情報 プロローグ 1日目 2日目 エピローグ 終了 / 最新
― 黄昏の地 ―
[天使たちの反応は予想以上に早かった。
つまりは相応の実戦部隊に当たったということだ。
推測が正しいことを示すように、麗々しい鎧の天使が先頭に躍り出てくる。
あの光には、見覚えがあった。]
ナサニエルか。久しいな。
[笑み含みの声に、返ってきたのは「裁きを受けよ」という言葉と、流星のような一撃だった。
無論、親しく名を呼ばれるなどという期待はしていない。
昔の名は捨ててきたし、天界ではとうにタブー扱いだろう。
魔の群れを突き抜けて来る光の一閃を避け、からかうような軌道で飛ぶ。]
来てくれてよかった。
そろそろ大天使クラスの獲物が欲しかったんだ。
魔王への土産を探していてな。
[天使の初撃を受けて、魔物の群れにはいくつもの穴が開いている。
総数ではこちらが上回っているが、完全な先手を取れなかったのが痛い。
それでもいつものように押し包んで圧殺せんと試みるが、大天使を切っ先とする光の刃に切り裂かれるのは時間の問題と見えた。
ならば少しはまともに戦おうか。
天使ほどではないが意思疎通の手段には事欠かない。]
[巨躯持つ魔のひと群れを天使の刃の前へと集め、受け止める。
その背後から列を伸ばし、後方の天使たちへ攻撃を向けた。
蠍が鋏で相手を捕らえ、尾の毒針で狙うかのよう。
炎や毒霧が放たれ、天使たちの動きを止めようとする。]
小物は適当に落としていいぞ。
あまり多いと稀少価値がなくなる。
だか、そこの兜のないやつは殺すな。
殺したら殺す。
[けしかける言葉を聞いて、魔族たちの攻撃が激しさを増す。
ただ、銀色の天使の周囲だけは遠慮がちに控えめだった。*]
[戦場は、一部が混戦の様相を呈していた。
それは魔族にとっては好ましきもの。
混沌こそ、我らの領分だ。
配下を操りながら、執拗に仕掛けてくる大天使の対手を担う。
かつては天上にて幾度となく比べられた相手。
能力だけならばナサニエルよりも…と、さて、幾度耳にしたか。
高潔にして忠実なる天の使徒たるを選んだナサニエルが大天使に選ばれたのは、天の摂理に照らせば必然のことだっただろう。
鏡写しとまで呼ばれた己が、最後まで只の天使であったことも。
奔放で、気儘で、我を通す天使の居場所など、天界にはないのだ。]
我が魂の裡より這い出でよ、悪徳の導き手。
[短い言葉に胸が沸き立ち、黒が染み出す。
漆黒の鱗持つ蛇が腕を這い登り、掌に収まり、刃の形を成した。
湾曲した刀身、切っ先からナックルガードまで一体となった刃。
それは一枚の巨大な翼を握るようにも見えただろう。]
試す機会ができたなあ、我が
口さがない連中の噂話を止めさせる絶好の機会だ。
[░▓▒▓█▓░の方が大天使に相応しかったのでは。
禁じられた名は、今もまだ大天使ナサニエルの心にあっただろうか。
今はもう、聞く価値もないことだ。]
[漆黒の刃が光を絶ち、血赤の腕が天の栄光歌う喉を締める。
一騎打ちの作法など知らぬ群れがなだれ込み、大天使の姿は闇に呑まれた。
残るのは、慄く光の使徒どもと、なおも向かってくる銀の煌き。]
翼を折ってやれ。
[鶴翼を成して飛来する天使の群れに、魔は巨大な二つの鋏を振りかざす。
両翼それぞれに上下からの圧力を加えて、分断しようという目論みだった。
最も相手の力が集中する中央を、堕天使は伴もなく待ち構える。
来い、と綴った唇が、莞爾と微笑んだ。
かつて、天にあったときと寸分違わずに。*]
[時ならぬ激流となって天使たちが殺到する。
彼らの師であり長である大天使が闇に呑まれたのだ。
勢いは正義と使命と敬愛の分、増していた。
だが、魔界では全て、無益で愚かしいこと。]
天使の兵も質が落ちた。
魔に飼いならされるのは必然の流れではないかな。
[あざ笑いながら無数の剣を、槍を見切って躱していく。
二対の黒翼は、揃えて打ち振るえば速く力強い動きをもたらし、個々に羽ばたかせれば細やかな動きで相手を翻弄する。
もう一つの翼を成す剣は軽やかに舞い、天使たちの純白の羽根を雪と散らせた。
先頭集団を斬り抜けたその奥に、"彼"の姿を見る。]
[かつて。
時を数えるのも面倒な程度の昔。
「あなたが神ですか?」と問うた幼子がいた。
笑み浮かべ、真名明かすこともなく、
ただ───]
君の/おまえの、運命だ。
[過去と今が重なって言葉が放たれ、四枚の翼が赫く輝く。]
[魔の焔は獲物を捕え損ねて宙を喰らい、
身を穿つ槍は神聖なる力で魔を浄滅させんとする。
突き立った槍を引き抜けば、掌が爛れて煙を上げた。]
借り物か?
