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── 回想:星の夢 ──
そりゃ、悪いお手本がいたものだ。
[悪戯っぽい答えには、素知らぬ顔で頷いておく。
煙草からの貰い火は、ライターを使用するよりも少しばかり時間がかかった。
愛煙している煙草は甘く重い。バニラに似た香りを深く吸えば、酩酊中のように一瞬眩む。
紫煙をゆるく吐き出せば、隣の男のそれと絡んで辺りに満ち]
……相変わらず喉を痛めそうな煙吸ってるね。
[返事を待つともなく独りごちる。己のものより幾ばくか、彼の吸う煙を辛く感じた]
[何故此処にと問われれば、星の夢の中央部辺りに視線を彷徨わせ]
…………煙草の匂いがあったから、もしかしたら居るのかもと思って。
[ふと言葉が途切れたのは、再び煙草をふかしたから]
── 第二閲覧室 ──
ただいま。
[備品を取りに行くだけのつもりが、随分と時間をかけてしまった。
あちこちうろついて煙草の匂いを抜いた後に第二閲覧室へと戻れば、一番に目についたのは賑やかにじゃれ合うセルウィン・ゾフィヤ・アプサラスの三方]
相変わらず仲がいいね。第ニ閲覧室の*司書たちは*。
[第二閲覧室の天井は高く、多数の司書たちで賑わっていようとも圧迫感を感じさせない。
人工の太陽光が差し込む室内は明るく、インクと紙の香りに顔が綻ぶ。
制御端末に情報をストックしていくように、図書館に存在する書物を全てデータ化してしまうことも、現在の技術があれば可能であろう。
けれど世界があくまで本という形で──物語という形で残されているのは、多くのヒトが手で触れられるインクと紙の束に愛着を持っているからだと思うのだ。
今や胎から生まれる同胞はいなくなり、生の形も死の形も物語に描かれているものとは異なりつつあっても、なお変わらぬものもあると信じさせてくれる]
──カーク翻訳官、煮詰まってる?
[頭を抱え唸り声を上げる姿からは全く逆の印象を得るのだけれど、気にせず突っ伏す彼を覗き込み]
筆記具の芯を調達してきたんだけれども、お一ついかが。
携帯食もあるけれど……ああ、でも本がある場所で開く訳にはいかないね。
[シャープペンシルの芯の入った透明なケースを数個、彼の目の前に置く。
万が一にも図書館の蔵書を汚さぬよう、自室以外でのインクの使用は控えていた]
[閲覧室と地続きの翻訳場には広い机がいくつも置かれていて、使用中らしき机上には翻訳のための資料と書籍が山のように積まれていた。
勿論、出かける前に己が使用していた机にも、立派な山脈が乗っている]
/*
に‐つま・る 【煮詰(ま)る】
1 煮えて水分がなくなる。「汁が―・る」
2 討議・検討が十分になされて、結論が出る段階に近づく。「問題が―・ってきた」→生煮え
「討議・検討が」かあ……。
もしかして僕の使い方間違ってる?
/*
間違いといえば、持ってたのは「シガーケース」じゃなくて「シガレットケース」でした。
前者は葉巻ケースで後者は紙巻き煙草ケース……に、なるんだよね?
[カークの気怠そうな表情が笑顔に変わり、つられて己の笑みも深まる]
順調みたいだね、よかった。
今訳してる書籍は論文……いや、図録?
