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― 広場 ―
[一歩下がり、片割れを見守る。
女が血の秘術や吸血鬼特有の異能を行使するのでなければ、加勢するつもりはない。
女の言い分に眉をひそめる。
何故急に怒り始めたのか、双子には全く理解できなかった。
双子は、名のある大家ではないとは言え、所領を治める古い貴族の嫡子だ。
人間が血親から血を分けられて転化した後天性の吸血鬼ではなく、生粋の吸血種である。母は元は人間……今は亡い神に仕える巫女であったが、父の求愛に応じて吸血鬼の血を受け入れ、双子を産んだ。
滅多に生まれぬ純血種とあって、両親の愛情を持って育てられ、幼少より貴族の子弟に相応しい教育を受け――要するに、人間の入り込む余地など一切
[吸血鬼以外の生き方など知らず、貴族として生き――一般的なヒトの王侯貴族が身分低い民草を自分たちと同等の存在とは見做しにくいのと同じように、ヒトが自分たちより劣っているのは当然と考える。
人間とは、自分たちと似た姿をし、言葉を喋り、抵抗の手段を持った、賢い狩猟獣に過ぎぬ。
ヒトにとっての鹿や兎の類と同じ、ただ時に狼や虎といった猛獣が混じっていて、運悪く狩人の方が命を落とす。それだけ。]
[受けるにせよ避けるにせよ、十二分に鍛えた天賦の才持つ剣士か、ヒトならぬ者でなければ、真っ二つに斬られて終わりだ。
女の技量と、受け継いだ吸血鬼の血の濃さを計る意図。
死ぬなら所詮その程度の存在。]
[罠に嵌める。
人質を取るなど卑劣な手段を用いて手出しできないようにした後、数を頼んで押し包み攻撃する。
我らより肉体も精神も脆弱なのだから仕方ないのかも知れないが、その振る舞いはおよそ騎士道とはほど遠い。
一体一体は弱いが、群れをなすと手強くなる鳥の群れに等しい。
父や同族の話を聞いて、高潔な者も一部にはいると知ってはいるが、到底一般化できるものではない。
穿った見方をせず、女の話を素直に取るなら、この女の父がその数少ない優れたヒトであるのだろうが……。*]
……そなたは幸運だったな。
そのような父親に育てられて。
[広場に新たに生じた匂いと気配がひとつ。
血族ではない。ヒトだ。
隠れているつもりなのか、隠すつもりもないのか、周辺からすっかりヒトの気配が薄くなっている以上、丸わかりである。
片割れから目を離さずに、ヒトに向かって声を張り上げる。]
そこにいるのは分かっている。
隠れていないで出てこい。
― 広場 ―
[のそのそと姿を見せた男は、匂いからして混じりけなしのヒトであるのは間違いない。
特に武器らしい武器も携行しておらず、戦意もなさそうと、何故 そこにいたと問い詰めるのもバカバカしいほど、のどかな顔つき。
ちらりと目をやったがすぐに戻し、]
向こうに話しかけるな。
気が散るだろう。
お前が戦士でないのは身のこなしを見れば分かる。
それでも臆せず話しかけてきたのに免じ、この場で害すことはしないと、我が血にかけて誓おう。
[しかしそれにしても。]
お前、暢気すぎないか。
[いくら何でも。
道化の類なのだろうか。]
ふうん。
[ヒトに対する知見を得た。]
しかし、恐怖に溺れて蹲るよりは好ましい。
己を無力と見做して何もしないのは、怠惰と言うんだ。
[自分はこの、際だって見目が良い訳でもない、若くもないのヒトの男に少しばかりの好意を抱いているのに気付いた。
巻いた餌を懸命につつく、ふくふくした雀とか、腹を見せてくる愛想の良い野良猫に抱く程度の好感ではあるが。*]
[強者に生まれ、強くあれと育てられた者には、弱者の心を真実知ることはできないだろう。例え死よりも惨い死が待つと分かっていても、名誉のために闘うのが戦士と生まれた者のさだめであるから。
と、急に慌てた様子で大声を上げ始めた男にぎょっとする。]
あっ、馬鹿!
[殆ど瞬間移動に近い早さで男の背後に回り、口を塞ぐ。
一応、脛骨をへし折ったり、窒息死させたりしないように手加減はした。
何となく、折角餌付けした雀や人懐っこい野良猫を殺すのは忍びない、くらいの気持ち。]
戦士の決闘を妨げる気か。
万死に値するぞ。
[躾のつもりできつく言い聞かせる。
鋭い犬歯の生えた口が耳元で囁けば、いくら良い声でも危機感は感じるだろう。*]
……ンッ、
[何かを噛み殺すように息を呑む。
傍から見れば前触れもなく、急に雰囲気が変わったように見えたかも知れない。
異変があったのはその一瞬だけで、すぐさま平静な顔つきに戻ったが]
[常に感覚を共有している訳ではない――特に戦闘中は敢えて同期を抑制している――けれども、吸血行為は根幹をダイレクトに揺さぶる悦楽ゆえ]
[ヒトの男の言い草>>333に苦笑する。
それが不遜であると、或いは蛮勇であると、男は気付いているのだろうか。]
行くのならば、これを持っていけ。
[襟元から装飾をひとつ外し、ぽいと男に向かって放り投げる。
よく見ればそれは、紅玉髄をあしらったブローチと分かるだろう。]
そなたにオトヴァルトの子、アデルムンドへの決闘権を授ける。
それはその証だ。
それを所持している間は、僕より下位の血族がそなたを襲うことはないだろう。
決闘は、夜が明けるまでか、再びまみえるまで、保留とする。
だが、絢爛公やお客人の貴い御方には通じぬ。
心することだ。
僕は若輩だが、ヒトの子が我らに阿らず、恐れに折れず、さらに加えて貶めず、縋らずにひとり我らの前に立つのが、どれほどの勇気を必要とするかくらいは知っている。
それがお前のような……そう、牙も剣もない、ただの鼠であればなおさら。
[愛嬌のある丸顔は、鼠というより岩狸だがな…と笑いながら。
後は、見向きもせずに片割れの元へと歩いて行く。*]
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