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ああ……なるほど、善処ですか。
それとですね……りっちゃんは、やめてくださいと。
[気勢を削がれて、適当な椅子に腰を落とした。
まあ、軍に入る前、兎ちゃんと呼ばれたよりはマシかもしれないが。
そう、リエヴルは野兎という意味なのだ。そのように、電子の耳をそばだててやろうと思うにしてもだ]
……実際問題として、通信長。
これから母港に帰るのに、主砲なんざ修理したって、仕方ないと思いませんかね。
撃つ機会のない主砲より、危険を未然に察知する逆探のが、この場面じゃあ有効じゃないですか。
[半ば、愚痴のような内容を、つらつらと]
……それはそうと、通信長。
[表向きの本題を終えて、声を低める。
大っぴらに出来ない――伝令や管内電話で伝えられない内容を話すため、わざわざ足を運んだのである]
――例の、スパイ云々の話です。
どこから広まっているのか、うちの電測班員も噂している者がいましたよ。
やれ、艦底に爆発物だの、キングストン弁で自沈させるだのと。
――艦内から外部への通信を監視する、というのはナシでしょうかね?
いや、あのですね……以前にもお伝えしたか、判りませんけど。
嫌かどうかはさておき、可愛いでは、部下に示しがつかないんですよ。
[調子が狂うと、苦笑しながら]
……ま、自分の呼び名は兎も角ですが。
[表情を戻して]
――証拠はないながら、幾らかは警戒してもいいんじゃないかと。
正面切っての砲戦で、本艦を沈めるのが難しいのは、先の戦闘で敵さんも判ったでしょうし。
絡め手から迫ってくる可能性は、ないではないと思いますよ。
実際に、船底に大穴開けられてからじゃ、たらふく塩水を飲む羽目になりますからね。私は御免です。
……いや、通信長はそれでいいかもですがね。
たとえば自分が通信長を、キャシーだのサンドラだの呼んだら、一発で後の出世に響きますよ。
公的な場では、階級つけて呼んでいただけますかね。
[とはいえ、タイを緩めて椅子に腰掛けてでは、あまり説得力もないが]
酔っ払うジュース、ですか。
ま、無事に帰港したら、通信科員を集めて打ち上げといきましょう。
[あとは、そう応じるしかない。
自分は職分に許されただけの警告を発して、上役であるカサンドラは、相応する対応をとると明言したのだから]
――通信長は、ああ言ってたがなぁ。
直接、担当部署にねじ込むほうが早いかもな……。
[再び提言するという上司を信用しないわけではないが。
艦の応急修理を担当する技術科に、話を持っていったほうが早いかもしれないと。
通信指揮室を出てから、はたと、そう思った**]
―電測室―
……なに? 工作科?
[電測室に戻って少しして、応急修理班からの連絡があった。
逆探の修理を開始するというので、部下のひとりを修理後の通電確認に向かわせて]
……しかし、早いな。
あの人、あれはあれで有能なんだよな……。
[まあ、でなければ最新鋭戦艦の通信長なんて重責を任されやしないのだろうけど]
……才能あって見映えも悪くないのに、妙にユルいんだよな、あの人は……。
[そうぼやくと、部下の一人曰く『規律規律とうるさかったらそれはそれで息が詰まる』とのことで、まあ確かにと同意しておく]
……ああ、それとなお前ら。
通信長が、今度からキャシーって呼んでくれって言ってたぞ。
もしここに顔を出したら、全員で呼んでやれ。
――さて、と。あとは任せる。
逆探の修理は、完了の報告があったら、動作確認してから艦橋に報告を上げておけ。
[当直上がりの時間に近付いたので、この場の次席である副電測士の中尉に必要事項を引継いだ。
通信長の愛称についても引き継ぎしたのは、一種の冗談である]
……そんなところかな。
敵の水上艦艇がこんな海域まで出張ってくるとは思えんから、主に潜水艦を警戒すること。
いつも言ってるとおり、何か反応があれば、直ぐ艦橋に報告な。
[といった引継ぎを終えて、さてとと、腰を上げる。
私室に戻るか、それとも、士官室に顔を出すか。
――大尉以上の士官は、士官室で休憩することになる。
リエヴル個人としては、幾らか騒がしいガン・ルームの空気のほうが好みではあるのだが、少尉中尉らのなかに混じって、彼らを萎縮させるわけにもなかなかいかないのだった]
―艦内某所―
――……?
