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― 霧の沼地 ―
[沼に澱んでいるのは、単なる泥濘などではない。
それは形をもった瘴気であり、一定の意思さえ備えていた。
手と同じように足もまた鎖に繋がれ、開かされている。
白い僧衣の下はなにもなく、闇の泥は容易に隙間に滑り込んで、肌の上を這いまわった。
巨大な蛞蝓を思わせる感触に柳眉が寄る。
腰から下のあらゆる場所を包み込まれ、背筋に痺れが走る。
だが侵略はそれだけに止まらなかった。]
[足の間、閉ざされた門へと瘴気は触手を伸ばす。
灯に群がる虫のごとく、光を求めてこじ開けようとする。
抵抗は、ほとんど意味をなさなかった。
滑らかな泥は自在に形を変え、圧力を増して易々と門を打ち破った。]
うっ…… …
[息がつまり、声が途切れる。
体の最奥がみちみちと満たされ、
それらが次々と爆ぜて溶け、
消え失せるまえに次が押し込まれてくる。
神経を焼かれるような灼熱感。
飛びそうな意識を、聖句を手繰って繋ぎとめる。]
[道を照らす光であれ。
己に課してきたとおりに、半身を導くべくうたを紡ぐ。
果たしてそれがどこまでを伝えるのか。
狂おしい熱を体の内に押しとどめようと、幾度か喘いだ**]
[この事態をどう思っているのか知らないが、長は当然のように探索を許可し、必要な手配をしてくれた。
「我が兄弟──
マレンマ司祭とジークムント修道士… の良き旅を祈っておく」
魔のものに真の名を知られぬためのコードネームで祝福し、送り出してくれる。]
− 塔の町 (>>#0の1) −
[気がつけば、古びた門を背に佇んでいた。
後にしてきた世界と似ている──だが、偏光板を通して見るような色調が、ここが異界であることを伝えていた。
あるいは、それは《見鬼》の能力ゆえに見える光景なのかもしれない。]
…ああ、
[緩く拳を握りしめる。
彼が授けてくれた護りの指輪、聖鎧紋、鍛えられた意志──そういったものがなければ、邪悪な波動に酔ってしまいそうだ。]
[元より、この身は穢れを引き寄せやすい。
うまく利用すれば、魔物と渡り合う力にもなろうが、それは自分の正気と引き換えになる。
今でさえ、この世界にいるだけで、じわじわと遅効性の毒に浸されているようなものだ。
彼を見つけ出して浄めてもらわねば、自分も戻れなくなる。
それは自覚している。]
[自分は雑巾のようなものだ──と思う。
呪詛や瘴気を拭き取って、自らが汚れに染まる。
彼という浄め手がいなかったら、自分は使い捨てのボロ布に過ぎない。
意識は、失われた相方を思って漂う。
彼は──まさに天の恩寵。地に遣わされた天使だ。
その浄化の力、祝福の業。
実際、神の欠片を宿しているのではないかとすら思う。]
[そんな彼が、自分の浄めを一身に請負ってくれるのも勿体ないことだ──
だが、他に代われる者もない必然であり、任務には対で当たるよう差配されてきた。
自分にできるせめてもの報恩は、彼を護ることだと自負している。
その役を望んでいる。
身を灼くと知りながら天使を穢す欲望に駆られる魔物は少なからず、また人にも彼から癒しを強奪しようとする輩は掃いて捨てるほどにいた。]
[自分とて、例外ではないのだけれど。
幾度となく彼の光を貪り食って癒されてきた。
その愉悦を深く知る身だ。
彼の力を正しく使い世を救わねばならないという思いと、鬩ぎあう独占欲は常に心の奥底にある。]
[毒が回った体からは力が抜け、
感覚ばかりは逆に鋭くなっていく。
最初の違和感は、下肢の間から訪れた。
今まで体内に入る端から浄化され弾けていた闇の触手が、消えずにそのままの圧力で内腑に分け入ってくる。]
あ、 ああぁっ、
いや だ っ、 こんな …っ
[内奥に蠢くものたちの感触。
引きまわされ、引きずり出される快感。
強烈な魔の暴掠に息が詰まる。]
[ただ響くのは魂の声]
クロゥ …
たすけ て …
[魂の半身を呼び求める叫び]
