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[争いはあった。
空を覆い尽くした、砂漠の流砂よりもなお多い天使の軍勢
その中で最も美しい形にも、惹かれなかった
その中で最も勇敢で最も峻厳な力にも食指は動かず
その中で最も高潔で最も精錬された魂も
欲しくはならなかった。
あれらはまるでささめく羽虫も同じ。
蛇はその戦の象徴であったために、己の角を一本くれてやった。かれらの預言が成就するために。
そして己の都を天の領有へと返した。かれらの預言が成就するために。
しかしこれから預言の通り魔界へ還ろうというに、心動かされる運命の星は未だ見つからず──
ああ、]
[天使の眼前で風が、逆巻いた。
癒された角に集っていた光、形を取り戻させた天の力が歪み、崩れて、腐り落ちる。
抑制が外されれば欠けた角から絶え間なく溢れ流れ出すのは凝集した闇の澪であり、魔物の瘴気に触れた花の繚乱は、神聖なる園の果てに至るまで全てが瞬きの間にも枯れ果てゆく運命]
連れて行くぞ
俺はお前の飼い主になる ──*
━ 劫天の間・現在 ━
なんだと?これならば人に似ていようが。
頭もちゃあんと一つきりだのに、どこが良くないというのだ我が王よ
[出だしから小さな躓きはあった。
魔王テオグラナーダの前で、半人半蛇の魔族は腕を組んで首を傾げた。
腰下の蛇尾も優美なるその身の丈──実際、高いドーム天井に届くほど。
天獄の泉においては、人の似姿をとるように。というのが調教施設におけるある種のルールであるらしい。
これでも命に従ったつもりの魔物が、長い赤毛を備えた人面の頭部を振ると。間近に吊り下げられていた照明役の天使が撥ねられてどこぞに叩きつけられる音がした。
サイズ感の齟齬について指摘されれば、優しげに整った顔貌の中心に小さくシワを寄せ、
……せまい。 と呟くか]
「なに、もっと?もっと小さくか?
これでは芥子粒のようだな。やれ なんと窮屈な」──
[やがて
天獄の泉内を歩く蛇の姿は、通路の天井飾りにいちいち頬ずりせずに済む程度になっていた。
一対の下肢は完璧な形の腿と、長い脹脛を備えた身軽なもの。
赤毛を無造作に垂らした背から、曲線を描いて収束する腰のラインも、豊穣を模ったデコルテも、今は全て人の子の姿そのものに似せられた。
ただ、額を飾る一対のラピスラズリ色をした角だけが、魔性を顕に示す徴として]
ああ、すこしばかり変容させてしまったけれど
受け入れよう、お前はその姿もまた愛らしく美しい
その身を鎧う肉の殻をもたぬままの無垢では、私の傍に侍るだけで爛れて枯れてしまうだろうから
[旧い蛇に触れてしまった天使は、受肉によって、よりまろみを帯びた柔和な姿に遷移を始めているようだった。
戒められてなお美しく痛々しい翼の輪郭も、儚い光は照らしている。
簡素な長衣にさえも引き立てられる肢体とその表情を、魔物は愉しげに笑み湛えて眺めた*]
…………
[その声は弱く、その身は脆く
その光は容易く絶えてしまうというのに
天使の笑みは谷の百合のごとく凛と匂い立つ>>319]
……、
[闇の底にあって淡く発光する天使を、魔物は人面に微笑を咲かせたまま眺めていた。
首を飾る石は光輝を受けて表情を変えながら煌き。
時間の流れに意味があるのなら、沈黙は長かっただろう。
寄せては返す闇との境界で、天使の光は影と躍る。
──魔物の考えていたことといえば]
[ホールで見かけた飼い天使達の鳴き声にはどうとも心動かなかったが、この声は心地よい。
和音がよいのか、私の闇にいるからか。
それともこれが例に読んだ「うちの子が一番可愛い現象」?などなどと思考を弛緩させていた、のだが]
……!