…………珍しい。こういうの、ソマリ翻訳官が一番得意だった気がしたけれど。
[目の前でめくられる資料を眺めながら首を傾げる。
ソマリの方を伺えば、オクタヴィアスと楽しげに談笑していた。
シャープペンシルの芯に対する礼によって視線を戻し]
どういたしまして。
仕事を終えてから食事にいくなら、携帯食なんかで済まさずにちゃんとしたものを食べよう。
後で付き合ってくれるならご馳走するよ……、っと。
[満面の笑みが浮かび気合の声があがったかと思うと、青年はあっという間に翻訳仕事へと入り込んでしまった。
微笑ましげに肩をすくめてから、頑張れ、と声には出さずに唇を動かし]
[茎わかめを並べるドロシーに目線を和ませる]
おかえりなさい、ドロシー翻訳官。
そうだねえ。僕も休憩から戻ってきたばかりだから。
[元気だよ、と頷きながら膝を折って少女と目線を合わせた。
うさぎのトトにふりふりと手を振ってみせる]
[カークにドロシー、同僚たちがそれぞれの業務に戻ったのを見届けてから、さてと腰に手を当てた。
まずは山のように積み上がった資料と書物の整理から行わんと、上着のカフスボタンを外す]
…………ええと。
[不器用な手つきで袖口を捲ろうとしてはずり下げて、情けなく眉を下げ]
…………。
[袖を皺だらけにして漸く諦めをつけたのか、ため息をひとつ。
上着を脱ぎ椅子にでもかけようと顔を上げれば、机に突っ伏して眠るドロシーが見えたので]
[シャツの腕まくりも当然無残なものになったのだけれど、なんとか邪魔にならないよう体裁を整えて、資料の山ジェンガに挑戦。
崩しかけては小さく奇声を上げているかも*しれない*]
[現代の技術力を持ってすれば、テオドールのように海馬を発達させるなど人工的に各人の能力を調整することも可能ではある。
しかし何れかの能力を伸ばせば何れかの機能に欠陥が出る傾向があり、基本的には授かった個性を弄らないままに生まれてくる者が増えてきているようだった。
自身の外見の老化が著しく遅いのも、研究者たちの試行錯誤の結果だ。
近頃では極端に偏った性質を持つヒトも見なくなった──……気がしていたのだけれど、幼体姿のまま翻訳官となったドロシーのような者もいる。いち翻訳官の身からは知り難くなったというだけで、水面下では未だ様々な取り組みが行われているのかもしれない]
うーん、こっちの資料はちょっと古いかな……。
[手にしているのは遺伝子操作に関する資料。文字を眼で追いつつ首を傾げ、大雑把な手つきで机の端に重ねる。
右から左に移されただけで、傍目からすると一向に整理が進んでいないような有り様だったけれど、不格好な腕まくりをした本人は至極真面目に考え込んでいた。
近代になってのヒトに関する研究資料は、他と比べると著しく少ない。
山のように手当たり次第集めたはいいが、どの資料もさわりを撫でる程度の記述で、翻訳の役にはたちそうもなく]
せめて、専門用語の意味だけでもつかめたらいいんだけど。
[眉根を寄せて次の資料に手を伸ばしかけ──]
[オクタヴィアスからの呼びかけに顔を上げた。
難しくしかめがちだった眉根をほどき、表情を和らげる]
ああ、オクタヴィアス書記官。
……分かった、カーク翻訳官の集中が切れた頃に伝えておくよ。
僕も、きりが付けられるようならおじゃまさせてもらう。
[ちらと積み重なった資料に目をやって]
今回は手強いのを相手にしてるから、もし間に合わなかったら──……また今度、食事に付き合ってくれると嬉しいな。
[頷きながら傍らの紙束を撫でる。
オクタヴィアスの、ドロシーへのやわらかな視線が微笑ましい]
合流する前にこっちに戻ってくるようなら、今日の日替わりデザートが何だったか教えて?
いってらしゃい。
[軽く手を振って彼の背を見送った]
[休憩終了の鐘は、未だ鳴らない。
けれど遅々として進まない仕事を前に、再び席を外す気分にはならなかった。
──情報統制でも、しかれてるんだろうか。
翻訳資料に関しての思考を再開させながら、手を出したファイルは一番巨大な山のもので]
[考え込んでいたせいか、ぐらりと傾いだ影に気づくのが遅れた]
…………ぅ、──わ、……ッひゃっ!?
[受け止めるべく腕を広げたものの、思わず目をつぶる]
…………あれ。
[いつまでたっても衝撃はやってこなかった。
瞼を開いて見えたのは、崩れかけた書類を支える腕]
オズ……、ワルド司書官……。
[立ち上がって、支えられている紙山をえいやと分割する。
抱えた資料たちを隣の机に移して、ようやく雪崩の危機からは脱すると、安堵の息が漏れた]
お陰で仕事を増やさずに済んだよ。
袖……は、……ええと。その。
うん、アームバンド借りようかな。
[頷きながら袖の伸びた腕を男にあずける。
目が合えば、不思議そうに瞬き]
……ん?
袖が邪魔にならないように、支度を手伝ってくれるって申し出かと思ったんだけど。……違った?
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