[士官室へと向かう途中のことだった。
困惑したようにきょろきょろと辺りを見回している小柄な影を見かけたのは]
なんだ、あれは?
[何やら一人でセルフツッコミを入れだした愉快な姿に小首を傾げ、近寄っていく]
……一体、何をやってるんだ? 迷子の少尉候補生か?
[――と、年恰好から、そう思ったのも無理もない。
遠目には階級章は見えず、若い女とだけしか判らなかったからだ。
よもや上官とは思わず、ぞんざいに声をかけた]
……通信指揮室?
それがなんでこんな場所で……、
[呆れ顔を浮かべるが、致し方ない部分もある。
そもそも、戦艦というものを一つの建築物として捉えると、それは非常に広く複雑だ。
浸水拡大の防止のために内部が多くの区画に分けられているから、乗艦したての乗組員が迷子になることはままあることだった]
……まあ、運が良かったな。
こちとら通信科員だ、道順くらいは教えてやれる。
[そう言ったあと。目の前のちびっこ士官の発言に、表情が固まった]
――失礼いたしました。
自分は電測班長の、リエヴル・クレマンソー大尉であります。
[言うまでもないことだが、階級上、少佐とは大尉の一つ上になる。失態である]
通信指揮室なら、ご案内させていただきますが――、
[正式な乗組員でないから、艦内地理を覚えこまされるところまでは、されなかったのかもしれない。
何の用があるのかは知らないが、そういえば、通信指揮室で鉢合わせたことがあったかもしれない。
これまで会話したことはなかったが、なるほど、これが噂の――と、まじまじと眺めやった]
[――りっちゃん大尉。
その一言は、先の少佐ショックよりも強烈な精神ダメージを生じさせた。
よろめきかけて、どうにか、隔壁に片手をついて堪える]
あー、もう、あの人は……!
[通信長、どうしてくれようか。
科員にならまだしも、外部にまで謎の愛称を広めてくれるとは。
いっそのこと、「やあキャシー、今日もいい天気だね!」くらい陽気に挨拶してやろうか]
いや……ウチの通信長が、そういう呼び方をしてくることがあるのは事実だけどな……、
[思わず敬語が抜ける程度には、ダメージが大きかったようだ]
……からかい甲斐……面白い……、
[それは上官からの評価として、喜ぶべきなのかどうか。
まあ、上官に疎まれるよりはマシなのだろうが……]
ああ……はい、案内か。そうだった。
当直終わったばかりで、時間はあるんで。
……の代わりに、さっきの件は、通信長には黙っててくださいよ。
[と、案内を引き受けた。
少佐を少尉候補生と間違えたなんて知られたら、それこそ、からかいのタネにされる]
この辺りからだと、先に縦に上がったほうが判り易いんじゃないですかね。
[と、半歩前に立って歩き出しながら]
――ああ、ここを上がります。
で、道なりに行くと――……、
[などと説明しながら、迷路のような艦内を歩く。
相手が自分より頭ひとつ小さいので、歩調には気をつけつつ]
……そういえば、少佐?
噂によると、少佐はこの艦の設計にも関わったとか。
いや、電探のことなんですがね。
爆風か衝撃の影響か、主砲を斉射すると、どうも調子がズレて。
まあ、もう敵を見つけて殴り合ってる段階じゃ、電探の役目は限られますけどね。
[設置位置か電路の問題ですかねえと、世間話がてらに]
あとは……やはり、もっと精度ですかね。
いまの電探はメートル波を使ってるんですが、センチ波が実用化されればね。
精度が上がれば、捜索や逆探だけでなく、砲撃の測位測距にも使えるかと。
そうすれば、光学測距のできない悪天候でも戦闘力を保てるってもんで。
[そう応じながら歩いて、ああ、と]
あ、ちなみに、そこが自分の仕事場の電測室です。
通信指揮室も、もう直ぐですよ。
[で、もって。通信指揮室の前にまで辿り着いて]
――ここですね、通信指揮室。
折角ここまで来たし、逆探の件、報告しておくかな……。
[いまは非番であるが、その辺は真面目だった。
まあ、当直から報告がいっているかもしれないが]
ああ、いやいや。
自分もまあ、通信長に用がないでもなかったので。
[と、扉を押さえてやって。後ろから、室内を覗き込む]
……寝てるって?