[はっとしたように瞬いた。
「話を聞いていなかった素振りを繰り返して見せると、自然と天使は貴方に話しかけることをしなくなります。喉を潰したり轡を使用せずに、緘黙する天使へと躾けたい場合は、会話を無視することが効率の良い方法です」]
…(それはいかん)
[微かに身じろぐと、魔物の周りの闇が揺らいだ。
額の角に瑠璃がひかり、魔力の行使がもたらした短い波動。
今しがたの天使の言葉を再生して意識内に反芻するというだけの魔法であるが、まあ相手には悟られまい。さっき全然聞いてなかったことは秘密にする]
私の真の名は禁忌だよ。アンジェ
その耳に聞けば、名を刻まれた魂は穢され
呼べば、お前の清い唇も冒涜される
それでも良いのなら
名乗ろうか
[闇の圧を強める。
天使の光を押し縮めた距離と同じだけ、体を寄せて近づける。
囁きは、水の滴るような香りを立ち昇らせた]
ああ、名は鎖、名は楔だというのに──
お前はその名を捧げ、私に覚えさせてしまったね
かつてお前の全ては神のものだったが、いまやお前の名は私のものとなった
[かわいそうに、と紡ぐ声は甘くやわらかい**]
さて。他の魔族のことなど私は語らないけれど
"私達"の愛ならば知っている
[愛から遠いなどと詰る表情の変化を眺める、
その笑う喉元で貴石の結晶がチリチリと煌めいた]
それで良い
天使は人間のようには懐かないのだろう
[たおやかに脆そうだとばかり思った眼差しが、険を宿せば存外に鋭くなるものらしい。
息を詰める天使の思考を待つかのようにゆるりと瞬き]
……私を呼ぶための名を、求めるとは
まるで人間のようだね
良い。お前が私のために考えた名は私を歓ばせる
[腰を屈めるようにして、天使の顔へ己の頭部を近づける。
サラと流れた赤毛が一房、前に垂れた
お前からは良い匂いがするね──と囁いた声はその耳朶をくすぐり耳小骨揺らす]
赦しなど求めはしないが
自らその名を捧げたことには、対価を与えても良いよ
……
解放を欲するのだね?
ならば来なさい
[睫毛の触れそうなほどに寄せていた顔をついと遠ざけ、踵を返した]
[真闇で満たされた固有結界の裡に、七つの扉が浮かび上がる。
それぞれに装飾や色の異なる扉のうち、一つだけは最初から開け放たれていた。開いてはいるけれど向こう側の見透かせない扉。
天使を振り返ることなく、その空間の境界へと歩いて姿を消した*]
━ 瑠璃の部屋 ━
[扉をくぐれば空気が変わる。
広くない室内には光があった。
それはごく普通の
地方の町で細々と暮らす人間の小屋そのもののような素朴な石と木の部屋]
此処は魔界の只中だ
私は生憎と地上には出られないが、お前ならばどこぞに天使も通れる門があろう>>219
そこまで辿り着けば、私は追えない
行くか?
普通ならばこの天獄の泉から出ることも叶わないが、それは私が許そう。解放してやる
[油の灯されたランプが温度のある炎を揺らめかせている。
カーテンのかかった窓、灰の積もった暖炉、生成りのシーツがかかったベッド。
何も活けられていない一輪挿し。
質素な作りのテーブルには、誰かが淹れかけたような紅茶のセットが微かな湯気を立てていた]
お前は既に肉の殻は受けてしまったが、
……
……まあ、
天の国には入れずとも、神の為の花を育てるくらいならば、まだ許される程度の穢れだろうよ
[壁際の飾り棚へと歩を進め、無造作に引っ掛けられていた何かを手に取る。
瀟洒な、瑠璃石で飾られた金のティアラを指先でくるりと回した]
枷も外そう
ただし、魔界には決して神の加護は届かない
私の加護もない無垢のままで外に出れば、魔物の跋扈する空だ。お前は死ぬだろうから、保険はかけておくよ
[これは試練だろうか。
だが乗り越えられない試練をも与えるのが悪魔の業。
ならばこれは、ただの躾なのだろう]
それとも、今のお前に脱出できる見込みはないからやめておくというならば、──それも良いだろう
私はお前を飼い、私の印をお前に刻みつけることにする
選びなさい
-瑠璃の部屋-
[ 扉の向こう側には質素に思える小屋があった。
先ほどの闇とは違い、光が通り
空気の流れも僅かに感じられる。
それでも静謐さはカケラも感じられない。
魔界と聞けば、やはりと言葉を漏らしていた。
人間の住む街であったなら、
まだここまで空気も淀んでいないだろう。
一輪挿しに華がない事がやけに寂しさを覚えるが
今はそれどころではなく、
ここから抜け出すべく彼女の言葉に耳を傾ける。
どうすれば、出られるのかを。 ]
行きます。
神の国に辿り着けずとも、
きっとその門には手が届く事でしょう。
そうして、神は私を救ってくださるはず。
神の国には入れずとも、地上で人々に
神の偉大さを伝え広めることは
きっと出来るはずですから。
[ その言葉に迷いはない。
嬉しげに目を細め笑みを深めては
金のティアラに目を瞬かせる。
あれは保険、なのだろうか。
神の愛さえあれば、行きて帰る事も
きっとできるのだとは思うけれど。 ]
フォンセ、有難う。
もう貴方も、花園に来てはいけませんよ。
[ それでも変えれると、解放されると
その喜びに心を踊らせ
相手に背を向けるのだ。
枷を外してもらうべく。
保険が何かも知らないまま。 ]*
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