情報 プロローグ 1日目 2日目 エピローグ 終了 / 最新
これはこれは。
先にお出になった方とは、道で行き会いませんでしたか?
はは、そうか。
確かにこれだけの荷を抱えていては、
行き会う通行人の顔も分かりませんね。
[そんな抜けた相手でもあるまいが。まさしく、入れ違いと言えるほどの速度でやって来た使者に涼し気な笑みを向けて、ジークムントは一つ顎を引いた。]
なに。不満の一つも言いたくはなるでしょう。
それに詫びられる必要もないのだが…、…いや。
[僅かに俯いた男の唇に浮かぶ笑みは深くなる。]
無論。そちらの「お気持ち」はありがたく。
これは暖かい気持ちとして受け取りましょう。
…ああ、これはいいな。
日用雑貨と毛布と…、ふむ。
子どもたちがとても喜びそうだ。
[にこりと使者に笑顔を向ければ、さてどう伝わるか。
最初からそのつもりなのだろう、運びやすく一まとめにされた荷にジークムントは目を細めた…のだが。]
は、ははっ!
あの男は…、ああ、いや。
ではこれらはありがたく受け取りましょう。
タチアナ様にもお届けをしておきますよ。
ふ、ふ。まったく抜け目のないことだ。
そうそう、ついでに伝言を一つ頼まれてはくれませんか。
なに大したものではありません。
カーク…ああ、そちらの番頭。若旦那殿にね。
”グラスが足りない” と。
[極上のジランダルの赤、それに添えられたチーズを示して若草色の瞳を細める。使者は少しきょとんとした顔をしたが、構わず続けた。]
…割らないように、とお伝えください。
時期は任せますから。
[要はお前も飲みに来いとの誘いだ。言わずとも来るつもりであったのかも知れないが、何にせよ丁度いい。屋敷の罠の更新も終わったところだ。あの男が正面玄関から来るとは思っていない。]
[使者が辞したのち、ジークムントは一通の手紙をしたためた。最近また少し顔を見ていない人の面影を浮かべ。]
『シスター ナネッテ
お元気でいらっしゃいますか?
子どもたちも元気に過ごしているだろうか。
このところ顔も出せず、貴女の淹れるお茶の味と、
彼らの無邪気な笑い声が恋しくなるばかりです。
さてこの度、良いものが手に入ったのでそちらに送ります。
どうぞ役立てて欲しい。
また折を見て、そちらに伺います。
もしも不足や困りごとがあれば言って下さい。
貴女の顔が曇ると、
悲しむのはそちらの子どもたちだけではないので。
ジークムント・フォン・アーヘンバッハ 』
[短い手紙をしたためて、部下を呼ぶ。
やがて顔を見せた青年にジークムントは目を細めた。]
ゲルト。
[常は居ないことも多いこの青年が、今はモアネットに帰参していることは知っていた。恐らくはまたすぐに、どこかへ出るだろうということも。だがその前に少しだけ。休息の時があっていい。]
これをシスター・ナネッテの元へ。
ああ、届けるだけだ。
…届けた後は、今日はもう休みなさい。
命令だ。少し孤児院で子どもたちの相手などしてくるように。
ふ。シスターによろしくお伝えください。
ああ、いずれ私も顔を出すからね。
そう、梱包はそのままで構わない。
そこの包みを…そうだ。では頼みましたよ。
[ゲルトに託したのは、エティゴナ商会の特徴的なマークがあしらわれた荷物の包みだ。商会から持ち込まれたそれを、ジークムントは敢えてそのまま孤児院へと運び込ませた。
単に良く纏まっていたから、仕分け直す必要がなかったということがある。そして更には、]
─────、抜け目のないことだ。
[人気の消えた執務室でひとり、笑った。
エティゴナ商会のマークをあしらった荷が、「善意で」「無償で」孤児院へと運び込まれる。それは善行であり、多少のやっかみを受けはしても正面切って批判する者など出ないだろう。
儲けを恵まれない人の為に還元するエティゴナ商会───そんなイメージがあってもいい。いや、恐らくそこまで考えたのだ。あの男は。……そして、
(……これで少し寄付も増えるかも知れない。)
そんな計算が此方にもある。
他の商人は黙ってエティゴナ商会を見逃しはしないだろう。エティゴナ商会が清廉なイメージアップを図るなら、必ずや追従する動きのあるはず。孤児院や貧民への差し入れ、慈善の動きが広がるかも知れない。そしてそれは国にとっての益である。商人の利であり政治の理。]
情報 プロローグ 1日目 2日目 エピローグ 終了 / 最新