[切なる叫びに伸ばす手は何も掴むことなく。
確とした危機感に焦りを掻き立てられる。]
[眉間にしわを寄せて、険しい表情をした修道士は指輪を外して胸元に収める。
手袋を剥ぐと、その手に深く穿たれた刻印へ、周囲の瘴気が吸い寄せられはじめた。
それは黒い靄、あるいは虫の群れめいた塊を為す。]
…、 …、
[身体を苛む瘴気に耐えていると、しばらくして道の向こうから幼い子供らが跳ねてきた。>>243
いといけなくも、どれも同じ顔をした──魔物である。]
[人の形をしているならば、おそらく言葉が通じるはずだ。
手袋と指輪を元の位置に戻し、代わりに首から下げた聖印を示す。]
これと同じものを身につけている若い司祭を知りませんか。
[吸い込んだ瘴気からは、この付近に彼の気配はないとわかった。
魔物から情報が得られず、彼らが攻撃してこないならば、城門へと急ぐつもりである。]
[小柄な魔物の群れの後から、杖をついた青年が現れる。
小さな魔物たちに通じる容貌をしていた。
チラとその右足に視線をやってから、挨拶の言葉を返す。]
初めまして。 修道士ジークムントとお見知りおきを。
思いがけないところにも人がいて驚いています。
ええ、探し人を──ご存知ありませんか。
[探している相手の容姿を伝え、反応を見る。]
[杖の青年を襲うことも、命令されることもない様子で、幼い魔物たちは去ってゆく。]
あちらの方にもう一人誰かいるようです。
あなたの探し人であればよいのですが。
[そう言って指差した方角から、元気な小犬の鳴き声がしたのだった。>>271]
− 塔の町 (>>#0の1) −
[結婚式云々は杖の青年にとって、探し人のヒントになることのようだったが、残念ながら関係なさそうだと答えておく。>>283
そこへ、犬の声で鳴く双頭の魔物を抱えて今ひとりの若者が姿を現した。
その衣服から察するに彼もまた聖職に携わる者のようだ。
若者は困惑した様子で、ここは何処かと問う。>>297
しばらくの間、説明を杖の青年に任せて、見守っていた。]
[杖の青年が、「君は、人間か」と訊ねた時には、わずかに目を細める。>>309
そう問う青年の方が、肉体に胡乱なものを抱えている気配がしたから。
魔犬の仔を抱えた青年は、躊躇いがちに肯定したが、どこか自信がなさげでもあった。>>313>>327
続く祝福と問答の言葉は、彼が聖職にあることを裏付けるもので、それが、失われている魂の半身を切なく思い出させた。]
攫われた者たちが心強くあれるよう──
[祈りの言葉に重ねつつ、次の行動に移らんと身体は動き出していた。]
もし、この場でお助けできることがないようなら、わたしは彼を捜しに別の場所へ行こうと思いますが。
[祝福の仕草の後、魔犬の仔を抱き上げ直す若者を見やる。>>391
ずっと飼うつもりだろうか。元の世界に連れ帰るつもりだろうか。
だが、それについては何も言わず、ここに残るという若者にひとつ頷く。]
ここは、瘴気がさほど濃くはない。
動かず、助けが来るのを待つのもひとつの方法でしょう。
[もうひとりの杖の青年に対しても、同道は申し出ない。
彼以外の者では、いざというときに自分の暴走を押さえることはできないだろう。
下手に同道するのは危険であった。]
他にも人が攫われているのなら、何か大掛かりな儀式でも企てられているのかもしれません。
[そんな考えを伝えて、一礼すると、町の門へ向けて歩き出す。]
― 浮遊する群島 ―
[獲物を棲家に連れ込んだ蛇の魔は、これを思うさまに弄び、苛んだ。
汚れた司祭服を引き裂いて剥ぎ取り、突き倒した裸身に自らの尾を打ち付ける。
撓る鞭となった尾は幾筋もの赤を白い肌に刻み付けた。]
あ、ああっ、うぅぅぁぁ …
[打たれるたびに悶え身を捩り、言葉とは言えぬ声を漏らす。
うつろな瞳は次第に潤み、懇願の色を帯びる。]
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