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[オズワルドの先導に従って、後ろを歩いた。
「陛下」と呼ばれるからには、一国の主であろうに、随分と大胆だな、と思う。
勿論、生半な戦士では背後から切りかかったとして、一合も打ち合えずにウォレンに切り捨てられるだけだろうが。
それだけの自信が、背に自然に滲み出ている。]
……あいにくと、見かけたのは馬だけだ。
正直に言うと、馬は連れてかれそうになってたのを保護した。
見た感じ、盗んだというより、乗り手もなしにうろうろしてたのを、これ幸いと捕まえようとしてたと言うのが近いな。
[率直な物言いで、肩を竦める。]
[男は、旅装とも軍装ともつかぬ、黒っぽい衣服を纏っていた。
いずれかの軍の所属ならば着けているであろう徽章の類は一切ない。
旅塵にまみれ、いささかくたびれているが、丈夫な生地は、ある程度の防寒性と防御力を備えていた。
背には幅広の大剣が負われていた。
剣の柄はかなり使いこまれ、おそらくは持ち主と共に長い歳月を過ごしてきたのは間違いなかった。]
[男は口調を改め、貴人を敬う態度を装うこともできたが]
「陛下」って呼ばれてるくらいだから、あんたがこの国の主なんだろうな。
なら、息子は皇子か。
それが、家出か。
[声にからかう色が滲む。]
/*
時間のある時に戦いたいけどうまくいきませんなあ。
好きにあちこち移動できると思ってこう言う設定にしたけれど。
[男は勿論帝国国民ではないし、近隣諸国の住人でもない。
どころか、この世界に属するものですらない。
当然そんな事情は知らなかった。ので、]
――なるほど。
[簡潔にひとつだけ頷いた。]
[
息子であるからと言って、安易に皇太子にしないと言うことは、帝位を継ぐに価しない者には継承させないと言うことである。
バルタザールがその後どのような人生を送り、死を迎えたか。
ウォレンがどのようにして皇帝を継いだかは知らないが。
バルタザールと自分の思いの一端は、伝えられたのだろうか。]
[だがそれは同時に、自身が後継を定めぬまま万一急死したとして、複数の自称後継者を擁立する勢力によって国に内乱が起きることも厭わないということでもある。
あえて王朝を存続させる必要はない。
実力を備えた者が支配者となればよい。
強固な実力主義者で、一種の天才だったバルタザールも、そのような考え方を持っていた。
戦乱に巻き込まれて、家族や生活の基盤を失うその他大勢の普通の人間を思慮の外に置いた、危うさも感じた。]
[相手がウォレンである時点で、男はある程度正直に来訪の目的を明かそうと考えていた。
ウォレンならば、荒唐無稽だからと言って、頭から否定してかかる真似はすまい。
信じずとも、必ず判断材料の一つに入れておく。]
[オズワルドは足元に大きな黒狼を従えていた。
魔獣であるのか、黒狼からは何某かの魔力が投射されていた。
このような存在が受け入れられるのならば、超自然の存在をはなから否定はすまいと考え。]
――そうだな。
何処から話したものか。
あんたの息子は何ものかの手によって、此処とは違う、どこか別世界に連れ去られた――と言ったら、信じるか?
[冗談めかした口調、唇にはまだ笑みの切れ端が留まっていたが、目は笑っていない。]
[あっさり容れられたのはともかく、林檎を異世界から持ち帰ったと言われたのは予想外だった。
一呼吸の間ほど、樹を眺めた後、]
そこまで知っているなら、話は早い。
[いささか表情を引き締め、話し始めた。]
何と言うかな。
この世界の他に、似てるようでどこか違う、色んな世界が平行してある――というのは、分かるな?
時々あんたみたいに、世界を隔てる壁を抜けて、隣あった世界へ紛れこんでしまうヤツもいる。
複数の世界の間に橋みたいなものが掛かってて、それぞれの世界の住人たちが普通に往来しているところもある。
世界の管理者――神サマみたいなもんだが、そういうものがいれば、住人の移動は、イレギュラーもあるが、完全に把握している。
他所の世界のものを召喚するといった場合も、法則に乗っ取って行われるし、管理者に通告がある。
――ところが、だ。
ある世界で、通告なしに住人が連れてかれた。
神サマ同士の仁義も切らずに、何処のどいつか分からんヤツが、勝手に住人をかどわかした。
そこの神サマは人間たちを我が子のように愛してる。
[男は肩を竦めた。]
そこで俺が、犯人探しに出た――という訳でね。
前置きが長かったが、要はあんたの息子がこの世界から連れ去られた件も、その一件と何か関係があるかも知れない。
似たような消失は、他の世界でも何件か起きていてな。
同じヤツに、同じ世界に連れてかれた可能性がある。
もっとも、強制転移の瞬間に此処まで近付けたのは、あんたの息子が初めてでね。
手がかりは殆ど掴めていないんだ。
[表情だけ出なく、声音も渋くなった。]
[眩しいものを見るように僅かに細め。]
お前は。
[あんた、ではない、]
息子を信じてるんだな。
[質問ではなく、しみじみと。
やさしい眼差しがオズワルドに注がれる。]
[縁のないものには難解だろうし、眉唾と言われても仕方のない話を、敢えて誤魔化さずに正直にウォレンに語ったのは。
受け止める度量があると信じていたからというのもあるが、何より理解できないだろうからと言って、偽りたくなかったからである。]
お前に似てると言うなら、お前の息子は、クソ生意気で、手のつけられない悪ガキなんだろうな。
強情で、意地っ張りで、肝も座ってて、何を仕出かすか分からない。
そのくせ、情が厚くて、何にでも手を伸ばそうとする。
[その勝手な言い草に、オズワルドが反応する前に、]
……お前は、教えた相手のことを恨んでるか?
[労わるような、からかうような、どっちともつかないような、奇妙な目をして、彼の瞳を覗き込む。]
[男は顔を背け、聳える城塔を見上げた。
その目許が、僅かに赤らんでいたのに、オズワルドは気付いただろうか。]
さて。
ここでも無理となると、俺はまた他の手だてを探さなきゃならん。
[男は唐突に話を切り替えた。]
[目を戻した時には、もう平静に戻っていた。]
息子の名前を教えておいてくれるか。
もし、俺が探している相手と同じ場所にいるなら、
そうでなくても、因果の巡り合わせで、どこかで出遇うかも知れないから。
ヨアヒム、ショルガハ、か。
憶えておこう。
[草原の民の言葉はよく知らぬが、母親が付けたからというのみならず、おそらくは少年の琴線に触れる名なのだろう。
父のつけた本名よりそちらを好むというのは、何となく想像できない心理ではない。
本当に、ウォレンの息子らしい、とあたたかいものがこみ上げる。]
[これ以上此処に留まれば、心が絡めとられてしまう。
自分にとって、故郷とはもうこの世界のことではない。
彼処には、自分が使命を果たして帰還するのを心待ちにしている人がいるのだから。]
出逢えたら伝えよう。
父親が心配してたってな。
[背中を揺すり、背負った大剣の位置を直し、]
それでは、俺は行かせてもらう。
まだ探索の途中なんでな。
[踵を返したところで、ふと振り返り、]
……そう言えば。
何故、俺に色々打ち明けた?
皇帝陛下にとっちゃあ、俺は訳の分からんことを並べ立てる胡散臭いヤツだろうに。
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