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──孤児院、調理場──
[小さい手に引っ張られていった先には、確かに事務室で聞き及んだとおりの状況が再現されていた。
すなわち、コップに満杯のお茶を手に零さないように震える子どもの姿だ。]
そうね、お湯は熱いでしょう。オーブン用手袋をして
コップを持ったのまではいい判断だったわ。
『せんせぇえ……手がげんかい……』
ええ。あたしのためにってきいたんだけれど。
いただいていいかしら?
『……あつい かも……』
おーけー。どんときなさい。
淹れたては望むところね。
[褒めながら裾をさばいて床に膝をついた。ぷるぷると震えながら、なみなみになってしまったお茶を持った少女に修道女は笑みかけた。コップの底に手を添えて零れないように安定させる。]
[吹いて冷まそうにも表面張力限界でやや危険を感じたのでそのままふちに口をつける。確かに少々ホットだけれど、まあこのぐらいは可愛いものだ。]
ん、あまい。
…… お砂糖たくさんいれたわね?
『そっちのほうが、しあわせかなって……』
なるほど。
[見れば底の方に白い塊が固まっている。
先に入れてあったのだろうことがわかる。]
つい幸せがいっぱい欲しくなっちゃった、と。
『うん……そしたら、せんせいにも
わけてあげられるでしょ?』
ううーーん。うちのこめちゃくちゃカワイイわ。
抱きしめられるのは後で覚悟して頂戴。
[からりと笑って二口目、あつつ。と笑ってから
幸せをわけてくれようとした少女の頭を撫でる。]
淹れ加減は及第点。
次は注ぐ量だけ気をつければいいわ。
ペーター!
棚からコップ6つとスプーンひとつ取ってきてくれる?
[かさを減らしたコップを自分の手で支えながら、自分を呼びに来た少年に指示を投げる。位置についてを言わずとも、館内を把握しているらしき少年は機敏に棚から要求のものをもって戻ってきた。
優秀である。大変に将来有望だ。]
はい、ありがとう。
[ペーターからコップを受け取って、柄のところに指を通す。そのうちのひとつに、かさを減らしたコップの中身を半分くらいうつした。]
『……せんせ、しっぱい……ごめんなさい……』
あら。失敗はごめんなさいじゃないでしょう。
やりたいと思った気持ちのが何百倍大事。
幸せのおすそわけ、
いただくわね?
[俯き顔の少女からお茶を分けてもらって、
かなり甘い味付けのお茶をコップの半分ほどに移す。]
[土産を持たされてきたらしい来訪者に、
子どもがわらわらと集まる。
猫にも集われるが、ここの子どもにも集われるようだ。
2、3人ばかりは遠巻きに見守って、運び込まれる土産ものの方を気にしているようだったけれど、その中を突っ切って背の低い影が見えた人影に飛び込んでいった。]
『ゲルトにーちゃん! いらっしゃい!!』
[調理場手前で出迎えたペーターが、ゲルトの腰のあたりにがっとしがみつく。しばらく離れないだろう。]
──いらっしゃい。ゲルトくん。
今ちょうど幸せなお茶が入ったところだけれど、
味見していく?
[そういって、笑いながら孤児院の主は
手にしたコップを掲げて見せた。]
─ 孤児院、その後 ─
[かなりの量の砂糖が解けた紅茶は、底の方はややも粘性を持ってどろどろの紅茶色の砂糖と化していたので、残りの紅茶で薄めて供することにした。
]
今日のはきちんとした来客用だから
苦くはないわ。ご安心。
[作法にあまり拘らず、『幸せ』たっぷりの紅茶をおすそ分けする。怪我人用のにっっっっっがい薬茶より滋養は薄いが、糖分で頭が回るようにはなるかもしれない。]
ふっふふ。今日は言われて?
それとも自主的?
まあどっちでも、いつだって嬉しいからいいんだけどね。
ちびっ子たちもだいぶ懐いているし。
[にやーと笑って寝子将軍を迎えて紅茶をいっぷく振舞ってから対面に座って話を聞いて。それから、周囲に集まった少年少女がトラオムはー!とか、遠征先のお話聞かせて!などなどせがむのをひとしきり見守った後に、荷物を預かりに一度離れた。]
──孤児院、事務室──
[受けとった『土産』には、しっかりというかばっちりというかエティゴナ商会の刻印が入っている。]
ジークムントさまもよくよく気が回るし
なんていうか、さすがよねぇ
[付されていた手紙を一読してから、しみじみと修道女は呟いた。]
ん、んー、足りないものねえ。
とりまわせるだけはあるけど、
リーザの咳止めと解熱薬の予備と、
出来ればあったかい寝具、だったけど
これはちょうどよく来たわね。
絹糸も、……あんまりウチでは使いたくないけど、
まあいくらあったっていいし。
[必要分は取りまわせている(というか必須に足りなければ都度遠慮なく陳情している)が、足りてはいても欲しいものというものもある。要求するかは別にして、欲しいものをつらつらと口に出して整理をしながら荷を解いていく。]
……てか、まあこれは確かに「良いもの」だわ。
[何とは言わないが、特に毛布は統一の規格があるように見受けられた。──質が良いのも手触りですぐに把握できる。施療院と並立している以上、寝具はいくらあってもいいし、来訪者にも触れる機会があるから『評判』はある意味、伝播しやすい品だ。]
まー。いただけるものはいただきましょう。
睡眠にかかわるものは大事だし、
迂遠な思惑より、実利優先。
使えるものはなんでも使えの精神だわ。
清潔に取りまわすのにも
予備はいくらあってもいいもんだしね。
[いいつつ、ちゃちゃっと荷の中身を確認していく。大きい荷物としては毛布に、日用品。砂糖などの調味料の瓶もあるようだった。]
[どれもこれも後で見せれば、喜んでもらえるだろう。
「幸せ」の調味料の瓶を手に取って、修道女は少し笑った。]
……やーねえ。足りてない?とか
思わせたんじゃあないと いーんだけど。
[頬をぺちっと叩いてみる。──こちらに来てから曇った顔をした記憶はない。
怒ったり、悲しかったり、まあ。
そりゃあ生きてればありはするけれど。]
…… …… 幸せ7割くらいが
ちょうどいいのよねえ……
[コップに注がれた甘い紅茶を思い出して苦笑が漏れた。
窓の外、遠くの空を眺めやる。]
たくさんもらってるけど
…… めいっぱいになりすぎちゃうと
動きがとりにくいし、ねえ。
[何で空白が埋まるのかは、わかっているけれど。たぶん。埋まりきらない空の部分があるくらいの方がいっそ、バランスがとれている。]
[ふーと軽く息をついて、砂糖瓶はいったんもとに戻す。
先に寝具類はリネン室に運ぶことにした。
日用品の類は空いている手を借りることにしようと、
事務室の外に出──、]
はい?
…… 消えちゃった?
[来訪していた青年の姿が見えなくなったと孤児院の子らから報告を受けることになるのは、そのあとのこと*だった*。]
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