてはしなかった。
冒険好きな性格は海洋貿易で発展してきたマルール人の血筋ともいえるのだ。 ]
[ そして、この異国のどこかにいるだろう異母弟に、タイガは想いを馳せる。
父がもたらした、もうひとつの
まだ幼い時分のことで、タイガ自身はあまり覚えていないのだが、異母弟の生まれる前から、タイガは「こっちにおいで」と見えない誰かに話しかけていたそうである。
この世界には、顔をあわせずに呼び合うことができる者たちが一定数いるが、さすがに生まれる前から相通じていたというのは寡聞にして知らない。
ともあれ、父が作り出したのは建築物ばかりではなかったという証拠に、タイガには酔狂のもうひとつのサンプルたる異母弟レト・ベン・シャイマことラーシュがいる。 ]
[ まつろわぬ民の母と名をもつ異母弟は、タイガが総司令官を拝命したと聞いて、自分も行くと宣言してくれた。
《猿》と呼ぶ手勢にも戦支度をさせていたから、物見遊山のつもりではないのは確かだ。
ひとあし先に現地へゆくと言っていたが、いまだに合流はできていない。 ]
する気があるのかもわからないが。
おまえの場所はいつでもあけておく。
[ ひとりごちて、到着した後続部隊の慰労に向かうべく、足を運ぶ。*]
[ まだ旅塵もおさまらぬ中、伝令が駆けてきて『リンザール家当主レオノラ、只今到着しました』と報告する。]
さすが、疾風迅雷のリンザール騎兵だ。
[ 当主のレオノラはタイガと同年輩の青年だ。
次男坊の身軽さでレオノラが放浪していた頃から、彼の生真面目な兄ジャンには軍馬の目利きを教えてもらったりと家柄を超えた付き合いがあった。
ジャン亡き後は、いくらかでも兄の代わりがしてやれたらと折に触れて目配りをしている。
贔屓と思われても構わない、とは思っていた。
周囲の羨望くらい跳ね除けるのも才のうちであろう。]
[ 伝令にそのままレオノラのところまで案内させる。
愛馬の世話を焼く姿を、どこか懐かしげに見やってから声をかけた。]
リンザール隊長。
遠路、ご苦労だった。
さっそくだが、君に頼みたい任務がある。
行軍速度に合わせず動ける仕事だ。
[ 走り足りないだろう、と言わんばかりに持ちかけた。
好意である。間違いなく。* ]
そう、指名だ。
[ 礼をとりつつも軽い調子を崩さないレオノラに、直裁に期待を伝えた。]
野営地はこことしても、戦場は川向こうになる。
簡単な出城を構築したい。
今から、偵察にゆく。護衛についてくれ。
[ 実際に、土地を見ての戦術的意見が聞きたい。
そして仮に、敵の斥候が出ていれば威力偵察になる。その際に、レオノラの観察眼と警戒心を刺激しない言動と機動力は頼りになると、言わずとも伝わるだろうと思っている。*]
[ レオノラの反応を待つわずかな間に、頭の中に、どこか悠長な感じのする異母弟の声が届いた。
大事があるとは感じていなかったが、それでも、変わりない様子にほっとする。]
いい頃合いに連絡してきたな。
[ 短い言葉で伝わるかわからなかったが、実際に以心伝心のようなタイミングだと言えた。
こんなことがもう何度もある。兄弟だからというだけでないだろう。]
[ レトは、ブリュノーの民とよろしくやっているようだ。
敵情収集もしているらしい。
もっとも、相手の大将すら「ガルニエの騎士さんらしい」というのでは甚だ心もとない。噂話の類だろうと推察したところで、「何か伝言ある?」と投げられた。]
ある。
[ 即答したのは、タイガもまたティルカン拠点への訪問と面会の必要性を感じていたからだ。
それをレトにやらせるというのは選択肢のひとつである。]
こちらの提言としては、国王の死後に国をまとめられなかった第一王子に国政を摂るのは難しかろう、しばらくティルカンに留学して帝王学を学んで来られるがよい──といったところだ。
後は、相手を見て、おまえが言うべきと思ったことをぶつけてくるといい。
[ 戦闘をせずとも解決できる道を示しておきたかった。
これについては王子が同行していようといまいと関係ないと思っている。]
マルールの使者としての肩書きが必要であれば、「将佐」と名乗れ。
[ 将を
それ以上、細かな指示はしなかった。
レトと自分では与える印象も得意な手法も異なる。レトらしさを縛るつもりはない。]
[ 偵察に納得と同意を示したレオノラに頷く。
部隊長ともなれば、単に命令だから反射的に従う、というだけではいけない。]
よろしい、
支度ができたら幕舎へ来てくれ。
[ 躊躇いのない受諾を返したレオノラに告げ、他の到着隊への挨拶に回ることにした。
彼がどれだけ兵を連れてくるかは一任する。それもまた経験だ。 ]
[ 出立の前に、自分は、指揮官が留守にする間のことも決めておかなければならない。
自分がレトを送り込んだように、ティルカンの使者が訪れる可能性もあった。
まあ、留守を託す相手は決まっているのだが── *]
[ レトの返事は、それ自体が音楽だった。
彼の一族は生活の大半を歌と踊りで過ごすという。
レトも母親の胎内にいる時からその洗礼を受けてきたのだから、生来、しみついたものなのだろう。
新しい肩書きに、贈り物をもらったように喜ぶ様も、容易に踊っている姿が想像できる。
軍中にあっては浮くこと間違いないが、微笑ましいと思ってしまう。
それは、レトが心から喜んでいるのが温もりとして伝わるからだろう。
飛んで帰ると言ったって、《猿》を親身になって世話する彼のこと、なんやかやと寄り道するに違いない。]
それでいい。
[ すべてをひっくるめて、
[ 挨拶回りの途中で、ナイジェルの姿を見つけた。
下士官たちが行き来していることからも、細やかで実務的な差配がいろいろとなされていることだろうと思う。
今回の遠征においてナイジェルの地位は軍団長だ。
その立場に求められるよりずっと苦労人の役割を果たしているように見える。
伯爵家の三男でありながら、浮いた噂のひとつもない青年だった。]
整然として美しい。
[ 何が、とは言わずに賛辞を送り、近くまで歩いてゆく。]
君の力量では、まだ余裕だろう。
[ 少しばかり児戯めいた色を浮かべたのは、ナイジェルとは駒を並べたことのある仲ゆえに。
口にした頼みごとは遠慮がなかったが。]
風に当たってくる。
リンザール隊長も一緒だ。
留守の間、皆を退屈をさせないように裁量を頼む。
[ 来客があればそれの対応も含めてだ。*]
[ 優雅さと純粋さの中に才気を融合させたナイジェルは、動揺も抵抗もなく役目を承諾した。
タイガの不在を、彼ならば活かしてくれるだろう。
彼が口にする時、リンザールの響きに込められた信頼は、どこか温もりを感じるものだった。]
では、行ってくる。
ティルカンの方々に何か言伝はあるか?