どうせだから、逆探の修理、報告しとこうと思ったんだがな……。
[まあ、急ぐことでもないから、いいのだが]
……いやまあ。
ここまで来たから、ちょっと伝えておこうかという用件があったん、だが……。
[この上官が寝ていようが、その程度では、今更驚かない。
驚いたのは、遊びに来たと明言した少佐さんの発言である。
なるほど、通信長と気が合うわけだと、こめかみの辺りを抑えながら、室内に一歩入って]
あー、非番ですが。近くに来ましたもので報告です。
……キャ、えー……キャ、キャ……、……通信長。
[努力はした]
……逆探の修理開始したと、先刻、応急修理班より連絡が。
修理完了後、動作確認とれたら、艦橋とこちらに報告を上げるようにはしてありますんで。
……ま、報告といっても、それだけです。
少佐をお連れしたついでというだけなので、何もなければ、これで。
[士官室で知った顔でも探すか、食堂で食事でも詰め込むか。
酒保(艦内にある売店のようなもの)を冷やかすでもいいけれど]
……?
いや、自分は別に……通信長が話をつけて下さったんでは?
[はて、と首を傾げつつ]
……ああ、原因は被弾です。
弾片で、電線が切れてたんですよ。
原因は判ってたんですが、うちの班員じゃ直せませんからね。
[と、肩を竦めて]
……いやいやいやいや、何がウブか。
通信長のお相手するだけで、充分苦労してますよ?
[突っ込むときは敬語が抜ける癖があるようだ]
……ああもう、えっとですねそうですね。
多分はい、敬愛する通信長相手だからこそ、このザマなわけですよ。
そういうことにしておいてください、とりあえずもう。
[あの視線がなんとももう。
非番だからと。柄にもないことをやろうとしなければ良かった。
ちょっと耳が熱いのを自覚しながら、失礼しますと言い置いて、通信指揮室を出るのだった]
ああ……ったく、調子が狂う……、
[敬愛してるかどうかはさておいて、通信長相手だからというのは割と事実ではある。
比較的安全で肉体労働もない通信科は、他部署よりは女性軍人も比較的多い。
電測班にしてもそれは同じだから、別に、ウブとかなんとかではない……と自分では思うのだが]
……飯でも食うか……、
[士官室に顔を出すのは後回しにして、食堂に向かうことにした]
─士官食堂─
……帰港先の変更?
そりゃまたどうして……、
[飲酒が許可されたとかで、見知りの幾人かと食事がてらにビールを酌み交わしていたところに。
やってきた航海科の大尉が、本国からの通信内容を披露したのだ]
……余程の火災なのかな。
港湾設備はまだしも、工廠まで被害を受けたのか……ドッグ入りや新造艦の建造スケジュールは滅茶苦茶だろうなあ。
[このヴィスマルクにしても、これだけの大型艦となると、それなりの規模の工廠でないと本格的な修理は出来ないはずだ]
うん? ああ、それはあるかもな。
[一人が口にした、敵の破壊工作という可能性に、幾人かが理解を示す。
帰港先が変更になるほどというのは、偶然の自然火災と考えるには、規模が大きすぎる。そんなことを話しあっていた*]
――いや、それはそうだろうけどな。
このヴィスマルクだって、無敵じゃないだろう。
実際、主砲塔が一基故障して、副砲高角砲なんかの損傷はもっとだろう?
鉄砲屋は何かといえば戦艦同士の撃ち合いばかりだが、潜水艦や航空機だって、能力が上がってるから怖いもんだぞ。
[寄港先の変更に端を発した士官同士の議論は、どこがどうなったか、そういうことになっていた]
そういうのを探知するのが、電測兵装だよ。
主砲ってな、敵を見つけてから、初めて役に立つんだから。
敵を見つけるための電探に、もうちょっとカネを回してもいいと思わんか?
――……闇夜に行灯だぁ?
そういうことは、行灯なしで夜道を歩けるようになってから言うもんだ。
大体、貴様らはなんだ、先の戦闘では――、
[戦闘後の、気が抜けたタイミングということもあり。
艦長の命で、アルコールが許されていたこともあり。
士官食堂での活発な建設的談論は、何やら、各科間の不満のぶつけ合いに発展しつつあった]
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