おまえの力で鍛えたのなら、たいしたものだ。
[清らかなる十文字槍を炎が舐める。
白銀の肌はたちまちに黒く染まり、手の中で蠢いた。]
約束しただろう?
いずれ、私/俺が君/おまえを導こうと。
[過去の言葉をなぞり、左手の小指に口付ける。
かつて、大樹の陰で幼子にそうしたように。]
お前を俺の所有物としよう。
[宣言と共に槍を投擲する。
黒く変質した槍は空中でうねり、無数の黒い帯に分かれて迸った。
放射状に大きく広がった黒は、天使を包み込めばまるで鳥籠のように閉じるだろう。**]
[黒の檻が天使を呑み込み、捕える。
それは約束の完遂を象徴するかのよう。
いや。むしろ、あの日の続きを始める鐘の音か。
撤退していく天使の追撃を指示し、檻に近づいていく。
宙を踏む一足ごとに、胸から血が滴り、黒く変色し、燃え上がった。
痛手には違いない。
だが膝をつくほどでもない。]
おまえは、俺が見込んだとおりに成長したな。
[檻の傍らに寄って、声を掛ける。
内側から攻撃されようとも構いはしなかった。
檻は、元の持ち主の力をよく吸収する。
外に通ることはないだろう。]
待っていたよ、イリス。
[吐息のように言葉を紡いで、檻に身を預ける。
流れる血を手に掬い檻に塗り付ければ、檻が脈動した。
溶けだしたような黒が天使に絡みつき、締めあげ、息を塞ぎ、意識を奪う。
ここから先は"彼"が知らなくていい旅程。
目覚めたところから、新しい時間を始めよう。*]
― 天獄の泉 ―
良いのが入った。
[天獄の泉を訪れ、魔王の前に顔を出す。
簡潔に告げて、連れてきた檻を示した。
中には翼と腕にまとめて枷を嵌められた天使がいる。
赤い髪の色は堕天使とよく似ていたが、他はそうでもない。]
大天使格だ。
頭は良いが気性は荒い方だ。興奮すると周りを見なくなる。
まだ受肉前だから、お好みでどうぞ。
[商品説明に、檻の中から抗議の呻きが聞こえてくる。
怒声が飛んでこないのは、口も塞がれているからだった。]
利用料がわり兼、店じまいの記念品と思っておいてくれ。
これからはもう、新しいのは仕入れてこないからな。
[ブームも過熱中だというのに、廃業を宣言する。]
俺の欲しいものはもう手に入った。
あとは、どうでもいいんだ。
[告げた顔は、爽やかにいい笑顔だった。*]
― スライムプール ―
[魔王の元を辞した後は、割り当てられた部屋ではなく遊興施設に向かった。
いくつか種類のあるスライムプールの中から、広さはそこそこだが底に立てば頭が出ない程度の深い竪穴に、薄緑の粘体が満たされたものを選ぶ。
連れてきた天使を、そこに放り込んでおいたのだ。
息はできるように吊っておいたから、溺れていることはないだろう。]
目は覚めたか?
