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[切り裂かれた白い喉は、紅い美酒の噴水。
生命尽きる前に飲み干さねば、味は酷く落ちるし、血の力を得るにも不十分。
片割れと交互に夢中で飲み干し――空になった器を抱え、満ち足りたのを確かめて笑い合う。
唇を舐め合い、口接けて口腔の血を味わう。
気に入った獲物以外に牙を付けぬは、家門の作法。
万が一にも望まぬ子を作らぬ為と、吸血の快楽は優れた獲物への栄誉であるが故に。
単なる糧食には、血管を開いて屠るので十分、と。**]
公の高尚なご趣味を解するには、僕は無骨に過ぎるからね。
それより、宴にふさわしい演物を未だにお見せできていない。
何とか探さないと。
― 教会前広場 ―
さて、どれほどの護りが施されているか……
[指先に血の力を集め、鏨の如き鏃を付けた長い矢を紡ぐ。
つがえるて、自らの身長ほどもある血色の長弓を構え、ギリギリと引き絞る。
狙うは聖堂の扉、やがて凄まじい弦音が空気を裂いた。]
……へえ。
[感心した、と言わんばかりの声音。]
腐っても神の家、というところか。
[続いて、二の矢三の矢。
聖人を描いた壮麗な浮き彫りが、連打を受けて見る間にへこむ、穿たれる。
遂に衝撃に耐え切れず、大扉は外れて聖堂の中へ吹っ飛んだ。]
― 教会・大聖堂 ―
[阿鼻叫喚が巻き起こった。
重い扉の下敷きになり、数人が命を失い、さらに幾人かが重傷を負った。軽傷の者はその数倍。それ以外にも、避けようとして転んだり、逃げ惑う人の群れに押し倒され、踏み潰される者。
聖女のお陰で吸血鬼の襲撃を免れたと安堵していた分、衝撃は大きかった。
騎士たちが蝙蝠を閉め出してくれたお陰で、赤い霧の発生も知らぬ。
神に縋り、守ってくれる者に縋る神の仔羊の群れには、自分と自分の身内以外を思いやる余裕はない。]
[何をしている、と問われて民衆たちは戸惑った。
まず、問いの意味が分からない。
街を襲った吸血鬼たちから身を隠すために教会に籠もっている、と声に出して言うのは憚られた。
かと言って、適当な言葉で誤魔化すのも恐ろしい。
聖域の扉を打ち壊すような怪物に、返す言葉が見つからない。
気まずい沈黙がしばし流れた。]
[嵐の前のような静寂が支配する聖堂に、双子の声だけが響き渡る。]
さきほど「聖女が身を捧げた」と言ったな。
お前たちは自分たちの命の
[約定はこの御方のものだろうか。
一族が奉仕するは絢爛公のみ、如何に貴き御方であろうと余人に従うつもりはない。
しかし公の客人の機嫌を損ねるのは如何なものか。粗相があれば、宴の主の器量が問われよう。
であれば。
一言ご挨拶申し上げねばなるまい。]
[片割れと頷きも視線も交わすことなく、身を翻す。
人間たちには急にひとりが姿を消したように見えたろうか。
素早く地面を蹴り、壁を走り。
瞬きの間に、教会の鐘楼の上に立っていた。]
[丁寧に一礼し、大鴉に向かって話しかける。]
お客人のお一方とお見受けする。
教会の中の者どもに保護を保証すると仰られたのは貴殿でよろしいか。
──御機嫌よう
[翼を半分畳んで、頭を下げる]
──是、けれど保証は不成
──この者達の怠惰と欺瞞の罪への贖いに
毒を流してあげようと思っていたのだけど
──それは貴方の御心に適わないね、オトヴァルトの子ら
[ちょこ、と足踏みをして]
──いくらでも見繕いになって?
──私、貴方達の戦舞が好きだと思うの
先ほどの流星、美しかったわ
……毒、ですか。
[戦に必要とあらば毒も使うが、確かにこの武門の一族の尊ぶところではない。]
いえ、先に貴殿が手を付けたのですから、如何様にも貴殿のご采配に委ねまする。
薄汚い鼠の駆除には十分かと。
ええ、ですが、そう、貴殿がお許し下さるのならば。
……奴らは自らの行いを恥じて死ぬべきだ。
― 教会・大聖堂前 ―
[大聖堂の入り口に戻ってくると、何事もなかったかのように片割れの隣に立つ。
シルキーたちには一瞥もくれず、血色の弓を身の丈ほどの長弓から小型のものに組み直す作業を始めた。]
― 教会・大聖堂前 ―
[全長が3分の2程度になり、形も反りのきついものに変わった弓。
自らの体の一部のようなものだから、どうあっても不具合などないのだが、それでも調子を確かめるために、弦をびぃんと弾く。
音に耳を澄ませ……改めて、堂内へ目を向けた。]
[教会の入り口は十分に広い。
双子が退かなくても、男が脇を通り抜けることはできるだろう。
どのみち男が行こうが行くまいが、この次に双子がやることはもう決まっている。]
[双子は男が聖堂内に入ったのを見届けると宣言した。*]
かの貴き御方に倣い、お前たちに機会を与えよう。
お前たちの中に、他の者のために自らを差し出してもよいと思う者がいたなら、立ってここまで出て来るがいい。
僕は、「ひとりだけ」とは言わない。
お前たち自身が自らの心に問え。
[選択した者は僅かで、多くの者は竦んだままだった。
ぎゅっと目を瞑って、延々と祈りの言葉を呟き続ける老婆。
不安に縮こまり、子供たちを抱き締めるのが精一杯の夫婦。
卑しい女は化物にも媚を売るのかと、小声で悪態を吐く老人。
聖女様が行ったって結局無駄だったじゃないか、奴らは絶対に約束を破るに決まってる、と半ば無理矢理自分を納得させる者。
何だかんだ言って何とかなるのではないかという楽観的な幻想に縋る者。
彼らの誰もが慣れ親しんだ巣から離れるという選択をできずにいた。]
[そこらあたりで、ようやく我を取り戻した司祭が必死の形相で喚いた。
『ま、待て!! 悪魔と取引してはならない! 神を信じて留まるのだ!!』
腕を振り回し、双子のところへ行くのを押し留めようとする。
騎士たちもまた、決死の覚悟で双子たちに斬りかかっていった。
彼らは自分たちの技量では到底吸血鬼に敵わないと知っていたが、それでも守るべき市民をむざむざと吸血鬼の手に渡す訳には行かなかった。
自分たちに教会を託していった上官に応えるためにも、騎士の務めは果たさねばならない。**]
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