[ 事情を知らない者が聞けば、タイガ自身が敵陣まで乗り込んで話をするというような言い草であったが、ナイジェルには、タイガと"つながる"レトが動いているとわかるはずだ。]
[ ナイジェルの答えを聞いたならば、支度を整えて待つレオノラらを伴い、遠駆けに出よう。
土地の逐一を見て回ることは不可能だが、性質のようなものを感じ取っておきたかった。
自ら駆けてこそ、土の柔らかさや風の湿り気の中に、吸収できるものがある。
ましてや、優秀な馬と騎手を輩出してきたリンザールの青年には感得するものがあろうと考えた。**]
君に再会を待ち望まれるとは、隅に置けない男だな。
[ 仄かに笑みを含んで、ナイジェルの言伝を預かる。
主語のない感嘆には、もう少し笑みを深くした。]
お楽しみの気配があれを惹きつけるのか、あれ自身が音楽なのか。
確かに託そう。
[ 約束すると同時に、それを果たす。
指先にふっと息を吹きかける動作は、ただのポーズであったが、様になっていた。]
クリフ・ルヴェリエに佳人からの言伝を。
「ナイジェル・ソン・ベルクが再会を楽しみにしている」そうだ。
反応を、聞かせてくれ。
[ 唐突に投げる声は、傍にあるかのように。]
それと、リンデマンスの指揮官には、おれからのメッセージを届けてもらいたい。
──我らの大義は、リンデマンスを侵攻することはない、と。**
― 中央平原 ―
[ 世俗の軛を外れたレトの仲間たちをも隔てなく受け入れるナイジェルの丁重な労いに、伝えよう、と皓歯をもって答え、後を任せて、草の海へと出発する。
タイガが駆るのは艶やかな青鹿毛だ。
リンザール麾下の騎弓兵が、勢いを緩めぬままに放たれてゆくのを、わずかに首を傾けて見やる。>>225
意を得たかのようなタイミングで、レオノラが企図を告げた。]
ああ、
[ ひとつ頷き、レオノラが口にする実地判断を聞く。]
アマンドに籠る民に、華を魅せる必要がある。
この平原は、その舞台として相応しい。
[ 騎兵とは別の観点ながら、やはり主戦場はこの中央平原──ブリュノーの首都アマンドから観戦が可能なエリアでと考えていることを伝えた。]
おれは戦場で華のある戦をすると言われているだろう?
[ 衒いもなく言った。]
それは、おれが一騎当千の荒武者だからではない。
おれは、基本的に、相手に倍する勢力をもって当たれる局面を見抜く、あるいはその状況を作り出すことによって、揺るぎない勝利してきた。
その一方で、寡兵で戦線を守りきる、そんな人物もいる。
そういった "負けない戦い" で多勢を引き受けてくれる者がいてこそ、自分は華のある戦ができたと言える。
君の兄は、"負けない戦い" の名手だった。
[ 回顧とともに、ジャンの弟に視線を流す。 君は居場所にどこを選ぶ。*]
ナイジェル・ソン・ベルクが、おまえの無事な帰還を待っているそうだ。
そう伝えてくれと、花の顔を綻ばせていたぞ。
「働き者のお猿さん達が、汗を流す用意もしておきましょう」とも、言っている。
ふ、浮かれ騒ぐレクの音が聞こえてきそうだな。
[ 幕友からの心遣いを伝えた後、使者たるレトからの、大義の示すところを問う声には、厳粛に是と返した。]
王妃とその嗣子の正当な権利が臣民に認められ、嫁ぎ先において安寧な暮らしを取り戻すことが我らの目的とするところであり、騎士たる者の誇りにかけて果たすべき義務だ。
[ 自分にも妻と幼い息子がいるゆえに、母子を守ろうとする覚悟には義務以上のものが加わっているが、それは私情であるとわかっていた。ただし、心のアンカーでもあるのだ。*]
[ 亡き人が繋いだレオノラとの縁。
最初は、恩を返すような気持ちも確かにありはした。
けれど、レオノラ自身の持ち味を好ましく思うまでに時間はかからなかった。
かつて、レトに留学のようなことをさせる行き先にリンザールを選んだのもその信頼ゆえである。]
人を高揚させる華のある戦をするものを英雄と称し、
耐え忍ぶ戦いを選んでやり遂げるのが勇者であるならば、
常道を覆して寡兵で敵を打ち破るものは、さて、何と呼ぼうか。
[ レオノラの自己分析を寿ぐように、手綱を引いて馬を止める。]
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