目覚めのキスが欲しいか?
[計算通りなら衣服も程よく溶けて、いい具合になっている頃だ。
翼枷を鎖で吊られた天使に声を掛けてみる。
まだ未覚醒なら、軽く鎖でも揺すってやろう。*]
[「神ですか?」と問う無垢に笑って、傍らへ舞い降りた。]
君の、運命だよ。
[唇に人差し指を当て、秘密めかして答える。
からかうつもりはなかった。
退屈で単調な天界で、唯一見つけた好ましい光。
これを運命と呼ばずして、何と呼ぼうか。]
いずれ、君を私のもとに。
君を導こう。豊かな世界へ。
[約束の形で呪を結ぶ。
奉仕者たる天使を独占したいと望むのは、天界の禁忌。
それを巧みに隠して、声音ばかりは清廉に。]
これは、約束の印だ。
[小さな左手を取って、小指に口付ける。
薔薇色の痕が淡く咲いた。]
大きくなったら、もうひとつの手にもあげよう。
そのとき君は、私の隣に立つようになる。
[この時既に、己が立つべき場所は見定めていたのだ。]
[遠くから誰かを呼ぶ声が近づいて来る。
おそらく、幼子を探す養育天使の声だ。]
イリス、というのか。
良い名だ。
[羽ばたき一つで梢の上に飛びあがる。
不良天使が側にいたと知られるのは、あまりよろしくない。]
また会う時を待っている。
[未来に向けて言葉を残し、梢に紛れて飛び去った。
天界そのものをも離れたのは、それから少し後のこと。**]
― スライムプール ―
[既に目覚めていた天使は、律義に二つの返事をしてきた。
素直な仕草に笑み零し、見分のために穴の縁に膝をつく。
吊られた天使の前に現れた己は、既に戦装束は解いている。
四肢の異相も、角や翼もそのままだったが、おおむね人型なので問題はないだろう。
傷を受けた箇所は、今は服の下だ。]
頃合いかと思ってね。具合を見に来た。
翼は痛くなってないか?
[気遣う言葉を掛けながら、白い長手袋を身に着ける。
天使の翼を紡いで織った特別製だ。
身に着けている間は、偽りの聖性を纏う。
まだ、天使に肉を纏わせる気はない。]
脱がせるのも面倒だったから溶かした。
もう、ずいぶん溶けただろう?
[服を、とか鎧を、とかの主語を抜かして現状を説明してやり、腕を掴もうと手を伸ばした。*]
[覗き込んでくる堕天使は鎧を着ていなかった。
ここは居城なのかと考える。
痛みについて問われ、やはり正直に首を横に振った。
これから痛む頃合いなのだろうか。
それを見に来たと?
けれど、そう断じるには、声に慈悲が滲んでいるように感じられた。]
[脱がせるのも面倒だった、と堕天使は言う。
それにしては大掛かりだから、他の理由もあるのだろう。
聖なる光をまとった槍は、その身を傷つけた。
同様に、聖銀の鎧もまた、魔物には触れがたいはず。
それを裏付けるかのように、堕天使はわざわざ手袋をして手を差し伸べる。
ほとんど無意識に、こちらからも手を伸ばして、その手をとった。
救いを求める者にするように。]
[一瞬の空隙の後、相手は未だ敵であることを思い出す。
だが、振り払うのは躊躇われた。
逆に、薄緑の溶液に引っ張り込むよう力を込める。*]
[振り払われるかと思ったが、手はそのまま繋げられた。
相手が彼我の立場を思い起こす間、こちらも虚を衝かれた顔をしていただろう。
可愛い、という文字が頭を埋め尽くしていた。
だからと言って、引っ張り込まれたのはうっかりではない。]
こういうのが好みなのか?
意外だ。
[こういうの――天使が肉の快楽など知らないのは承知の上で嬉々として覆いかぶさり、同時に翼を吊っていた鎖を切って落とす。
当然のこととしてふたつの身体は薄緑の中に沈んでいき、とぷん、という音を残して頭まで呑み込まれた。*]
情報 プロローグ 1日目 2日目 エピローグ 終了 / 最新