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……初めて血を吸った時?
[双子が憶えているはずはない、それは遠い昔、幼少の頃。
ヒトは乳を吸った赤子の頃、初めて食事をした幼児の時のことを記憶しているだろうか?]
覚えていないな。それがどうかしたのか。
[初めて双子だけで狩りをした時ならば、少しは覚えている。誇らしく、懐かしい記憶として。
だが、その時の獲物の顔は、微塵も覚えていない。 ]
名前は、シルキーという。
[確かに名乗った覚えがないと苦笑した。
強くて衝動を誘う血の匂いを前にしても思考が働くのは、]
…怖いと言っても、通じんだろうな。
[これまで血を口にしてこなかった自分。
変わってしまうのではないかという恐れ、背徳感。]
[白い手首へと顔を寄せる。
逡巡したような間の後、舌先を這わせる。]
… ふ、
[口に広がる血の味に背筋がぞくりとし、身体を小さく震わせた。
うっとりと瞳を閉じ肩で息をすると緋色の線にあまく食むように口付け、ちゅく、と音を鳴らした。]
[生まれついての吸血鬼には、人間生まれの吸血への忌避感は想像が付かず、怪訝な顔になる。
それでも、彼女が餓えるほど長い間悩んできたのとは伝わる。]
……血は我らの糧、悦楽、生きるよすがだ。
恐れる必要は無い。
[何でもないことのように、それでいて励ますように、
……同時にこちら側へ来いと誘惑するように。]
[躊躇うような間ののち、彼女の舌先が傷口に触れる。
瞬間、ぞくりと体を震わせたのが分かった。
吸血鬼の血を受けた者、誰もが味わう恍惚に、彼女も打たれたと確信する。
自然笑みが唇にのぼった。
母の乳房に吸い付く赤子のように、赤い泉に口接ける様を微笑ましく思う。]
……ふふ、 ッん、
[吸血は提供者にも快をもたらす。
じんわりとした悦に浸され、小さく息をついた。]
[むずがゆい感覚に襲われながらも牙をたてることはない。
舌で舐めてあまく吸い上げるだけの行為。
頭上から降ってくる吐息には上目で見上げるがそれはほんの一瞬。
欲求に身を任せて舌を這わせ続けた。]
[腕に感じる熱が徐々に引いていく。
感じた事のない奇妙な感触に吐く息は熱い。]
あ……、
[しばらくして指が動く事を確認すると唾液に濡れた手首から顔を離し、不思議そうに顔の前に手のひらをかざし、くちもとを拭った。]
[取り敢えず渇きは収まったのか、口を離して不思議そうに自分の掌をかざした女に声を掛ける。]
どうだ。気分は。
[と、項垂れてしまったのを見、]
どうした……?
…すまん。
[項垂れたまま、苦笑混じりに言う。]
…私は、この街の生まれだ。
母が出産間近に吸血鬼に噛まれたらしい。母は私を産んで死んだから母の記憶は無い。
[小さく肩が震えた。]
騎士だった父が私を育ててくれた…けど、牙が目立ち始めた頃から、街の人々から迫害を受けた。私の成長が異常に遅かったのもある。
……父は誇りにしていた騎士をやめて私を連れて街を出た。
[街を出る時に父には何と言っただろう。街の人々の目は怖かったが、友達と離れるのは寂しかった覚えがある。]
しばらく前に父が亡くなって、せめて母の元へと思ってこの街に帰ってきた。今日の事だ。
幼かった私を追放した街だ、そう思ったが……、街を破壊されて、腹がたったんだ。不思議とな。
ただの思い出に残る風景、そう思ってたんだ。
[右手で顔を覆う。]
…腹がたって、やり返してやろうと思った。
それで、ここに来た。
でも、
[項垂れた頭は更に落ちる。
金の髪が揺れた。]
[剣を拾い上げるか逡巡し、置いていくことにした。
十字架の意匠に触れる代償を考えたのもあるし、女が取りに戻ってくるだろうというのもある。
けれど、今はそれよりももっと重要なことがある。
飛ぶように駆ける、その僅かな距離ももどかしく、
片割れへ腕を伸ばし、後ろ首へと回す。]
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